24個のネット事業を同時に動かし、そのすべてが黒字。しかも多くは、本人と遠隔のプログラマー1人、たった2人で回している。
それを可能にしているのが、自作の開発ツール「MarsX」だ。通常なら何か月もかかる開発を、数週間で立ち上げられるという。
ただ、森の静けさの中で淡々と事業を増やす今の姿に至るまで、道のりは決して一直線ではなかった。電気も知らない村で育った少年が、どうやって「小さな黒字を積み上げる」という発想にたどり着いたのか。
森のノートパソコンから、黒字の事業を24個動かす
トルコのイスタンブール近く。森の静けさの中で、ジョン・ラッシュはパソコンを開く。
やることは単純だ。ネット事業を同時に動かす。しかも黒字のものだけを。
いま動いているのは24個。目標は2025年に100個、2026年に1000個。普通なら「そんなの無理だ」と言われる数だが、ジョンには切り札がある。自分で作った開発ツール、MarsXだ。
MarsXは、人気アプリのテンプレートをあらかじめ用意している。ゼロから作るのではなく、最初から9割完成した状態でスタートし、残りの1割だけ手を加えてリリースする。だから新しい事業を数週間で立ち上げられる。
MarsXで作った事業の中には、世界中の映画館で使われているものもあるが、それを公にはしていない。競合が強い市場でも、少人数で利益を残しながら生き残っているものもある。
多くの事業は、ジョンと遠隔のプログラマー1人の2人で回している。集客は、宣伝作業を自動化する自作ツールと、SNSでの発信が中心だ。ジョンはXやLinkedInで作り方や数字をかなりオープンに話す。秘密主義の起業家が多い中で、その姿勢が逆に目立っている。
ただ、ここに至るまでの道のりは一直線ではない。むしろ、遠回りと失敗の積み重ねだった。
電気も知らない村で、作ることだけが遊びだった
ジョンはジョージアとロシアの間にある山奥の小さな村で育った。住民は500人ほど。村の人たちは独自の言葉を話していた。
便利なものはほとんどない。8歳になるまで、電気が何かも知らなかったという。
父は村で「発明好き」で通っていた。とうもろこしを粉にする機械を組み立てたり、家々に電波が届くよう大きなアンテナを立てたりした。
ジョンは父を「中世みたいな村にいる未来の人みたいだった」と言う。
やがて村に電気が来ると、ジョンは電子機器をいじり始めた。壊れたテレビの部品を拾ってラジオを作り、モーター付きの小さな車を作り、部品3つで遠くまで光る装置も作った。
買って転売するよりも、作り方を考えて大量に作り、利益を大きくする方が楽しかった。
パソコンの代金は、じゃがいもで払うことになった
父は息子に現代の世界を見せたかった。だから13歳のとき、こんな条件を出した。
「パソコン代になるだけのじゃがいもを作るのを手伝えたら、買ってやる」
ジョンは何か月も畑で働いた。父は約束通り、デスクトップのパソコンを持ち帰った。
その日からパソコンが生活の中心になる。学校が終わると走って帰り、画面に向かった。
ただ、村にはネットがない。入っているのは基本的な仕組みと退屈なゲームが少しだけ。だからジョンは説明書を読みながらプログラムを学び、ゲームを自分で作ろうとした。
商売への気持ちも強くなる。中古の携帯を安く仕入れて高く売ろうとして、地元の怖い連中とぶつかったこともある。村の外へ出ないと先がない。そう思うようになった。
月に1回のネットカフェで、人生の新たな扉を開いた
ジョンは月に1回、バスで近くの町へ行き、ネットカフェで1時間だけネットを使った。
ある日、ノルウェーとドイツの学校に申し込む。正直、受かるとは思っていなかった。
翌月、ネットカフェでメールを開くと、ノルウェーのハルデンにある学校のコンピューターコースに合格していた。
村の外の世界が、突然現実になった。
勉強にのめり込み、学生のうちに商売が動き出す
ノルウェーは、若い人が1人で行くにはいい場所だとジョンは言う。ハルデンは大都市ではなく、育った村より少し大きい程度。だから生活の変化も思ったよりきつくなかった。
授業は英語。学校は小さく、先生たちは留学生をよく見てくれた。ジョンは次第に目立つ存在になっていく。
子どものころ手に入らなかった知識が目の前に並んでいたからか、勉強にのめり込んだ。1年ほど、授業とセミナー漬け。家に帰るのは寝るためだけの日もあった。
そのころ、最初の事業が生まれる。周りの学生の課題をよく手伝っていた経験から、「プログラムの課題を代わりに作ってほしい学生」と「作れる学生」をつなぐ場を作った。Rush Studioだ。
最初はほとんどを1人でこなした。1年で1000件の課題を仕上げ、博士課程の論文の一部まで手伝ったという。
2010年、働きすぎを抑えるために優秀な学生を雇い、売り上げを分ける形にした。するとビジネスは広がり、ほかの大学にも波及して、ついには1週間で先生の年収より多く稼ぐようになった。
ただ、課題代行は不正にもつながる。気になったジョンは、最終的に競合にまとめて売った。金額は大企業の買収とは比べものにならないが、ジョンには十分すぎる資金だった。
このお金が進路を変える。大企業に入るより、自分で会社を作る方へ舵を切った。
投資家の世界で学んだのは、派手さよりも利益を重視することだった
ジョンは、ノルウェーで起業支援施設が立ち上がると聞く。Startup Lab。そこにはプログラマーが必要で、ジョンは起業家に会いたかった。
ハルデンからオスロまで片道2時間の列車で通い、働き始める。移動はきつい。でも起業家に会えるのが楽しかった。
2010年、Rush Studioを売った資金もあり、学校をいったん離れて起業に集中する。学位は後で取るつもりだったが、結局戻らなかった。
2011年、いくつかの事業案を投資家に話す。しかし返ってくる言葉はいつも似ていた。「大きく伸びる絵が見えない」
投資家に認められるには、作れるだけでは足りない。広め方、伸ばし方、利益の出し方まで全部わかっていないといけない。そう言われた。
ジョンは2011年から2017年まで、休みなしで週100時間働いたと話す。友だちは減り、恋愛の時間も消えた。
その間、関わった会社は30社ほど。出資する側、技術責任者、共同創業者と、立場を変えながら起業の現場を見続けた。
そして2015年ごろ、あることに気づく。投資家のお金を集めた会社が、次々に失敗している。知り合いのほとんどが、失敗した会社か、失敗しそうな会社を抱えていた。
小さくても狙いがはっきりした市場に向け、無駄を減らして利益を出す方向に変えれば助かる会社も多い。ジョンはそう考えた。
しかし現実は逆だった。利益を優先しようとすると、共同創業者や経営側が嫌がることが多い。投資家の世界は「利益」より「巨大化」を求めがちだと、ジョンは肌で知った。
ある会社では給料が払えなくなりそうになり、3年にわたってジョンが自分のお金で給料を出し続けたこともあったという。
7年が経つころ、関わった多くの計画が終わりに向かっていた。それでもジョンは燃え尽きなかった。むしろ、1人でやりたい気持ちが強くなった。資金集め、採用、設計、宣伝、開発まで、一通りできるようになっていたからだ。
12か月かかる開発を、12日で完了させたいと思った
2018年、ジョンはMarsXという仕組みを考え始めた。目標は、普通なら12か月かかるソフト開発を12日まで縮めること。
きっかけは不満だった。2009年ごろから開発を続けてきたが、年々「起業向けのツール」が使いにくくなっていると感じていた。
昔は生産性重視でツールを選び、数週間で作れた。ところがツール選びの主導権が開発者側に移ると、使っていて楽しいが効率の落ちるものが選ばれやすくなり、作業は細かく分かれて遅くなる。ジョンはそう見ていた。
だから、速く作れるツールを自分で作ることにした。
発想はシンプルだ。どんなアプリも、部品の組み合わせでできている。ならば最初から9割できた状態を用意し、残り1割だけ作ればいい。
配車アプリ、動画配信、予約サービス。世の中には「よくある形」がある。その型を最初から持っておく。
MarsXは、画面操作でテンプレートを組み立てるところから始まる。そこから細部を修正し、必要に応じてコードを書いて自由に追加もできる。
画面操作だけのツールだと、後で作り変えにくいことがある。MarsXは最初からコードが用意されているため、追加や削除が容易である。ジョンはその点を重視した。
試作品ができたあと、投資家から資金を集める話も進んだ。かなり最終段階まで行ったが、ジョンは直前で止めた。
「何のためにやっているのか」
そう自問し、自由に方向転換できるようにするなら、投資家の金ではなく自分の力で進めるべきだと決めた。
開発者に売れないなら、自分で事業を作って見せる
ジョンは最初、開発者向けにMarsXを広めようとした。だがうまくいかなかった。
理由は現実的だ。開発者は速く作っても給料が増えるわけではない。しかも安全性や負荷への強さなど確認したいことが多く、説明しても質問が増えるばかり。自分で試して納得しないと信じない。
そこでジョンは順番を変えた。MarsXを売る前に、MarsXで本物の事業を作って見せる。
見本のコピーではなく、実際に客がいる事業。面倒な作業は自動化し、小さな事業を次々と立ち上げていった。
代表例がSEO Bot。ブログ記事づくりを助け、検索からのアクセスを増やすサービスだ。そこから宣伝作業を自動化するツールを増やし、数か月で外部の宣伝チームをツール群に置き換えたという。
ジョンはこう言う。「製品1つにつき会社1つ、製品ごとに開発者が1人いる」
巨大な組織は作らない。小さな黒字を積み上げる。
ジョンはXやLinkedInで、製品のことも作り方も発信し続けた。開発者はすぐには動かなかったが、技術に詳しくない起業家たちが宣伝ツールを使い始めた。細かく正直に話す姿勢が、信頼につながった。
同じ客が別の製品にも興味を持つ。製品同士が助け合う。1つが伸びると、ほかも伸びやすい。そんな流れができた。
約1年で、いくつかのサービスを合わせて年約3億円規模(年200万ドル規模)になったという。さらに2024年1月までに合計24の製品をそろえ、その月だけで約3億円超(200万ドル超)になったとも述べている。
サービスを試す人が増えると、MarsXそのものへの関心も一気に高まった。利用を待つ人は7万人を超え、早く使いたいから金を払いたいという声も出た。
それでもジョンは、MarsXを大々的に売り出すことを急がなくなった。すでに十分な収入があり、まずは黒字を積み上げる方が大事だと考えたからだ。
紹介ページと開発の仕組みをつなげて、起業の全部入りを作る
2023年、ジョンはUnicorn Platformというサービスを約1.2億円(80万ドル)で買った。シンプルな紹介ページを作るツールだ。支払いは現金と株の組み合わせだったという。
ジョンはこれを土台にした。画面を作る部分にUnicorn Platform、裏側の仕組みにMarsX。この2つを組み合わせ、より多くの人が自分のツールで事業を作れるようにしたい。
最終的には、利用者が作ったサービス同士がつながる世界を目指す。サービスごとにアカウントやパスワードを別々に管理しなくて済むようにする。
いまは事業を回すのに、別々のサービスが25個も必要になることがある。ジョンはそれを嫌う。カード情報を登録して紹介ページを作ったら、用意した機能がすぐ使える。そんな形を狙っている。
特に来てほしいと思っているのは、宣伝が得意な人たちだ。少人数で作れる世界が広がるほど、宣伝や発信の力がより重要になると見ている。
1人で進める速さを、ツールで守りたい
ジョンは、複数人で作るより1人で作る方が速いと考える。
アイデアは1分で100個でも出せる。でも何人かで話し合うと、それだけで何日も消えることがある。だから、1人でも回せるツールを増やしたい。
この考えはSNSの外にも広がっている。静かな自然の近くで暮らしたい起業家は多い。ジョンは森の近くで小さな起業家グループを始めた。
地域の情勢で移動も考えているが、将来は土地を買い、「起業家の村」のような場所を作りたいとも話す。MarsXの開発に関わる人たちには、そこに住めるようにする約束もしているという。
そのためには資金がいる。月ごとの安定した売り上げを約15億円(1000万ドル)まで伸ばしたいと語っている。
無理に延命せず、市場が必要としないなら終了させる
最後にジョンは、後悔があるとすればこう言う。
もっと早く、自分の力で利益を出すやり方に切り替えるべきだった。
うまくいかない会社を自分の金で延命させた時期を振り返り、「市場が必要としていないなら、無理に生かさない方がいい」と話す。
山奥の村で電気も知らなかった少年が、いまは森の中から黒字の事業を増やしている。派手な資金調達より、速く作り、無駄を削り、利益を積む。その積み重ねが、1000個という非常識な目標を現実に近づけている。
