「全員が同じメニュー」。最終学年のトレーニングで感じたその違和感が、2人の頭から離れなかった。
体格も経験も役割も違うのに、管理の都合で一律に揃えられてしまう現場。変えたい気持ちはあっても、コーチの仕事は忙しく、新しいやり方はなかなか浸透しない。
それでも少しずつ積み上げた結果、コーチの仕事を支えるアプリは売上年約6億円規模(年400万ドル規模)に成長。利用組織も3,000以上に広がった。
元大学アメフト選手2人が作った、コーチのためのトレーニング管理アプリ
2022年6月、アメリカの工科大学が「複合現実」のヘッドセットを公開した。選手の動きにデータを重ねて表示する装置で、スポーツ指導の未来が一気に注目を集めた。
ただ、現場の指導テクノロジーは突然生まれたわけではない。もっと以前から、地道に積み上げられてきた流れがある。その代表例が、2010年に誕生したコーチ向けアプリTeamBuildrだ。
開発したのは、大学でアメリカンフットボールをプレーしていたヒューイット・トムリンとジェームズ・ピーターズ。現在は売上年約6億円規模(年400万ドル規模)、社員23人、利用組織3,000以上にまで成長した。ユーザーはフットボールのコーチにとどまらず、空軍の部隊、ニュージーランドの軍組織、自治体の警察まで幅広い。
TeamBuildrの狙いははっきりしている。コーチに取って代わるのではなく、コーチの仕事をやりやすくする「道具」になることだ。
全員が同じメニューという違和感
2人は2008年から2012年まで、ジョンズ・ホプキンス大学で学生アスリートとして過ごした。入学直後、コーチの判断でルームメイトになったことをきっかけに、競技の内外で距離が縮まっていく。ヒューイットはクォーターバック、ジェームズはレシーバーだった。
当時から2人の頭には「いつか一緒にビジネスをやる」という思いがあった。役割も自然と決まっていた。ジェームズが作る側、ヒューイットが売る側だ。
最終学年のころ、2人はある違和感にぶつかった。筋トレのメニューが、ほぼ全員同じだったことだ。
体の大きさも、経験も、チームでの役割も違う。ケガの有無も異なる。それなのに同じメニューを渡されて、同じように進める。専門性の高いスポーツほど、この矛盾は際立って見えた。
原因は単純だった。現場の管理が古い仕組みのままだったからだ。多くのコーチは表計算ソフトで手作業管理していた。別の古いトレーニング用プログラムも、できることは「最大挙上重量から重さを計算する」程度。結局、回数も強度も種目も似たり寄ったりになってしまう。
ならば、昔ながらの「表」をアップデートしよう。選手ごとにメニューを調整できる仕組みを作ろう。そう決めた。
コンピュータサイエンスの知識を持つジェームズが開発を進め、ヒューイットは大学の運動部関係者に電話をかけて売り込みを始めた。
最初の顧客が現れるまでの長い時間
試作品ができても、すぐには売れなかった。卒業後も生活がある。別の会社でフルタイムの仕事を続けながら、夜と週末に開発と営業を積み重ねた。
「いつまでに成功する」という期限は設けなかった。焦らない方針だった。
当時、指導現場は新しい技術に慎重だった。無料で試してほしいと頼んでも断られることが多く、しかも既存商品との競争だけが相手ではない。「新しいやり方」そのものを受け入れてもらう必要があった。広がりにくいのは当然だった。
それでも時代は少しずつ動いていた。クラウド型サービスがさまざまな業界に広がり始め、スポーツ界にも「新しい道具を使う」空気が浸透していく。
転機は2013年。ヒューイットがある大学のストレングスコーチに電話をかけると、その場で年間約7万円(年間500ドル)の契約が決まった。
初めて「お金を払って使う人」が現れた瞬間だった。ここから流れが変わる。
そこからは地道だが着実だった。電話で新規開拓し、コーチ同士の紹介で輪が広がった。2013年末に10組、2014年に数十組、2015年には数百組へ。収入が安定したところで、まずヒューイットが本業を辞めて専念し、続いてジェームズも合流した。2021年には有料顧客が3,000組に達した。
コーチ向けのB2Bサービスという立ち位置
TeamBuildrが目指したのは、「チーム全体の方針」を立てながら、「選手ごとの調整」を手軽にできる仕組みだ。種目の入れ替え、回数の変更、強度の調整といった作業をスムーズに回せるようにする。
選手には得意不得意がある。回復の速さも、過去のケガも人それぞれだ。最終的な判断はコーチが下す。アプリはその判断を支える中心ツールとして機能する。そういう設計思想だ。
TeamBuildrは選手に直接売るサービスではない。ターゲットはプロのストレングスコーチだ。良いプログラムはコーチが選手に合わせて作るものという前提に立ち、アプリが指導を代替するのではなく、指導の流れを整える役割を担う。
機能もその方向で拡充されてきた。「伝える」「記録する」「整理する」を助ける機能が中心だ。スマホ上でフォーム説明の動画を選んで見せられる。走るタイムなどのデータも追跡できる。選手は結果や感想を送信でき、チーム内で共有しやすい投稿フィード的な仕組みも備わっている。
料金は4つのプラン。月払いと年払いがあり、価格は主に選手数に応じて決まる。
競技ではなく「コーチの仕事」を見た
スポーツの現場は年々複雑になっている。大学では以前より多くのストレングスコーチを雇うようになり、若い世代ほど技術導入にも積極的だ。
TeamBuildrは売上の大きな部分を新機能の開発に充てている。資金繰りに余裕が生まれたことで、成長への投資もしやすくなった。
次に強化したい機能の一つが、ウェアラブル機器との連携だ。スマートウォッチなどのデータを活用できれば、選手の状態をよりリアルタイムに把握し、メニュー作りに反映できる。
同じ分野には、投資家の資金で一気に拡大する競合もいる。それでもTeamBuildrは、現場の仕事を深く理解した上で作り続けてきたことが強みだと考えている。
特に大きいのは、「特定の競技に絞りすぎない」方針だ。高校・大学・プロチームだけでなく、軍や地域のトレーナーにも使われている。競技ではなく「コーチという仕事」に向けて作ったからこそ、対象が広がり、価格も現実的に設定できた。
リスクと生活を両立させた創業
創業初期にフルタイムの仕事を続けながら開発したのは、結果的に良い判断だった。短い期限で成果を求めていたら、市場に合う形を見つける前に諦めていたかもしれない。
一方で反省もある。節約しすぎると成長スピードが落ちる。初期は競合が少なかった分、もっと早く人を採用するなど、積極的な投資もできたはずだ。今は競争が激しく、新規顧客を獲得するには他社からの乗り換えを促す場面も増えている。
ヒューイットは競技を離れた今も、週4回のトレーニングを続けている。体づくりの業界にいる以上、見た目も信頼につながると考えているからだ。
