新しい事業を始めようとすると、考えることが一気に増える。形、値段、宣伝、作る順番。迷っているうちに、動けなくなることもある。
ウクライナ出身の起業家オレクサンドル・ガマニュクも、そんな不安と隣り合わせで選択を迫られた。完璧を待つのではなく、まず公開して走りながら直す。そう決めた。
その結果、Tarta.aiは公開後も形を変え続け、いまでは毎日およそ1万5,000人が新規登録し、求人情報は毎日200万件規模で更新されるまでになった。しかも運営はたった5人。どうやってそこまでたどり着いたのか。
完璧を待つより、まず動かすほうが強い
新しいビジネスを始めようとすると、決めることが一気に増える。サービスの形、値段、宣伝のしかた、作る順番。考えれば考えるほど不安になって、計画だけが分厚くなっていく。
でもスタートアップで大事なのは、最初から完璧を狙うことではない。まず「動くもの」を出して、そこから直し続けることだ。
ウクライナ出身の起業家オレクサンドル・ガマニュクは、2回の起業でそれを身をもって学んだ。2019年に立ち上げたTarta.aiは、仕事探しを助けるAIアシスタントだ。細部を作り切る前に、とにかく公開した。完成度より、前に進む速さを選んだ。
公開からの約1年、Tartaは何度も形を変えた。収益モデルも4〜5種類試した。うまくいかない案は捨て、続けられる形だけを残していった。
いまTartaには、毎日およそ1万5,000人の求職者が新しく登録する。求人情報も毎日200万件規模で更新される。しかも運営しているのは、たった5人のチームだ。
最初の起業が、次の挑戦の土台になった
オレクサンドルはもともと、ウクライナのIT企業でソフトウェアエンジニアとして約8年働いていた。会社員のころから起業の勉強も続けており、特に役立った本として「The Four Steps to the Epiphany」を挙げている。スタートアップが伸びる理由、倒れる理由を考えるための地図になったという。
2016年、オレクサンドルは妻ヴィクトリア・ペルミノワとともに会社を辞め、貯金でBotmakersを立ち上げた。Botmakersはチャットボットのテンプレートを売るマーケットで、マーケターがテンプレートを使ってメッセージアプリのキャンペーンなどに活用できるチャットボットを作れる仕組みだった。
役割分担はシンプルだった。オレクサンドルが開発を担当し、ヴィクトリアがデザインと運営を担った。
ただ、チャットボットの流行はだんだん落ち着いていく。そこで2人は考えた。「この技術を、別の分野で生かせないか」
たどり着いたのが採用だった。仕事探しは情報が散らばっていて手間が多い。ここにチャンスがある。そうしてBotmakersは、次の事業Tarta.aiへつながる踏み台になった。
Tartaがやっていること
Tartaは、求人サイトや企業の採用ページから求人情報を定期的に集めて、1か所にまとめるサービスだ。
求職者はチャットボット型のアシスタントと会話する。ボットが質問を通じてスキルや経験を聞き取り、その情報をもとに合いそうな求人を探して提示する。探す時間を減らし、ミスマッチも減らす狙いだ。
開発チームはBotmakersのときと同じ5人。開発者中心の体制だったため、大きく採用し直す必要がなかった。管理画面など運営の仕組みも、使える部分はそのまま活用した。
「すでにあるものを活用できるなら、最初から作り直す必要はない」——それがオレクサンドルの考えだった。
会社はアメリカで設立したが、チームはウクライナからリモートで働いている。ロシアの侵攻が始まってから、オレクサンドルの家族はウクライナに戻れず、カリフォルニアで暮らしている。
オンライン会議の途中に空襲警報が鳴り、地下室に避難しなければならない日もある。戦争が始まった直後は働ける状態になく、社員は3週間の有給休暇を取った。少しずつ業務に戻ったが、厳しい状況は続いている。
収益化より先に、人を集めた
起業で最初にぶつかる壁は、「手応え」を作ることだ。話題を作るのも、アクセスを増やすのも、最初の顧客を獲得するのも簡単ではない。
どれほど良いプロダクトでも、知られなければ存在しないも同然だ。だからTartaは、内容が完全に固まっていなくても、早い段階で世に出すことを選んだ。
特にSaaSは、作ることより「興味を持ってもらうこと」のほうが難しい場合がある。1年かけて作っても、誰にも必要とされていなかったと気づくケースすらある。
そこでTartaは、まずアクセスを集める方針を取った。検索で見つかる状態を作り、収益化はあとから考える。
2019年後半、プロダクトを作りながらTartaのサイトに公開求人を載せ始めた。採用市場には昔からの大手がいる。それでもアメリカ市場は巨大で、しかもTartaは毎日大量の求人を追加し続けた。検索エンジンから見ると「新しくて更新が速い情報源」として評価されやすい。
さらにオレクサンドルは独自のデータ分析の仕組みも作り、いくつかの企業に見せると反応は強かった。だがデモを2回やったところで、あえて顧客として受け入れるのをやめた。その仕組みは自社の成長のためだけに使う、と決めたのだ。
売上のチャンスを手放す決断だったが、結果は大きかった。1日のアクセスは2万人から8万人へ伸びた。
いまTartaは、企業から直接受け取る求人や提携先の採用サイト経由の求人など、さまざまなルートから情報を集めている。毎日100万件の新規求人を取り込み、さらに100万件を再掲載して更新し、合計200万件の最新求人として扱う。月間の訪問者数は200万人規模になった。
アクセスを先に作るやり方には危うさもある。それでもTartaにとっては、前に進み続ける力になった。完成を待たずに出せる。途中で考えながら変えられる。すでに興味が集まっていると、作り続けるモチベーションも折れにくい。
収益モデルは、試しながら見つけた
Tartaは企業と求職者をつなぐマーケット型のサービスだ。選択肢が多いぶん、最初から正解の稼ぎ方を決めるのは難しい。だからオレクサンドルは、12〜15か月の間に4〜5種類を試した。
最初は求職者向けの月額会員モデルだった。月額料金を払うと個人に合った求人が届く仕組みだ。ただ料金を低く設定していたため売上が伸びにくく、採用分野は解約も起きやすい。仕事が決まれば使わなくなるからだ。結果として、1人あたりの合計売上は約4,500〜6,000円($30〜$40)程度にとどまりやすかった。
次に広告モデルも試した。アクセスが多かったので当初は収益が出たが、広告のルール変更などで収入が大きく落ち込んだ。
そこで企業側からの収益を強化した。いまは企業がTartaに求人を依頼し、約20万人のアクティブな候補者へ情報を届けられる。ボットが候補者を自動でふるい分け、面接の日程調整まで進める仕組みで、企業は候補者単位またはクリック単位で料金を支払う。
企業と直接組むことは、採用体験そのものを変える力にもなる。いまの就職活動は、複数のサイトに登録して同じ情報を何度も入力し、応募後は状況が見えないまま待たされることが多い。連絡が来ないこともある。
オレクサンドルは、もっと前向きで効率のいい体験が必要だと考えており、その中でTartaが重要な役割を担えると信じている。
早めに飛び込む勇気が、成長を早めた
オレクサンドルには約10年の開発経験がある。それでもTartaは、これまでで最も難しいプロダクトの一つだという。CEOでありながら今もコードを書き、チームが難しい課題にぶつかったときは自分で手を動かす。
外から見ると求人掲載サイトに見える。だが裏側では毎日大量のデータを処理しており、見えない部分の作り込みが勝負を決める。
それでも目標はぶれていない。多くの人に役立つものを作ることだ。35歳になり、体力とやる気があるうちに本当に価値のあることへ集中したい。その思いが挑戦を支えている。
後悔があるとすれば、会社を辞めたのが29歳だったことだという。もっと早く挑戦していればよかった。経験と人脈を作るには2〜3年あれば十分で、それ以上になると学びが頭打ちになりやすく、エネルギーを最大限に使いにくくなる。
若い時期には、まだ使い切れていないエネルギーがある。そのエネルギーをどこに向けるかが重要だ。会社の仕事に向けるのか、自分の事業に向けるのか。年齢が上がり、家族などの責任が増えるほど、後者の選択は難しくなる。
だからこそ、完璧を待つより先にまず一歩踏み出す。オレクサンドルの物語は、その強さをはっきり示している。
