何時間も勉強したのに、試験が終わるころには頭が真っ白になる。そんな経験に心当たりはないだろうか。
アレックも同じ壁にぶつかり続けた。だからこそ彼は、「忘れるのが当たり前なら、忘れない仕組みを作れないか」と発想を切り替える。
高い給料の仕事を辞め、生活費の安い場所で短期集中の開発に専念した結果、待っていたのは壊れまくる現場と、そこで磨かれていく手応えだった。
勉強したのに、試験が終わるころには消えていた
大学で何時間も勉強したはずなのに、学期末になると頭の中が空っぽになる。アレックはそれを何度もくり返した。
先生のせいにするのは簡単だ。でもアレックは違う方向を見た。「忘れるのが当たり前なら、忘れない仕組みを作れないか」
脳のはたらきや学習に関する研究を調べ、心理学とコンピューターの知識も組み合わせて考えた。そして、先生が「復習」を授業に自然に組み込めるツールを作り始めた。名前はOpenClass。
OpenClassの仕組みはシンプルだ。新しい内容だけを進めるのではなく、前にやった単元を課題や小テストの中に混ぜて出す。暗記で終わらせず、思い出して使える状態に戻す。
さらに、前のテストで苦手だった分野に合わせて復習問題を出しやすくする。先生が特別な工夫をしなくても、復習が授業の流れに自然と入り込む仕組みにしたかった。
卒業前から名前を押さえたのに、すぐ起業しなかった
アレックは2017年の卒業前から、OpenClassを作る気持ちが強かった。名前の準備まで先に進めていた。
それでも、いきなり事業にはしなかった。まずアメリカ西海岸のIT企業が集まる地域で働き、貯金を積んだ。生活を支える土台がないと挑戦は長く続かない、と分かっていたからだ。
18か月ほど働くうちに、気持ちははっきりしていった。技術を、教育のために使いたい。その思いが消えなかった。
高い給料と引き換えに、毎日がすり減っていった
給料は高く、人間関係も悪くない。
でも通勤は長く、毎日くたくたになった。作ること自体は好きでも、「これが自分のやりたいことか」と問われると答えられなかった。
週末、アレックはカフェにノートを持ち込み、教育で役立つサービスのアイデアを書き続けた。心理学とコンピューターを学んできた自分なら、学び方を変えるツールが作れる。そう信じていた。
そして、副業で少しずつ作る道は選ばなかった。仕事を辞め、バリ島へ移った。
バリ島で、短期決戦の開発に専念した
バリ島は生活費が安く、ネットも速い。部屋でも海辺でも作業できる。
アレックは貯金を切り詰め、短期間で形にすると決めた。時差が大きいのも都合がよかった。アメリカの友人や家族からの連絡が入りにくく、集中できたためだ。
3か月で試作品を作り、大学時代の先生に試してもらうためアリゾナへ戻った。
コロナの春、壊れまくる現場で鍛えられた
大学時代に受けた、言語研究とコンピューターを組み合わせた授業。そのつながりをたどってアレックは担当の先生に連絡した。
先生が紹介したのがガス・ハーン=パウエル。元助手で、当時は教える立場になっていた。ガスは2020年春の学期でOpenClassを試すことに同意した。
学期のはじめ、アレックは何度もガスの研究室に通った。問題が起きたらその場で直すためだ。
課題が最後まで送れない、点数が反映されない、途中で止まる。トラブルは絶えなかった。後から振り返っても、この時期はその後の数年よりずっと壊れる回数が多かったという。
それでも、この時期は重要だった。先生が困る瞬間を目の前で見られたからだ。どこを直すべきか、机上の想像ではなく現場の事実として理解できた。
授業がオンラインに変わった日、ツールの価値がはっきりした
学期の途中で授業はオンライン中心に切り替わった。
多くの先生が対応に苦労する中、ガスはOpenClassで前半と同じように復習課題を作り続けられた。OpenClassは「あると便利」から「ないと困る」存在に変わった。
この経験で一つのことが見えた。教室でも、教室とオンラインの組み合わせでも、オンラインだけでも役に立つ。
口コミで広がる一方、無視されることも多かった。それでも手を止めなかった
使ってみたい先生は増えていった。授業を受けていた学生の中には、別の授業で教える手伝いをしている人もいて、自分の教室でも使いたいと言い出した。ガスも同僚に良さを伝えた。
アレックも、面識のない先生にメールを送り続けた。
2020年秋には合計10の授業で使われた。アリゾナ大学だけでなく、別の大学でも試された。広がりの速さに驚きながら、アレックはフィードバックを集め、改善を続けた。
ただ、現実は甘くない。大学は「まず無料で試して、それから契約」が多く、すぐ売上につながりにくい。
決断が早い相手を探し、まず売上を作った
大学が組織として契約する場合、決まるまでに時間がかかりがちだ。そこでアレックは、プログラミング講座やデータの学び直し講座など、比較的小さな教育機関にも目を向けた。
こうした場では、責任者が自分で予算を決められることがある。話が早い。
2020年秋、アレックは講座の責任者にメールを送り、オンラインで短い説明をして契約につなげた。料金は、授業に登録した生徒の人数に応じて決まる仕組みにした。
収入が入るようになると、別の教育プログラムにも広げていった。並行して大学側の契約も少しずつ進み、使える先生が増えていった。
伝え方は磨けても、最初の一通は報われないことが多い
説明はだんだん上手くなった。先生が小テストや復習課題を作り、生徒が忘れかけた内容を思い出せる。前のテストで点が低かった分野があれば、その分野の復習を授業に入れて次はできるようにする。言葉にすると強い。
それでも、最初の連絡で返事をもらうのは難しかった。返事が来ないのは普通だと割り切り、同じ学校の中でも複数の人に連絡する、定期的にもう一度送るといったやり方を整えた。
中には「教育の未来に合わない」と否定する人もいた。そういう声に傷つきすぎない強さも必要だった。
それでもアレックは作り続けた。教育を良くしたいという目的を、他人の言葉で止めたくなかった。その情熱がなければ、途中でやめていたかもしれない。
会社を売るためじゃない。教室の中で長く使われるためだ
OpenClassはアメリカの複数の学校だけでなく、ブラジル、インドネシア、南アフリカなどでも使われ始めた。できるだけ多くの先生と生徒を助けるため、世界での普及を目指している。
利用も大きく伸びた。試験運用が始まってから2年ほどで、OpenClass上に登録された課題は10万件に達した。2022年12月には25万件まで増えた。
売上も伸び、さらに増やす目標を立てている。新しい機能を加え、学び直し講座などへの営業も続ける。
ただし、会社を大きくして手放すことが目的ではない。教育に意味を感じていて、できる限り長くOpenClassを続けたい。毎日この課題に取り組めること自体が、いちばんのやりがいになっている。
この記事の要点
- 復習がない学びは、思った以上に早く抜け落ちる
- OpenClassは、復習中心の課題や小テストを先生が作りやすくするツール
- 高い給料の仕事を辞め、生活費の安い場所で短期集中の試作に振り切った
- 試験運用で壊れまくった経験が、使いやすさを一気に高めた
- 大学だけに頼らず、決定が早い教育機関でも売上を作った
- 否定や無視があっても、教育を良くしたいという情熱が続ける力になった
