期末試験の季節。多くの学生が机に向かうなかで、ある学生は試験会場へ向かわず、大学を辞める決断をした。
無謀な賭けに見える。でも本人の中では、迷いよりも手応えが勝っていた。採用や知的労働のあり方はソフトウェアで作り直せる。国境を越えて人を集められる。そしていずれAIがその中心に入ってくる——そんな確信があった。
学生寮の小さな実験として始まったMercorは、資金調達前に年間継続売上が「7桁」に達したとされ、のちに2025年には企業価値が約1.5兆円規模($10 billion)と広く報じられるまでになる。何が、そこまでの加速を生んだのか。
ブレンダン・フーディとMercor:学生寮の小さな実験が「仕事の市場」になっていくまで
2023年春、ジョージタウン大学に通っていたブレンダン・フーディは期末試験の季節を迎えていた。
しかし彼は、試験会場には向かわなかった。大学を辞める道を選んだのだ。
無謀な賭けというより、すでに手応えがあった。採用や知的労働のあり方はソフトウェアで作り直せる。国境を越えて人を集められる。そしていずれAIがその中心に入ってくる。フーディはそう確信していた。
フーディはMercorの共同創業者でCEO。Mercorは学生寮での小さな実験から始まり、やがて「AI時代の仕事の市場」へと近づいていく。
始まり:討論仲間とハッカソン、そして最初の取引
Mercorを立ち上げたのは3人——ブレンダン・フーディ、アダーシュ・ヒレマス、スーリヤ・ミドハだ。創業は2023年1月。
フーディとヒレマスは高校時代、ディベートで競い合っていたとされる。相手の主張を分解し、筋道を立て、判断を下す。そうした訓練が、のちに「人の判断を仕組みにする」というMercorの思想にもつながっていく。
転機はアメリカの外で訪れた。3人はブラジルのサンパウロで開かれたハッカソンに参加し、そこでシンプルなモデルを見出した。
海外の優秀なエンジニアと企業を結びつけ、契約や支払いといった煩雑な手続きをMercorが引き受ける。その対価として手数料を受け取る。
最初の取引はシンプルだった。企業が開発者に約7.5万円($500)を支払い、Mercorはそのうち約70%を開発者に渡し、残りを手数料として受け取る。
壮大なAI企業を名乗る前に、まず「きちんとお金が回る仕組み」を作る。Mercorはそこから始めた。
資金調達より先に:学生寮で回しながら大きくする
Mercorは創業者たちがハーバード大学やジョージタウン大学の学生寮から運営していたという。
しかも資金調達の前に、年間継続売上が「7桁」に達したと発表している。登録者は25か国に広がり、人材プールは10万人規模になったともいう。
別の報道では、創業から9か月で年換算売上が約1.5億円ペース($1 million)に達したとも伝えられた。表現は異なっても、早い段階で「紹介して報酬を得る」仕組みが機能し始めていたことがわかる。
重要なのは順番だ。派手な資金集めより先に、現場の運営で成長した。国境をまたいで人を集め、仕事をさばき、支払いまで滞りなく回す。地味だが強い力を、学生寮の中で積み上げていった。
象徴的な決断:期末試験を捨てて、事業に賭ける
そして2023年春、フーディは大学を辞めた。
この場面は起業ストーリーでよく「勇気ある決断」として語られるが、フーディ自身は勢いではなく合理的な判断だったと話したとされる。
大学にいると、時間をひねり出さないと作業できない。でもMercorのことは、放っておいても頭から離れない。なら、時間の使い方を変えるしかない。
休みなく働いたとも報じられている。スピードを優先し、積み重ねで差をつける。それが初期のMercorの空気だった。
サービスから製品へ:AIで採用を動かす
2024年1月、Mercorは次の段階へ進む。
「AIによる採用プラットフォーム」を打ち出し、自動化されたプラットフォームの公開と約5.4億円($3.6 million)の資金調達を発表した。
狙いは、採用の入口にある面倒な工程を短時間で終わらせることだ。書類選考や一次スクリーニングをAIで大幅に効率化する。
発表された構想の柱は2つある。
- AI面接官:オンライン面談にAIが参加し、候補者の経歴やプロジェクトを踏まえてリアルタイムに質問・評価する。
- プロフィールの自動収集と検索:履歴書、開発実績、個人サイトなどから情報を集めて人物像をまとめ、大量の候補者から目的の人材を探しやすくする。
企業側は「欲しい人材の条件」を文章で入力するだけで、条件に合う候補者を短時間で見つけられるという。採用後の支払い管理まで一つの場で完結する仕組みも掲げた。
ここでMercorは、単なる紹介業から「採用業務の基盤」を作る会社へと姿を変えた。
もう一つの転換:採用だけでなく、AIに判断を教える市場へ
2025年の報道では、Mercorはさらに大きな方向へ動いたとされる。
企業とエンジニアをつなぐだけではない。将来、人の仕事を置き換えるかもしれないAIを、人間の専門家が鍛えるための市場へ近づいた、という描かれ方だ。
ここでは価値の中心が変わる。採用のための人材プールにとどまらず、コンサルタント、弁護士、銀行員、医師といった専門家がAIの答えを評価する。課題を作り、採点基準を設け、AIの推論をテストして改善する。
人間にしかできない判断がある。微妙な差異を読み取り、良し悪しを見極める感覚がある。フーディは、そこをAIに教えることが重要だと語ったと伝えられている。
採用プラットフォームが目指すのはマッチングと配置の効率化。一方、AI評価の市場が目指すのは、質の高い人間の判断を大量に集め、AIの性能を測って向上させることだ。
両方に共通するのは、世界中の専門人材を集め、仕事の流れと支払いを管理する運営力。Mercorはそこを武器に、次の市場へ踏み込もうとした。
APEX:専門職の仕事でAIを測る
後期の中心的な仕組みとして、APEXと呼ばれる指標が報じられている。
抽象的なパズルではなく、投資銀行、法律、コンサル、医療などの現場業務から選んだ約200のタスクで大規模モデルを評価するという。
企業が実務に近い小さな課題を多数依頼し、AIが答えを出す。それを人間の評価者が細かな基準で採点する。
たとえば、金融メモの作成、法的文書の下書き、医療記録の分析。そうした課題を通じて採点結果のような構造化されたフィードバックを集め、AIの改善に役立てる。
評価基準やケースの設計には著名な有識者が助言する枠組みもあったと報じられている。狙いは、現実の専門職が求める厳しさに近い形でAIを評価することだ。
成長と評価:小さな契約から、大きな注目へ
公表情報と報道をまとめると、Mercorの歩みは次のように整理できる。
- 2023年1月に創業
- 資金調達前に年間継続売上が7桁、登録者は25か国で10万人規模
- 創業から9か月で年換算売上が約1.5億円ペース($1 million)という報道
- 2024年1月に約5.4億円($3.6 million)の資金調達を発表
2025年には企業価値が約1.5兆円規模($10 billion)になったと広く報じられた。取引条件などの詳細がすべて公開されているわけではないため、確定した数字として断言はできない。
それでも短期間で非常に大きな注目を集める企業になったことは確かだ。
目標:AI時代の「仕事の仲介役」になる
2024年の発表でMercorは、採用を速くシンプルにし、実力で評価される仕組みを作りたいと述べた。人と仕事を結びつける「労働の仲介役」になるという言葉も使っている。
2025年の報道では、フーディの視野はさらに広がった。AIは仕事を消すだけではない。仕事の中身を組み替える。人間はより上流へ移り、AIに判断の基準を与える側になる。
知的労働の多くが自動化される可能性を見据えつつ、生産性向上を恐れて足を止める発想に偏りすぎないよう主張したとも伝えられている。
まとめ:運営力を積み上げ、形を変え続けた
Mercorは約7.5万円($500)の開発者契約から始まった。まず収益の出るシンプルな紹介モデルを作り上げた。
次に、それをAIで動かす採用プラットフォームへと製品化し、資金調達とともに規模を拡大した。
さらに、人間の専門家の判断を集めてAIを評価・強化する仕組みへと進化し、より大きな目標を掲げた。
学生寮から始まった小さな実験は、労働と自動化の未来をめぐる議論の中心へと近づいていく。Mercorは、その流れの中で注目を集める存在になった。
