思うように進まない。頑張っても報われる道筋が見えない。そんな停滞感のなかで、「自分はどこで勝負すべきか」を探し続ける時間は長く、苦しい。
政治学の教授を目指していたジョーダン・クロフォードも、まさにその渦中にいた。スタートアップに移ってからも、会社が崩れたり、解雇されたりと、足場は安定しない。
それでも彼は、いっけん関係なさそうな情報――たとえば求人票――から「売れる会社」を見つける方法を磨き、やがてGTM(商品やサービスを市場で売れる形にして広げる活動)のデータ分析ビジネスを形にしていく。たった1日で過去2年分を上回る売上が出た出来事も、その転機のひとつだった。
求人票を集めて「売れる会社」を見つける
広告代理店が「大きな予算を持っていて、SNS広告に本気で力を入れたい会社」を探したいとする。最初から合わない相手と会う時間を減らして、見込みが高い会社だけに絞りたい。
そんなときの手がかりになるのが、求人票だとジョーダン・クロフォードは言う。
ジョーダンは、GTM(商品やサービスを市場で売れる形にして広げる活動)のためのデータ分析ビジネスを作った人物だ。ジョーダンは、求人票には会社の次の一手がにじみ出ると考えた。
求人の文章を集めて比べれば、「どの会社が広告運用の担当を何人欲しがっているか」「MetaやGoogleをどれくらい使いそうか」が見えてくる。求人票に予算の目安が書かれていることもあり、広告費の規模まで想像できる場合もある。
一見関係なさそうな情報から意味を拾うのは、ジョーダンの得意技だった。ただ、この武器が大きな契約につながるまでの道は、一直線ではなかった。
教授を目指したが、別の道に進む
ジョーダンは10年近く、政治学の教授になるために勉強を続けた。だが現実を知る。給料は高くないのに競争は激しい。大学の世界で生き続けるのは、思っていたよりきつい。
ジョーダンは大学の道を離れ、2010年代のベイエリアでスタートアップに入っていく。
ただ、会社員の道にも「これをやれば昇進できる」という分かりやすい階段はなかった。会社がうまくいかず崩れたり、解雇されたりすることもある。ベンチャーの世界は成長も速いが、壊れるのも速い。
それでもジョーダンは場数を踏み、知識と人脈を増やしていった。そして最後は、自分のビジネスを作り、毎年伸ばせるところまで来た。支えになったのは、続ける力と、創業者仲間とのつながりだった。
遊び場のグミ販売が原点
ジョーダンが「起業っぽいことを最初にやった」と思い出すのは、小学5年のころだ。大袋のグミを買い、小分けにして袋に入れ、遊び場で1袋ずつ売った。まとめ買いする友だちには割引もした。仕入れより高く売れたから、利益は大きかった。
ただ、「自分は自分から動くタイプだ」とはっきり思ったのは大学1年のときだった。きっかけは生活シミュレーションゲームの「The Sims」だ。
朝まで遊んだある日、ジョーダンは気づく。ゲームの中の自分は、恋人も仕事も家もあり、周りから認められている。なのに現実の自分は、そこまで行けていない。
「12時間かけて、偽物の自分に、本物の自分が持っていないものを全部持たせていた」
そう思った瞬間、ジョーダンは現実に戻る。求人サイトを開き、仕事内容に少しでも当てはまりそうな仕事へ、片っ端から応募した。何百件も送った結果、Palmというスタートアップに入る。
採用担当が興味を持った理由は、応募書類のたった一語だった。「keen」という単語だ。担当者は「オーストラリアの人がよく使う言葉だな」と思い、話を聞いてみたくなったという。人生は、ときどきそんな小さな偶然で動く。
技術の仕事で成果を出し、研究の道をやめる
Palmはジョーダンにとって7年間の拠点になった。政治学の学士と修士を取り、当初は「生活費のために働いて、最後は教授になる」と信じていた。
ところが仕事は想像以上に広がった。最初は人事のインターンで書類整理をしていたのに、数年後にはWebOSのアプリストア運営を支える立場になり、特許もいくつか出すようになった。
2008年に修士を終えるころ、ジョーダンは大学で教えることが天職ではないと気づく。政治学の教授は教えるより研究が中心で、しかも給料が低い。時間をかけて論文を書いても、読まれないことさえある。その仕組みに強い違和感を持った。
ジョーダンは教授の夢を手放し、技術のキャリアに集中する。
スタートアップを渡り歩き、合わない環境を知る
Palmを離れてから、ジョーダンは短い期間で職場を変えることが増えた。ジョーダンは「早いペースで動けば、自分に合う場所が早く見つかる」と考えていた。
ただ現実は、会社がつぶれたり、解雇されたりした面も大きい。
最初に入ったのは電気自動車関連のBetter Placeだった。充電ではなく、バッテリーを交換する仕組みを作っていた。資金も集まり、優秀な人も多く、期待されていた。
だが、大手自動車会社との協業がうまくいかない。意思決定が遅い。動きも遅い。「この10年のうちにやる」と言い出した時点で勝負がついてしまう。ジョーダンはそう感じた。会社は崩れていった。
ここでジョーダンの望みははっきりする。「少人数で機動力があり、目的がはっきりした会社で働きたい。株式報酬がちゃんと意味を持つ場所がいい」
そして、入るのが難しいことで知られるInklingに採用される。
Inklingには優秀な人が集まり、のちに別の有名企業を作るような人も多かった。ジョーダンにとって「ちょうどいい場所に、ちょうどいいタイミングでいた」時期になる。
ただ約2年半後、収益が出ていない企画の停止を提案したことで空気が変わる。立場が悪くなる。さらに「無制限の休暇制度」を使いすぎたとして、2013年に解雇された。休暇中に呼び戻されても戻らなかったという。
飲食店向けは苦戦、別の道が当たる
解雇はきつい。でもこのころには、ジョーダンの周りに仲間が増えていた。
ジョーダンはInklingで一緒だった仲間と、飲食店向けにホームページを自動作成するサービスを作った。店名を入れるだけでそれっぽいサイトができ、月額で運用も任せられる仕組みだ。
ところが飲食店オーナーへの販売は難しかった。忙しくて連絡が取りづらい。資金も少ない。予算は小さいのに要望は細かい。サービスの意図ともズレやすい。
事業としては当たらなかった。だが、ここで別の芽が出る。
営業のために飲食店へ郵送で案内を送っているうちに、ジョーダンは「PDFをアップロードしたら、自動で郵送物を送れる仕組み」を作った。それをScoutというツールとして公開する。
すると反応は速かった。公開後すぐに注目を集め、たった1日で、過去2年分を上回る売上が出たという。
郵送の技を使い、急成長を支える
さらに1年後。ジョーダンは「郵送で相手に届ける」ノウハウを別の仕事で使う。
ネット上の販売者に、手書き風の手紙を送る。「あなたの商品、別のサイトだともっと安く売られている。価格差を使って利益を出す仕組みを作れる。手伝うから手数料をもらいたい」そんな提案だ。
相手の住所を知るために、実際に商品を買うこともした。会社では「買った商品が届く日」をイベントのようにして盛り上がったという。
結果として、この仕事は会社員時代より大きな収入につながった。
求人票を集めるGTMデータ事業へ
2020年ごろ。ジョーダンはScoutを続けながら、友人から声をかけられる。「仕組み化したGTM支援ビジネスを作ろう」
ジョーダンは郵送営業を通じて、見込み客を見つけるための変わった手がかりをいくつも学んでいた。その代表が求人票だった。
ある顧客の言葉が象徴的だ。会社がエンジニアを解雇したのにCTOを採用し、さらにリードエンジニアの求人を出しているなら、開発を外注に切り替える可能性が高い。こういう動きは、普通の企業データベースでは抜き出しにくい。でも求人票を追っていると気づける。
ジョーダンは営業チームの弱点にも気づく。「みんな同じデータを使っている」
有名な企業情報サービスは便利だが、競合も同じ画面を見ている。だから差がつきにくい。一方で求人票は、会社の本音が文章として残る。「次に何をやりたいか」が書かれてしまう。
そこで、求人サイトから情報を集め、キーワードの出現頻度などで整理し、市場全体を観察できるB2Bデータ商品を作る方針にした。イベント施策を強化したい会社、効果測定を改善したい会社、電話営業を増やしたい会社。そういう空気が求人票から見えてくる。
資金調達はせずに進めた。共同創業者が開発を進め、ジョーダンはコンサルで資金を作る。だが二つを同時に回すのは難しい。収入も最初はゆっくりだった。やがて共同創業者は安定を求めて離れ、プロジェクトは円満に分かれる。
Blueprintとして再出発し、商品を段階化する
ジョーダンはScoutを終わらせ、新事業をBlueprintとして作り直した。
ジョーダンは、相談の初期にいつもする質問と回答を、ツールの中で自動的に進む形にした。見込み客に合う情報整理を、もっと速くするためだ。
サービスは段階式にした。基本プランは、ネット上の求人票を元に営業リストを自動作成する。上位プランでは、候補企業の技術環境など、より深い手がかりも加える。さらに年額の高額プランでは、ジョーダン自身がGTMデータのコンサルタントとして入り、必要なデータセット作りまで支援する。
Blueprintを立ち上げて数か月で、最初の大きな契約が決まる。売上の中心は「頭の中にある理想の顧客像」を、ネット上の情報から集め、専用のデータセットとして形にする支援だった。
AIを使って、理想の顧客像に近いかどうかを点数化する。情報を探して要点をまとめる。「どの顧客に、いつ、何を言うべきか」を判断しやすくする。
事業は口コミで伸びた。長いキャリアで築いたつながりも追い風になった。数字の詳細は公表していないが、前年から大きく成長し、少人数のチームが生活できる規模になっている。企業が営業データにAIを使う方法を探し始めたことも、需要を押し上げた。
一人で抱えず、人との信頼を増やす
ジョーダンは「起業家としての素質は昔からあったが、運の良い経験と出会いがそれを表に出した」と考えている。友情が土台になり、周りが「賭けてみよう」と思ってくれたことで育った。
ビジネスを作るなら、応援し合える仲間に囲まれることが重要だ。共同創業者がいると調整は増えて難しくなる。でも一緒に作る喜びも大きい。特に一人で作業する時間が長いと、気持ちの面での戦いになる。
そしてジョーダンはこう言う。事業を伸ばすとは、人に信頼してもらい、「大きく賭けてもいい」と思ってもらえる状態を増やすことだ。
人の知識は小さな島みたいなものだ。島の外側には、知らないことがいくらでもある。その穴を埋めるには、共同創業者、顧客、友人、知り合いの力が必要になる。
起業で大切なのは、面白いアイデアだけではない。困っている人を助け、問題を解決できる人としての評判を作る。信頼してくれる人を増やす。完璧に見えない挑戦でも、「この人なら」と思ってもらえる存在になる。最後に効いてくるのは、それだ。
