憧れの企業で働き、肩書きも実績もある。傍目には「成功者」に映るのに、なぜか心が満たされない。そんな言葉にしにくい停滞感に、ふと立ち止まってしまうことがある。
Googleでプロダクトマネージャーとして働いていたスティーブン・コグネッタも、まさにその感覚を抱えていた一人だ。仕事は順調。それでも、胸の奥の空白が消えない。
やがて彼は、誰かの話を聞き、背中を押したときの手応えを思い出す。そして「夢の仕事」を目指す人を支える側へ転身。ブログから始まった小さな試みは、登録者10万人規模のサービスへと成長していく。
Googleを離れて、「夢の仕事」をつかむ手助けを仕事にした
多くの人にとって、Googleで働くことは大きな憧れだ。そこでプロダクトマネージャーを務めていたスティーブン・コグネッタも、周囲からすれば「成功した人」に見えたはずだ。
しかし彼の中には、言葉にしにくい空白があった。仕事はうまくいっている。それなのに、心が満たされない。
その理由を考えるうち、昔の感覚がよみがえってきた。誰かを助けたときの手応え。人の話を聞き、背中を押したときの実感。そちらのほうが、自分の中に深く刻まれていた。
スティーブンは決断する。自分が本当にやりたいのは、テック業界で夢の仕事を目指す人を支えることだ。こうして、キャリア支援サービス「Exponent」を立ち上げる道へ踏み出した。
原点は「人の話を聞く」ことだった
スティーブンがコーチングを始めたのは、思いつきではない。かつて自殺防止ホットラインのボランティアも経験しており、人の感情や心の問題に向き合い、支えることに強い関心を持っていた。
Googleを辞めたのも、会社が嫌になったからではない。ただ「何かが足りない」という感覚があり、起業という働き方にも興味が湧いてきた。自分のこれからを見つめ直す時間が必要だった。
気持ちを整理するため、スティーブンはアメリカ横断のロードトリップに出る。車を少し改造し、旅先からでもオンラインでコーチングできる環境を整えた。
相談に来るのは、テック業界の知り合いが多かった。スティーブン自身がGoogleで働いていたからこそ、業界の空気や細かい事情まで理解できる。その共感が、相談者の安心につながった。
旅のための稼ぎが、事業の芽になった
最初のコーチングは、旅を続けるための収入源という意味合いが強かった。今でいう「リモートワークで移動する生活」を、スティーブンは流行より前から実践していた。旅そのものが目的だった。
同時に、旅のブログも書き始めた。そこにオンラインコーチングのことも書くと、読者が少しずつ増えていった。趣味と仕事が自然に混ざり合い、活動の幅が広がっていく。
スティーブンはもともと、何かを作って広げることが得意だった。メンタルヘルスのイベントを企画して500人以上が集まる場に育てたこともあれば、クイズアプリの仕組みを検証して発信し、個人開発者のコミュニティで注目を集めたこともある。
ただ、旅をしながらのコーチングには限界もあった。通信が不安定で、Wi-Fiや携帯回線がよく途切れる。続けるうちに思いが固まってくる。「この知識や経験を、もっと安定した形で届けたい。きちんと事業として成り立つ仕組みにしたい」
小さく売って、反応を見て、作り直す
スティーブンはまず、テック業界で仕事を得るための資料を低価格で販売してみた。広告は使わず、ブログから人を集めて需要を確かめた。
ブログのトップにはメール登録の仕組みを設けた。登録者が増えると、スティーブンは直接連絡して話を聞いた。何に困っているのか、どんな情報が役に立つのか。要望の多いものはすぐ作って届けた。
最も多かった悩みは、面接だった。テック業界の面接は独特で、質問の種類も評価の仕方も特殊なため、何をどう準備すればいいか分かりにくい。ここに大きな助けの余地があると確信した。
ただし、スティーブンは一人で抱え込むつもりはなかった。大学時代の友人で元ルームメイトのジェイコブ・サイモンに声をかけ、こうして「Exponent」が動き出した。
仲間を集め、「閉じたノウハウ」を開いていく
共同創業者となった2人は、まず友人たちのネットワークを頼った。さまざまな会社で働く知り合いに協力してもらい、必要に応じて相談できる体制を整える。
そこから発想が広がった。友人たちにメンターとして参加してもらい、受講者とつなげられないか。
有名テック企業への就職は、情報が閉じた世界になりがちだ。コツを知っている人は少数で、知らない人はずっと遠回りを強いられる。Exponentが目指したのは、その状況を変えることだった。情報を分かりやすく、透明にする。
メンターは個別サポートだけでなく、オンライン講座も作れる。スティーブンが用意していた資料は、徐々に本格的なコースへと進化した。内容は「ビジネススクールで扱っても遜色ない」レベルを目指し、各分野の経験者が担当した。
さらに2人は、得た利益を検索対策や広告に充てた。テック業界に特化した言葉で情報を届けた結果、最初はブログ読者だった層が着実に増え、登録者は10万人規模まで伸びていった。
目標は「続けさせること」ではなく「卒業させること」
料金の形にも頭を悩ませた。講座ごとに課金するのか、月額制にするのか。
仕事探しは、ずっと続くものではない。必要なのは転職活動の期間だけだ。Exponentはその点をはっきりさせた。利用者が仕事を得ることがゴールであり、サービスに長く縛りつけない。
そして就職できた人は、次の役割へ移れる。今度はメンターとして、別の誰かを支える側になる。Exponentは「サービス」だけでなく「コミュニティ」として育てる方針を取った。
仕事探し中でも払える価格にする
転職活動中は収入が不安定な人も多い。Exponentは手の届きやすさを優先し、月額約2,000円($12)に設定した。
内容は充実している。100時間以上の動画、模擬面接、参加者同士やメンターとつながるチャット、会員向けの求人情報。学ぶだけで終わらず、実際に動けるよう設計されている。
もう一つ大切にしたのは、「この人から学びたい」と思えることだ。テック業界の仕事は幅広く、エンジニアリングもあればプロダクトマネジメントもある。合うメンターは人によって異なるため、選びやすいメンタープログラムを整えた。
学び方は練習中心にした。読むだけ、見るだけでは身につきにくい。実際に答える練習を重ねるほうが効果的だ。ネット上に十分な例がない面接質問も用意し、面接の流れ、回答の型、ふるまい方までカバー。行動に関する質問から分析、設計、技術系まで幅広く対応している。
無料で広げ、有料で深める
Exponentは、教材を有料コンテンツの中だけに閉じ込めなかった。「多くの人を助ける」という目的があるからこそ、無料で見られる教材も大量に公開した。
それが結果的に、入口になった。動画を見て「このやり方ならいけそうだ」と感じた人が、次に有料の学びへと進む。
ジェイコブはプロダクトマネジメントの質問に対する模範回答を録画し始めた。最初は、講座を購入しない人にも役立つ情報を届けるためだった。会員向けにはさらに大きな動画ライブラリを用意し、無料ではライブ配信も実施する。無料で価値を示し、必要な人が深い学びへ進める流れが生まれた。
学ぶ側が、支える側に回り始めた
現在、Exponentは有名なMBAプログラムとも連携し、新しい教材や仕組みづくりを進めている。試行錯誤は続くが、事業は着実に成長している。
象徴的な出来事があった。Exponentの利用者の一人が大手企業のプロダクトマネージャーとして採用され、1年後にはExponentのチームに加わったのだ。
学ぶ側だった人が、今度は支える側になる。スティーブンが最初に思い描いた「助けが循環するコミュニティ」が、現実になり始めている。
