1週間で約870万円($60,000)。そして約1億4,500万円超($1,000,000超)での売却。
短い期間で2度、大きな結果を出したダニー・ポストマの原点にあるのは、特別な才能というより「欲しいなら口に出す」というシンプルな行動だった。
断られるのが怖くて最初から引いてしまう——そんな経験があるなら、彼がどのようにチャンスをつかんだのかを知ることで、考え方が変わるかもしれない。
ダニー・ポストマは「欲しい」と言うのをやめなかった
欲しいものがあっても、口に出すのが怖いときがある。断られるのが嫌で、最初からあきらめてしまう。
でもダニー・ポストマは逆だった。欲しいなら聞く。必要なら頼む。返事がノーでも、次の手を考える。
その積み重ねが、短い期間で2回の大きな成功につながった。8週間でAI関連のサービスを作り、のちに約1億4,500万円超($1,000,000超)で売却。さらに2年後、AIで写真を生成するサービスを公開し、2週間で約145万円以上($10,000以上)を売り上げた。
ただの運ではない。子どものころからの選び方と動き方が、その結果を作っていた。
ゲームに使っていた時間が、ものづくりの時間に変わった
ダニーは子どものころ、ゲーム機が欲しくて父に何度も頼んだ。1年ほど言い続け、誕生日にようやく手に入れた。
そこからはゲーム漬けの日々。携帯ゲーム機でも、パソコンでも同じだった。
ある日、父が一冊の本を渡した。ウェブページの作り方の本だった。
メッセージは明快だった。パソコンにそれだけ時間を使うなら、遊ぶだけじゃなく何か作れ。
ダニーは試しにページを作り始めたところ、ゲームと同じくらい面白いと感じた。夜遅くまで手を動かし、学校では味わえなかった達成感を知った。
15歳で初仕事をつかみ、報酬を自分で決めにいった
学校は好きではなかった。興味がないことは続かない。代わりに、家でネットを見て気になることを調べる時間が楽しかった。
15歳のとき、母が自分の会社で「息子はウェブページが作れる」と話をつけてきた。ダニーはその仕事を引き受け、こう頼んだ。新しいノートパソコン代の半分を出してほしい、と。
作業は簡単ではなく、何百時間もコードを打ち続けた。それでも、最後にノートパソコンを手に入れたとき、努力が形になる感覚をつかんだ。
「作って売る」を覚えたら、アルバイトより速かった
16歳になると、ダニーは自分で作ったウェブサイトを売り始めた。当時すでにネット上では、数百ドルで売買されるサイトがあった。
ダニーは「売れやすい分野」を探し、とにかく形にして出した。急いで作ったサイトは€125(約2万円)で売れた。
同じ時間をスーパーのバイトに使うより、ずっといい。ネットで何かを作ればお金になる。しかも結果が早い。ここで手応えがはっきりした。
見た目よりも「申し込みが増える形」を学んだ
その後も学び続け、2011年に卒業。大学では情報発信、デザイン、使いやすさについて学んだ。
大学に入ってから、勉強の見え方が変わった。仕事につながる道が見えたからだ。
特に大きかったのはインターンの経験だった。ページの見た目を整えるだけでなく、「見た人が申し込みや購入をしやすくなるか」を考える役割も担った。
そこで気づいた。デザインはきれいにするだけではない。結果が出る形を作ることが本質だ。
この考え方を持ってから仕事が増えた。大学時代、電子書籍を売る紹介ページを作る仕事をし、時給約2,900円($20)をもらっていた。
ある日、ダニーは思い切って時給約1万1,000円($75)を要求した。友人は止めたが、そのページは実際によく売れていた。
相手の返事はこうだった。「高いけど、それでやろう」
ここでもダニーは学んだ。言わなければ何も変わらない。
バリ島で「作る人たちの空気」に染まった
2015年に大学を終えるころ、ダニーにはいくつもの強みがそろっていた。ウェブ制作、デザイン、文章、そして小さな商売の経験。
次に必要なのは、それらを一つの挑戦に集める場所だった。その舞台がバリ島だった。
2016年、オランダで1年働いたあとアジアを旅し始めた。最初は1か月の休みのつもりだったのに、気づけば10か月になっていた。
旅の中で、内気だった自分が変わっていくのを感じたという。動けば、何かが返ってくる。そういう感覚だ。
バリ島には、ネットでサービスを作る人たちが集まる場所があった。週に一度集まり、作っているものを見せ合い、意見をぶつけ合う。
観光客が減った時期でも、残った少人数の作り手たちは次々と新しいサービスを出した。のちに有名になる人も出てくる。ダニーもその流れの中で、後の大ヒットにつながる力を育てていった。
外出できない時代に、文章ツールが一気に伸びた
最初の大きな成功は2020年、外出が制限されていた時期に生まれた。
始まりは小さかった。「見出し文の型を200個集めた資料」だった。
そこからダニーは一歩進める。型に合わせて見出し文を自動で作り変えるツールにし、さらに買い切りに近い形で長く使えるプランを用意した。
すると1週間で約870万円($60,000)を売り上げた。
注目が集まり、次に何をするかが問題になった。そんなとき、新しい文章生成AIの技術が出てきたと耳にした。
多くの人が一般公開を待つ中で、ダニーは運営側に直接連絡した。早めに使わせてほしい、と頼んだ。
許可が出た。
ダニーはサービスの中心をそのAIに切り替え、話題はさらに大きくなった。そして2021年2月、約1億4,500万円超(約$1,000,000超)で買いたいという申し出が来て、売却した。
バリ島に来てから4年ほどで、「いつか成功したい人」から「成功した起業家」へ変わった。
売却のあと、楽しい生活が少しずつ退屈に変わった
売却後の2021年、ダニーは気楽に過ごした。小さな試みをいくつかやり、結婚し、バリ島で家を買い、妻と暮らし始めた。
楽しい。でも、だんだん物足りなくなる。
そのころ気になっていたのが、AIで絵を作るツールが広がっているのに、実用的な使い道がまだ弱いことだった。たとえばSNSのプロフィール写真。みんな必要としているのに、決定版がない。
プロフィール写真をAIで作る波に飛び込んだ
2022年、ダニーはプロフィール写真を作るサービスに取りかかった。土台にしたのは、当時新しく公開されたばかりの技術だった。
同じころ、友人も似たことを考えていた。2人は同時に作り始め、助け合いながら進めた。
どちらも短時間で形にし、SNSで話題になった。公開から短い期間で約145万円以上(約$10,000以上)を売り上げた。
ただ現実は甘くない。スマホで簡単に使える競合アプリが強かった。有名人に使ってもらう宣伝がうまく、アプリストアで見つけやすく、入れやすい。
このまま「広く浅く」で戦うと削られる。2人はそう気づいた。
勝つために「自然な顔写真」だけに絞った
ダニーが選んだ方向は、撮影したみたいに自然な顔写真を作ることだった。写真撮影にも詳しく、撮影の未来について強い考えを持っていた。
高いお金を払って写真館で撮る時代は、いずれ終わるかもしれない。オンラインで済めば、お金も手間も減る。
ダニーは公開されている技術を土台に独自の学習の仕組みを作り、SNSで発表した。
また一気に広がった。1週間で大きな売り上げに達し、その後も人気は落ちていないという。
ダニーが注目していたのは、SNSから来た人がどれくらい申し込むかという数字だった。その数字が高ければ、それだけ欲しい人が多いということ。ここなら勝てると確信した。
一人で抱え込むと、事業ごと止まる
全部を一人でやるのが正しいと考える作り手もいる。しかし、ダニーは違う。早い段階でチーム作りに慣れるべきだと言う。
実際、ダニーは一度ひどく疲れ切って、3か月休むことになった。そこで仲間を雇い、全部を自分で抱えない形に変えた。
すると気持ちが軽くなり、自由が増えた。
さらに、手がかからず回る仕組みを作ることも重視している。休んでも仕事が止まりにくい形だ。
働いた時間だけお金が増える状態から抜け出す。休んでいる間も事業が動く。この感覚は大きい。
最後に残ったのは、シンプルな行動だった
ダニーのやり方は派手に見える。でも芯は単純だ。
ここまでしか無理、と決めつけない。もっと望む。もっと聞く。早めに動く。
欲しいなら、まず口に出す。そうしない限り、チャンスは始まらない。
