旅をしながら働く。自由に見える一方で、収入は安定せず、次の移動費すら不安になる瞬間がある。
Shopify向けSaaSツール「Analyzify」を作ったエルマン・キュプリュも、まさにそんな停滞と迷いの中にいた。ペルーのリマで口座残高を見て、飛行機代が足りないと気づく。そこから「小さくてもいい。できる仕事は全部やる」と決め、約800円($5)の単純作業から積み上げていった。
やがて制作会社的な働き方に限界を感じ、「いちばん相性の良い客」の困りごとに絞ってプロダクトを磨く。似たツールがあっても伸びた理由は何だったのか。その答えは、サービス設計とサポートの作り込みにあった。
成功するSaaSの作り方:いちばん良い客のためのサービスを作る
仕事の道は、まっすぐには進まない。子どものころに思い描く職業は、料理人や医者のように分かりやすいものが多い。でも大人の世界には、名前すら知られていない働き方が山ほどある。遠回りに見える経験が、あとで強い武器になることもある。
Shopify向けSaaSツール「Analyzify」を作ったエルマン・キュプリュの歩みは、まさにそんな遠回りの連続だった。
生活のための小さな事業が、命綱になった
エルマンと親友のアリ・ウルヤイは、若いころから「どこかに大きなチャンスがあるはずだ」と考え、国を変え、仕事を変え、動き続けた。
2人がトルコで学生だったころ、地元企業向けにSEOや広告運用をする小さな会社を立ち上げた。最初は大きな夢のためというより、生活の安全ネット的な位置づけだった。挑戦が失敗してお金が底をついたとき、ここに戻れば現金を作れる——そんな感覚だ。
事業を続けるうちに、SEO・広告、そして後にはデータ分析の知識が着実に積み上がっていった。この積み重ねが、あとで大きく効いてくる。
10代後半から20代前半にかけて、2人はリモートで働きながら世界を旅した。必要なときは仕事を増やし、余裕ができたら減らす。収入は安定しないが、旅を続けるには十分だった。
だが2016年、ペルーのリマで現実にぶつかる。口座残高を見ると、次の移動の飛行機代すら足りなかった。
エルマンは夜遅くまで仕事サイトを見続け、こう決めた。「小さくてもいい。できる仕事は全部やる」
最初の仕事は、約800円($5)の単純作業だった。
それでも何でも受ける姿勢で動くと、少しずつ依頼が増えた。やがて大企業からの相談も入るようになり、対応できない内容が出れば別のフリーランスに教わりながら仕上げた。そうやって2人は、トルコの家族に会いに帰れるだけの資金を作った。
「制作会社」ではなく「商品」にした
その後、仕事の形は変わっていく。エルマンは、いわゆる制作会社のやり方に疲れを感じていた。
毎月の継続契約は一見安定するように見えるが、関係が長引くほど空気が悪くなることがある。最初は熱心でも、時間がたつと対応は最低限になりやすい。結果を出すより契約を続けることが目的になってしまう会社もある。
エルマンは多くの広告アカウントを見てきたが、基本設定すら整っていない例も少なくなかった。これでは客が損をする。
そこでエルマンは、Solverhoodという形を作った。毎月の契約ではなく、必要な作業一式をまとめて「一回払い」で提供する。ブランディング、サイト制作とSEO、広告、データ連携、追加開発などをセットにして売った。
短期間で集中して支援し、客が自分で回せる状態になったら卒業してもらう。この設計でSolverhoodは安定し、数年で大きな売上を作った。
いちばん相性の良い客が見えてきた
旅を続け、さまざまな仕事をこなす中で、エルマンにははっきり見えてきたことがあった。「仕事がやりやすい客」の存在だ。
それがShopifyでネットショップを運営する事業者だった。
こうした事業者はすでに売上が立っていることが多く、必要な機能に対してきちんとお金を払う。そして何より、良いサポートを価値として理解してくれる。
一方、Shopify向けのアプリは多そうに見えても、まだ足りていない部分があった。特に大きかったのが、分析まわりの困りごとだった。
「数字が合わない」問題からAnalyzifyが生まれた
当時、Googleアナリティクスは新しい仕組み(GA4)への移行期に入っていた。古い仕組みは終わりに向かい、計測の考え方も変わっていった。
その影響で、売上規模の大きい店でも「サイトのデータを正しく取り出して、Shopifyの注文データと結びつける」ことが難しくなっていた。
Solverhoodでも最初は外部の連携ツールを使っていたが、数字がずれるといった問題が起きやすかった。そこでエルマンは社内用に連携ツールを自作し、それを改良して外部に公開したものがAnalyzifyになった。
最初は「単体の製品として売れるのか」と慎重だったが、需要は強かった。無料で使える形で公開し、導入方法を解説する動画も用意した。早い段階で利用者が集まり、要望を取り込みながら機能を拡充していった。
似たツールがあっても勝てた理由
市場には似たツールがいくつもあった。それでもAnalyzifyが伸びたのは、2つの工夫が大きい。
1つ目は、GA4への連携品質だ。正確にデータを送れることにとことんこだわった。
2つ目は、料金の分かりやすさだった。導入費用は一度だけで、その後も使い続けられる。データ処理はGoogle側の仕組みを使うため、利用者が増えてもコストが急増しにくい。
エルマンはこう考えた。「売ること」と「与えること」は相反しない。料金が明確だと、利用者は安心して判断でき、評価もしやすくなる。
SaaSに「制作会社レベルのサポート」を組み込んだ
Analyzifyのもう一つの特徴は、サポートだった。
一般的なSaaSは説明記事を用意して「読んで設定してください」で終わりになりがちだ。しかしエルマンは、制作会社のような手厚さをSaaSに組み込んだ。
初期設定や導入時の対応は無料。必要であればアカウントの状況を実際に確認し、作業までこなす。やり方も丁寧に説明する。競合が高額で請求しがちな部分を、最初から体験として提供した。
導入後も、追加サポートを希望する利用者向けに継続課金のサポートプランを用意した。満足度は高く、毎月の定期収益が積み上がり、チームも大きくなっていった。
ShopifyはSaaSを作る場として強い
Shopifyは、アプリを作る側にとって魅力の大きい市場だ。売上規模の大きい店舗が多く、必要な機能に対して支払う力もある。
それでいて、アプリの数は市場規模に比べて十分とは言えない。サポートが手薄なアプリも目立つ。そこにチャンスがある。
さらに、一定規模までのアプリ売上に対する手数料が下がるなど、開発者に有利なルール変更もあった。事業として黒字化しやすい環境が整ってきている。
Shopify向けにアプリを作るなら、サポートの徹底が特に重要になる。丁寧な対応はレビューにつながり、レビューは次の利用者を呼ぶ。レビュー数が少なく見えても、その裏に多くの利用者がいることがある。わざわざレビューを書くのは、強い満足を感じた人が多いからだ。
新しいアプリのアイデアの見つけ方
エルマンが勧めるアイデアの探し方はシンプルだ。
同じ分野で評価の高いアプリを2つ試し、「どこが不便か」を探す。
トップのアプリは利用者が多すぎて、細かい改善まで手が回らないことがある。すると小さくても根強い不満が残る。その穴を埋めるだけでも、利用者にとっては大きな価値になる。
いちばん良い客の困りごとから始める
SaaSの強みは、シンプルなツールでも利用者が増えるほど収益が伸びやすいところにある。少人数では小さな収入でも、利用者が何千・何万と増えれば、事業は大きく育つ。
Analyzifyの物語が教えるのは、派手な発明から始めなくていいということだ。いちばん相性の良い客の困りごとを見つけ、そこに全力で向き合い、手厚いサポートで信頼を積み上げる。その積み重ねが、SaaSを強くする。
