一度は大きな成功をつかんだはずなのに、プロダクトが成長するほど同じ悩みが繰り返される。ユーザーが途中で迷って離脱する。問い合わせはあちこちに散らばり、対応が追いつかない。
「また同じところで止まっている」。そんな停滞感と歯がゆさを抱えながらも、ルカとダニエレは外部ツールに頼らず自分たちで解決策を作る道を選んだ。
手元資金は約23万円($1,500)から。試行錯誤を重ねた末、やがて毎日1000万人以上がCustomerly経由でサポートを受けるまでに成長した。その過程には、派手さより「続けること」を選び続けた理由がある。
イタリア最大より、世界最大を選んだ3人
ルカ・ミケーリとダニエレ・ラッティは、すでに一度ずつ大きな成功を収めていた。
ルカが作ったQuizPatente!は、運転免許の試験対策アプリだ。学習者の役に立つだけでなく、教習所が生徒を集める助けにもなり、ダウンロード数は1200万を超えた。
ダニエレが作ったFatture in Cloudは、請求書管理のSaaSだ。イタリアで早期に普及し、今も国内トップクラスの地位を保っている。
どちらの事業も、のちに大きな金額で買収された。
しかし成功の裏で、同じ悩みが繰り返し顔を出した。ユーザーが途中で迷ってやめてしまう。問い合わせはメールやSNSに散らばり、対応が追いつかない。プロダクトが成長するほど、その痛みも大きくなる。
「この問題、毎回同じ形で出てくる」
そう気づいた2人は、解決策を自分たちで作ることにした。のちにマッテオ・マルティネッリが加わり、こうしてCustomerlyの物語が始まる。
別々のSaaSで、同じところでユーザーが止まる
ルカとダニエレが出会ったのは2012年。ミラノのMIP Politecnico di Milanoで、起業家向けMBAを学んでいた。
ルカは当時すでにアプリで大きな売上を出しており、開発者としてメディアに取り上げられたこともある。
ダニエレは、作る量が桁違いだった。毎年30〜40個ものSaaSを試作するタイプで、2012年にはFatture in Cloudの土台を作り、翌年には友人向けに提供を始めていた。
2人はすぐに意気投合し、授業後の夜や週末に集まって手を動かした。卒業後もその習慣は続いた。
業界は違っても、ユーザーがつまずく場所は驚くほど似ていた。
手順を飛ばす。順番を間違える。たとえばアカウントを作る前に書類を送ろうとする、決められた順番を無視して先に進もうとする。その結果、途中で諦める人が出る。
サポート面でも課題は共通していた。問い合わせがさまざまな窓口に散らばり、全体が見えなくなる。ユーザーの声を集める仕組みも弱い。
ルカはこう考えた。
「重要な手順が終わっていない人だけに、必要なメッセージを届けられたらいい」
外部ツールを探す選択肢もあった。しかし2人は自分たちで作る道を選び、2015年、手元の約23万円($1,500)で開発を始めた。どんなSaaSにも組み込めて、ユーザーの動きを見ながら必要なタイミングで案内できる仕組みを目指した。
同じ年、ダニエレは親しい友人のマッテオを誘った。マッテオはフルタイムで参加し、技術面の中心を担う。3人は自分たちの2つのアプリを実験台に、ツールを磨き続けた。
2016年、開発開始から1年でベータ版を公開。2017年には導入を希望する企業が増え始めた。
広告費ゼロで広がった、ドミノ式の成長
Customerlyは最初から派手なマーケティングをしなかった。広告に投資するより、まず「本当に役に立つ」状態を作ることを優先した。
知り合いの会社に不具合のあるベータ版を使ってもらい、直して、また使ってもらう。その繰り返しだった。
試してくれた中には、20万人以上の顧客を持つSaaS企業もあった。小さなチームにとって、これ以上ない実験環境だった。
改善が進むにつれ、Customerlyは「使えば良さが分かる」ツールになっていった。
ルカとダニエレのサービスのユーザーは、サポートが改善した理由を知りたがった。Customerlyを自社ブランドとして導入していた企業でも同じことが起きた。「それ、何を使ってるの?」と聞かれ、そこから紹介が生まれ、紹介がさらに紹介を呼ぶ。
ドミノのように、静かに広がっていった。
2017年には、規模の大小を問わずサブスクリプションで利用したい企業が増えた。
その後しばらく、Customerlyは3人にとって「3つ目のプロジェクト」だった。転機は2019年。ルカとダニエレがそれぞれのアプリを売却し、Customerlyが主力事業となった。
ルカがCEO、マッテオがCTOとして開発と運営を続け、ダニエレは別事業でCEOを務めながらCustomerlyにはコンサルタントとして関わり続けた。
コロナ禍で解約が増えた。機能追加で流れを変えた
2019年まで成長は順調だった。しかし2020年、コロナ禍の初期に空気が変わった。
毎週のように解約が増え、売上が落ちていった。
3人は状況を嘆くより先に手を動かした。チャット機能を強化し、ビデオ通話によるライブチャットを追加する。
すると解約が改善し、1か月で月次売上が大きく伸びた。外出できない時期だからこそ、顧客と話す新しい手段が求められていたのだ。
この危機は、機能の方向性を明確にするきっかけにもなった。
Customerlyは「普通のチャットボット」ではない
Customerlyは、ただのチャットボットに留まらなかった。
強みの一つは、ユーザーの行動を追えることだ。どこで止まったのか、どの手順が完了していないのかを把握したうえで、必要な案内を届けられる。
もう一つの武器は、フィードバックを集める力だ。
競合サービスも問い合わせを受けて意見を集めることはできる。しかし「こちらから意見を取りに行く」仕組みが弱いことが多い。Customerlyはチャットの中にアンケートを表示し、その場でデータを収集できるようにした。別ツールに移して整理する手間を省いた。
顧客層の幅広さも特徴だ。個人の小さな事業から大企業まで幅広く利用されている。新機能を作るたびにどの層を優先するか悩むが、その分、多様な業界の声が直接入ってくる。それが強みになっている。
拠点を動かす決断
良いサービスを作る環境は整ってきた。それでも「法人をどこに置くか」は、成長のスピードを左右する。
イタリアは大きな国だが、スタートアップにとって最適な環境とは言いにくい。大きな買収を目指す企業が、アイルランドなど起業に適した国へ本社を移す例もある。
2014年、ルカとダニエレはサンフランシスコで短期のミニMBAに参加した。そこでメンターからこう言われた。
「成功して事業を売却したいなら、アメリカかアイルランドのような場所で法人を持て」
2人はアイルランドを選び、2017年にCustomerlyをアイルランド法人として設立した。
ルカによると、拠点がアイルランドだと伝えるだけで取引先の反応が良くなることが多い。大企業が集まる場所という印象があり、信頼につながりやすいのだという。
10億人規模を目指す。資金調達をしない理由
コロナ禍を乗り越えた後も、Customerlyは成長を続けた。2022年には、世界のライブチャット製品の上位として名前が挙がった。
ルカは、これはまだ始まりにすぎないと見ている。
目標は、世界トップクラスのライブチャットの一つになること。そしてSaaSの利用者を10億人規模で支えることだ。すでに毎日1000万人以上がCustomerly経由でサポートを受けており、遠い夢ではない。
一方、創業チームはベンチャーキャピタルからの出資提案を断り続けてきた。最初の約23万円($1,500)で始めた姿勢を崩したくないからだ。
競合は広告に大金を投じられる。しかしCustomerlyは、投資家より顧客を優先したい。自由に作り、素早くリリースし、現場の声で改善する。そのスピードを守り続けたいと考えている。
続けることが、いちばん難しい
ルカはSNSで他の創業者を見て、よく思うことがある。始めてすぐにやめてしまう人が多い。
成果が出ない1か月で判断しない。時間をかけて積み上げる。見えない準備や地道な作業がほとんどだ。
近道はない。階段を一段ずつ上るしかない。
Customerlyの3人がやってきたのは、まさにそれだった。
イタリアで勝つだけでは足りない。世界で勝つために、地道な改善を続ける。その選択が、プロダクトを大きくした。
