広告費ゼロでも売上を伸ばし、遠隔で組んだパートナーとは「初めて会うまで3年」。そんな不思議な成長曲線を描いた会社がある。
武器は、派手な資金調達でも最先端の肩書きでもない。営業で鍛えた「相手が買う理由を自分で見つけられるように導く力」と、弱点を逆手に取ったサポート体制だった。
アパートの一室から始まったMaropostが、なぜ大手がひしめく市場で存在感を持てたのか。つまずきや別れを経て勝ち筋を作っていく過程を追う。
営業が得意な青年が、世界で戦う会社を作るまで
あるNBA選手はこう言った。「自分の才能に気づき、努力して技術に変え、その力で目標を達成する人が勝者だ」。この言葉は、カナダの起業家ロス・パケットの人生にそのまま当てはまる。
ロスの才能は営業だった。人が迷っているポイントを言葉でほどき、相手が「買う理由」を自分で見つけられるように導く。そんな力が、最初の仕事から飛び抜けていた。
のちにロスは、アパートの一室からMaropostを立ち上げる。企業がネットで物を売り、客とやり取りし、マーケティングまで回す——その煩雑な作業を「ひとつの場所」にまとめる会社だ。小さな始まりだったが、数年で有名企業も使うサービスへと成長していく。
学校では教えてくれない「仕事の進み方」
今のロスを見ると、最初から起業家だったように思える。しかし子どものころから「社長になる」と決めていたわけではない。家に起業家がいたわけでもなく、父は歯科医だった。
ロスは勉強嫌いではなかった。大学では犯罪学、経済学、心理学、政治学など、興味の赴くまま幅広く授業を取った。知りたいことが多かったからだ。
ただ、学べば学ぶほど、授業だけでは時間が足りないと感じ始める。生活のために仕事も増え、長時間・掛け持ちが当たり前になっていくうちに、やがて授業に出られなくなり、最終的に大学を離れた。
営業で「自分の武器」がはっきりした
大学を離れたロスが選んだのは営業の仕事だった。ネット販売の世界で、当時はまだ一般的でないサービスを売る現場を経験しながら、成果報酬型のマーケティング会社にも入った。
そこで結果を出し続ける。基本給は高くなくても、成果で稼いだ。社内トップの稼ぎ手となり、数か月はCEOより収入が多かった時期もあったという。
そのころ、ロスの頭にずっと引っかかっている作業があった。冷たい営業メールを大量に送り、反応を待つ。単純で手間がかかり、ミスも起きやすい。
「これ、もっと楽にできる道具が必要だ」
そう考えたロスは、メールマーケティングの仕組みを作る構想を固める。別の会社でフルタイムで働きながら、静かにMaropostの開発を始めた。
2011年、開発でつまずく
最初のロスの目標は、世界規模の巨大企業ではなかった。顧客が10社ほど集まり、きちんと向き合いながら生活できる。そんな規模で十分だと思っていた。
当初のMaropostはメールマーケティングに絞ったシンプルな仕組みで、しかも未完成だった。開発を一緒に進めていた相手とは運営の考え方が合わず、途中で別れることになる。
さらに問題が重なった。サービスがRuby on Railsという技術で作られていたが、当時の北米では扱える人が少なかった。技術者ではないロスには、頼れる人がいなければ直すことも伸ばすこともできない。
「このままじゃ続けられないかもしれない」
ロスは両親に相談する。技術には詳しくない両親だったが、当時まだ新しかったオンラインの求人サービスを試すよう勧めた。そこで募集を出すと、最初に話したインドの開発者、ジャグディープ・シンが現れた。話してみると、技術だけでなく考え方も合った。こうしてジャグディープはCTOとして、長年のパートナーになる。
弱点を、勝てる武器に変える
マーケティングサービスの世界は競争が激しい。機能だけで殴り合えば大手が強い。ロスとジャグディープは別の勝ち方を選んだ。
他社が弱いところを、自分たちの強みにする。
その代表がサポートだった。メールの問い合わせにはすぐ返す。24時間チャットにも対応する。困ったときに「人が助けてくれる」体験を徹底した。
もちろん機能や使いやすさも磨き続けた。サポートだけでなく、技術でも負けないよう積み上げた。
この組み合わせが刺さり、早い段階から高い月額料金を払う顧客も現れた。
広告費ゼロでも、売上は伸びた
ロスとジャグディープが遠隔で組み始めたころ、Maropostの売上は小さかった。それでも顧客の声を拾って改善し続けるうちに売上は何倍にも伸び、やがて他社を買収できるほどの規模になっていった。
興味深いのは、2人がオンラインで一緒に働き始めてから初めて直接会うまでに3年かかったことだ。顔を合わせたときには、事業はすでに大きく育っていた。小さな改善が積み重なり、雪だるまのように転がって大きくなっていたのだ。
Maropostは「B2Cの全部入り」を狙う
Maropostは今、成長中のB2C企業が必要とする業務をまとめて扱えるプラットフォームを目指している。
自動メール配信やコンテンツ管理といったマーケティング機能だけでなく、注文管理、配送状況の追跡、在庫管理、顧客対応の仕組みまで揃えていった。
狙いはシンプルだ。会社運営のために何十もの別々のサービスをつなぎ合わせなくて済む状態を作る。ネットショップの構築から在庫管理、顧客対応まで一か所で完結できるようにし、外部の技術パートナーとも連携しながらできることを広げていく。
この分野には大手もいる。それでもロスは引かない。2020年には短期間で買収を進めて事業を拡大し、その後は中心となる製品を整え、買収した仕組みを一つにまとめる段階に入った。
投資家を入れたが、買い戻した
Maropostは基本的に外部資金に大きく頼らず成長してきた。ただ一時期、投資家を入れたことがある。2016年に会社の一部を売って資金を得たが、その関係は長く続かなかった。
ロスは「常に見られている」ような状態が好きではなかった。投資家が入ると成長の考え方が変わりやすく、社内にもゆがみが生まれやすい。
そして2019年、ロスは持ち株を買い戻す。もう一度、自分たちの判断で進める形に戻した。
この経験でロスは確信する。「自分たちで稼ぎながら成長する会社」には強い価値がある。のちに自分の投資部門を持つようになってからも、短期的に儲かりそうな話より、実際に事業を作っている会社を重視するようになった。
会社が大きくなるほど、リーダーは難しくなる
事業が成長すると、CEOがすべての細かい問題に関わり続けるのは無理になる。ロスもそれを痛感した。規模が大きくなるほど、現場の全部を自分で握るやり方は通用しなくなる。
だから必要になるのは、状況を整理して伝えられる人材と、任せられる中心メンバーだ。一方で、会社の方向性を守るにはトップの意志も欠かせない。特に買収を進めた時期は、CEOが深く関わらないと統合が崩れやすいと感じたという。
利益を出せないスタートアップが多い中、外部資金に頼りすぎず成長し、上場まで視野に入れる例は珍しい。ロスの歩みは、営業という武器を土台に、サポートと技術を積み上げ、会社を段階的に大きくしていった物語だ。
