外出が減り、家の中で過ごす時間が増えたコロナ禍。気分が晴れない日々のなかで、「何かを作ってみよう」と動き出した人も多かった。
カナダに住むロエー・ダンケルマンもその一人だった。両親の家の地下室で木の板を削りながら、半分ふざけたようなアイデアと、うまくいくか分からない不安のあいだで揺れていた。
けれど、その一枚の板はやがてネット直販のブランドになり、発売から1年もしないうちに1000枚以上が売れる。いったい何が起きたのか。
木の板1枚から、事業が始まった
コロナ禍で外出が減り、家で新しいことを始める人が増えた。パン作り、筋トレ、ダンス。世の中がそんな空気だったころ、ロエーも両親の家の地下室で何かを作り始めていた。
作っていたのは、シャルキュトリーボード。チーズやハムをのせる、盛り付け用の木の板だ。
ある日、食料品店でよくある木のボードを見た瞬間、ロエーの頭に妙な考えが浮かんだ。
「これ、男性器の形だったらもっと笑えるんじゃないか」
ふざけた思いつきに見える。でもロエーは、その場で終わらせなかった。そこから「Cockuterie Boards」というネット直販ブランドが生まれた。
発売から1年もしないうちに、ボードは1000枚以上売れた。自然に売れた手応えを感じたロエーは、売り方を整えればもっと伸びると確信し、翌年には規模を3倍にできるかもしれないと考えるようになった。
身近な起業家たちが、火をつけた
ロエーはもともと、いきなり起業したわけではない。2017年、カナダのオンタリオ州ロンドンの大学に通っていたとき、営業コンテストへの参加を勧められた。
新しい機会があればとりあえず乗ってみる性格で参加した結果、4000人以上の中で上位5位に入った。
それから2020年まで、コンテストを通して「売る力」を磨き続けた。スポンサー企業の商品やサービスを買い手に提案する経験を積み、ShopifyやClearCo(旧ClearBanc)と関わる機会もあった。Indeedなどで営業インターンも経験した。
その中で最も大きな学びは、売ることは「押しつけ」ではないという点だった。
商品が良いだけでは足りない。買い手が「ちゃんと面倒を見てもらえている」と感じること、担当者を信頼できること、関係が長く続くこと。そこが大事だと、ロエーは腹落ちしていった。
2020年8月からはClearCoで働き、ネット通販やD2Cの起業家と毎日のように話す立場になった。起業家たちの考え方や進め方を、仕事として間近で聞く日々が続くうち、気持ちが固まっていく。
「自分もやりたい」
ただし、事業には売れる商品が必要だった。
TikTokに賭ける。だが、工場に75回断られる
アイデアは出た。次の問題は、どうやって利益を出すかだった。
ロエーはこう考えた。この商品は、店頭に静かに並べるより、SNSで見せたほうが強い。コロナ禍でTikTokを見る人が増え、少し刺激があって笑えるものが広まりやすい空気もある。うまく見せれば当たる。
仕事以外の時間を使い、形を詰めていった。家にある鍋やフライパンを物差し代わりにしてサイズ感を確かめ、デザインを何度も修正した。
そして工場やメーカーに連絡を始めた。最初は50枚だけ作ってもらうつもりだった。
だが、現実は厳しかった。75社に断られた。
理由は単純だ。ふざけたアイデアに見えて、真剣に相手にされなかった。
それでもロエーは止まらなかった。やっと地元のメーカーが設計を形にし、試作品を作ってくれた。さらに、別の取引先にも渡せるデータまで用意してくれた。
最終的に、オンタリオ州キングストンのメーカーが50枚の製造を引き受けた。
ここでようやく、宣伝に集中できる状態になった。
笑いを隠さず、正面から勝負する
ロエーは「きわどさ」を薄めなかった。むしろ、そこを中心に据えた。ブランドは笑いを前面に出す方針だ。
似た商品が他にもあることは調べて分かっていた。ただ、多くは言葉遊びや冗談を中途半端にとどめていた。なら、もっと振り切って面白く見せれば勝てる。ロエーはそう判断した。
売るだけで終わらせない仕組みも作る
ボードにはロゴを刻印し、サイズも複数用意した。
さらに、精巣がんの啓発を行う非営利団体と協力し、売上の一部を寄付する取り組みも始めた。団体側も計画に賛同し、ロゴや名称の使用を後押しした。
ただ笑えるだけでなく、買う理由がもう一つ増える。ロエーはそこまで設計していた。
1本の動画が、在庫を一気に消した
2021年9月、発売直前の1週間。初期のTikTok動画の1本が約25万回再生され、2万2000件の「いいね」を集めた。
そこから拡散が続き、最初の50枚は月末までに完売した。
生産は月100枚、さらに200枚へと増えていった。12月には月の売上が5桁に達し、別の2本の動画は400万回以上再生された。
年末直前、ロエーは決めた。
この事業を本業にする。
全部ひとり。売れた分だけ、手が動く
運営はほぼ一人で回していた。
在庫管理、刻印、梱包、配送の手配。さらに、トレンド調査、企画、撮影、編集、投稿。フォロワー約4万人とのやりとりもこなし、購入者への手書きメモも欠かさなかった。
メーカーを切り替えるまでの間、最初の700枚は自分の手でやすりがけしてオイルを塗り、発送していた。
売れるほど仕事が増える。嬉しいはずなのに、体はきつい。そんな時期が続いた。
SNSだけでは、いつか止まる
狙う客層は最初からはっきりしていた。独身最後のパーティー、誕生日会、ちょっと変わったイベント。話題になりやすい場面で使われる商品だ。
1年目は主にTikTokでその層に届けた。流行の音源やネタに商品を組み合わせ、舞台裏や梱包の様子も公開した。コメントのリクエストに応えて動画を作ることもあった。
有名人やインフルエンサーとの協力も効果的だった。名前入りのボードを持つ人が増え、話題が広がった。
中でも大きかったのは、シャルキュトリー動画を作るインフルエンサーに商品を送ったときだ。その動画は約2500万回再生され、350万件以上の「いいね」を集めた。その月の売上は、それまでの累計売上に迫るほど伸びた。
ただ、ロエーはある限界に気づいた。
この勢いを保つには、ずっとトレンドを追い続けなければならない。しかも商品の内容がきわどいため、広告を出そうとしてもSNS側に弾かれることがある。
SNSだけに頼るのは危ない。
D2CからB2Bへ。店に置かれる商品を目指す
これまで売った1000枚のほとんどは、自社サイトでの直販だった。ここから先は小売店への卸など企業向けの取引を増やし、売上を安定させたい。ロエーはそう考えた。
実際、アメリカのコロラド州にある2つの実店舗で販売が始まった。片方の店は初回分が売り切れ、追加注文も入った。
こうした動きが、個性的な専門店へと広がる可能性も見えてきた。
新商品として、胸の形をモチーフにした別ラインも構想した。乳がん関連団体との連携も視野に入れている。
さらに、独身パーティーなどの企画会社との提携も狙った。手続きが長く競争もあるが、性に関するイベントへの出店やプライド関連フェスティバルでの販売など、直接売れる場にも参加してきた。
ニッチだからこそ、勝てる場所がある
この商品は誰にでも必要なものではない。かなりニッチだ。
でもロエーは、ニッチだからこそ合う場所があると考えた。合う場所があれば提携先も見つかる。直販を続けながら企業向けの仕組みを増やしていけば、売上の波を小さくできる。
これまでの1年は、売れたら発送し、また売れたら発送する繰り返しだった。日によっても月によっても差が大きい。
次の目標は、バズり動画が当たるかどうかに頼り切らないこと。顧客や取引先との関係を深め、安定して伸ばせる形を作ること。
地下室で削っていた木の板は、今では「事業の土台」を削り出す道具になっている。
