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無名の20代2人組が「Twitterで1日100通DM」で25億円。Roblox広告を回す収益化の全手口

7 min read2026年4月12日
無名の20代2人組が「Twitterで1日100通DM」で25億円。Roblox広告を回す収益化の全手口

ビジネス概要

事業タイプ

Other

フェーズ

売却後

規模感

約25億円($17.5 million)で買収

概要

Robloxのゲーム制作者がゲーム内に3D広告看板を設置して広告収益を得られるようにする広告ツール。

ターゲット

Roblox上で広告出稿先を探す企業のマーケティング担当者

主な打ち手

自前営業をやめて成果報酬の再販パートナーに広告販売を委ね、短期間で20人以上の営業担当が動く体制を作った。

30秒で分かる

1大学友人2人が広告ツールを作り、約25億円で売却。

20代の2人がRoblox向けに開発

3D広告看板ツール「Bloxbiz」

Super Leagueに約25億円($17.5 million)で買収

2狙いは「人は多いのに外部が稼げない」場所。

Robloxはお金の流れを強く管理する。

利用者が多くても儲けにくかった。

3まず試作品を作り、開発者の困りごとを掘った。

ハイキング中に最小の試作品を作った。

Twitterで1日に100件送る日もあった。

開発者の話を聞き続けた。

4商品は「ゲーム内に置ける3D広告看板」だった。

看板の表示時間なども計測できた。

開発者側には受け入れられやすかった。

当時は競合もほとんどいなかった。

5詰まったのは「広告主を集める」ところだった。

LinkedInで200人規模に聞き込みした。

でも契約は増えず、半年ほど断られ続けた。

そこで自分たちの営業をやめた。

6本質は「作る→聞く→任せる」の順番。

開発者には地道に聞いて形にした。

広告主営業は再販パートナーに委ねた。

短期間で20人以上の営業体制になった。

データで判断し、早めに外へ出した。


ストーリーの流れ

Problem

Robloxはゲーム内の資金の流れを厳しく管理しており、外部事業者が参入して稼ぐのが難しかった。

  • 利用者が多くても外部ビジネスが儲かるとは限らない構造だった。
  • 開発者は多いのに収益が小さく、別の収入源が必要な状況だった。
Insight

世界が増殖するRobloxには、次に必要なものとして収益化の仕組み、とくに広告の余地があると見立てた。

  • メタバースを初期インターネットになぞらえ、世界が増えた後にマネタイズが必要だと考えた。
  • Robloxはプレイヤーがゲーム内で別のゲームを作れる構造を最初から持っていた。
Action

2021年に2人は仕事を辞め、Roblox内で広告を出すツールの最小限の試作品を作った。

2021年起業への転機
  • 数日間のハイキング旅行の途中でノートPCを開き、必要最低限の試作品を一気に作り上げた。
  • こうしてBloxbizが生まれ、Robloxを土台にした初期の広告技術プロダクトとされた。
Action

Roblox開発者の課題を掴むため、Twitterで継続的にヒアリングを行った。

  • 開発者だと名乗っている人を探してメッセージを送り、返信が来たら会話して困りごとを聞いた。
  • Robloxの文化や仕組みを学び、Luaという言語も触りながら理解していった。
  • この地道なヒアリングが後で大きく効いてくることになる。
Action

最初の製品として、ゲーム内に置ける3D広告看板と計測機能を提供した。

  • 看板が画面のどれくらいの面積を占めたかや表示時間などのデータを取れる仕組みも作った。
  • 開発者側の導入は比較的スムーズで、当時は競合もほとんどいなかった。
  • コミュニティも新しい流れとして好意的に反応した。
Problem

Robloxでは一般的な自動配信の接続が難しく、広告主を集める仕組みをゼロから作る必要があった。

  • 2人はRoblox内で長く活動してきたわけでもなく、大企業に広告枠を売った経験もなかった。
  • 広告主獲得が次のボトルネックになった。
Action

LinkedInでマーケターに聞き込みを行い、業界理解を深めた。

  • つながっているマーケターに片っ端から連絡し、リストを作って質問した。
  • 業界の言葉や考え方は学べたが、契約は増えなかった。
  • 商談は社内検討などで長期化し、半年ほど断られ続けた。
Action

自分たちでの営業をやめ、成果報酬の再販パートナーに販売を委ねた。

  • パートナーの1つがSuper Leagueだった。
  • 別の会社は英国での販売を進め、海外展開のきっかけも生まれた。
Growth

営業パートナー獲得で販売体制が一気に厚くなり、売上が立ち始めた。

20人以上営業体制の拡大
  • 短期間で20人以上の営業担当が動く体制になった。
  • 金額は公開されていないが、買収されるだけの規模に育った。
Monetize

Super Leagueが約25億円($17.5 million)でBloxbizを買収する提案を出し、売却を決断した。

約25億円($17.5 million)買収金額
  • 早い段階から買収の話はあったが、安く買いたたかれる不安からすぐには売らなかった。
  • 2021年にRobloxが上場しメタバースが注目される中で、資金調達か売却かの判断を迫られた。
  • 広告技術への投資熱が高くなく資金調達が簡単ではない一方、Super Leagueは価値と方向性を理解していた。
Team

買収後は2人が組織内の要職に就き、Bloxbizを中心製品として推進した。

  • サムはメタバース製品担当の副社長、ベンはメタバース製品の技術担当副社長に就任した。
  • 大きな組織のリソースを得て製品開発に集中しやすくなり、大手企業とも仕事を進める立場になった。
Scale

最小限の試作と外部からの反応収集を繰り返し、運用が回らなくなってから自動化に投資する方針を貫いた。

  • 需要があるか分からない段階では手作業も厭わず、初期には広告を手動で登録してでも需要検証を優先した。
  • 早い段階で外に出し、反応を集め、経験者の助言を取り入れて失敗確率を下げた。

Robloxの中で広告を回す。言葉にすれば簡単だが、外部の事業者が参入して稼ぐのは実はかなり難しい。

そんな場所で、大学時代からの友人2人が作ったのが「ゲーム内に置ける3D広告看板」というシンプルなツールだった。地道なヒアリングと試行錯誤の末、そのプロダクトは約25億円($17.5 million)での買収につながっていく。

なぜ彼らは、Robloxの強い管理構造の中でも成立する収益化の仕組みを作れたのか。そして、まだ伸びしろがある段階で「売る」判断ができたのはなぜか。

20代の2人がRoblox初の広告ツールを作り、約25億円($17.5 million)で売った話

Robloxは、上場した2021年まで「知る人ぞ知る」存在だった。見た目がMinecraftに似ているせいで後発と思われがちだが、実はRobloxのほうがずっと早く始まっている。

プレイヤーが大勢集まり、ゲームの中にいくつもの小さな世界が生まれる。そんなプラットフォームだけに、パンデミック期にはFortniteを上回る人気を見せることもあった。

ただ、外から参入して稼ぐのは簡単ではない。Robloxはゲーム内のお金の流れを厳しく管理しており、「利用者が多い=外部ビジネスが儲かる」とはならなかった。

そこに目をつけたのが、大学時代からの友人であるベン・カクシュールとサム・ドロズドフだ。2人は20代。仮想世界、いわゆるメタバースの中でお金がきちんと回る仕組みを作れないかと考え始めた。

森の中の散歩が、事業のスイッチを入れた

2人の出会いは、大学の起業支援プログラムだった。ベンが教育系スタートアップの案を持ち込み、当時そのプログラムを運営していたのがサム。そこから一気に距離が縮まり、卒業後も連絡を取り合う仲になった。

卒業後、ベンはニューヨークでプロダクトセキュリティの仕事に就き、サムはサンフランシスコでFacebookのプロダクトデザイナーになった。住む場所は離れても、話題はいつも「仮想世界で何ができるか」だった。

サムはメタバースを、初期のインターネットに重ねて見ていた。最初はみんながサイトを作り、そのあとで「どうやって儲けるか」を考えた。仮想世界も同じで、世界が増えた次に必要なのは収益化の仕組みだ、と。

FortniteやMinecraftが盛り上がる中、2人が特に注目したのがRobloxだった。Robloxはプレイヤーがゲームの中でさらに別のゲームを作れる、世界が増殖する構造を最初から持っていた。

しかし、作り手の収益は小さかった。開発者は多いのに、全体で得られるお金は限られており、1人あたりにすると驚くほど少ない年もあった。ならば別の収入源が必要だ。利用者が多い場所なら広告の余地がある。2人はそう考えた。

そして2021年、コロナの影響が強まる時期に、2人はそれぞれ仕事を辞めた。賭けに出たのだ。

決定的な前進が起きたのは、数日間のハイキング旅行の途中だった。休憩日にノートPCを開き、必要最低限の試作品を一気に作り上げた。Robloxの中に広告を出すためのツール。その核がここで形になった。

こうして生まれたのがBloxbiz。Robloxを土台にした、初期の広告技術プロダクトとされる。

まずは開発者に聞け。Twitterで100通ずつ送った

2人は、いきなり大企業に売り込みに行かなかった。最初にやったのは「Robloxの開発者が何に困っているか」を知ることだった。

手段はTwitter。開発者だと名乗っている人を探し、1日に100件ほどメッセージを送る日もあった。返信が来たら会話し、困りごとを聞き、Robloxの文化や仕組みを学んでいった。Luaという言語も、触りながら理解していった。

この地道なヒアリングが、後で大きく効いてくる。

最初の製品は「3D広告看板」だった

Bloxbizの中心機能はシンプルだった。ゲーム制作者が自分のゲーム内に置ける、3Dの広告看板だ。

広告は「出した」だけでは意味がない。どれくらい見られたかが重要になる。そこで2人は、看板が画面のどれくらいの面積を占めたか、どれくらいの時間表示されたかといったデータを取れる仕組みも作った。

開発者に使ってもらうのは比較的スムーズだった。収益が増えるかもしれないし、当時は競合もほとんどいなかった。コミュニティも「新しい流れが始まるかもしれない」と好意的に反応した。

問題は、その次だった。

本当に難しいのは「広告主を連れてくること」

広告の世界では、他の広告システムとつないで自動配信するのが一般的だ。しかしRobloxでは、それが簡単にできなかった。つまり、広告主を集める仕組みをゼロから作らなければならない。

ここで2人は壁にぶつかる。Robloxの中で長く活動してきたわけでもなく、大企業に広告枠を売った経験もない。

そこで試みたのが、LinkedInでの聞き込みだった。つながっているマーケターに片っ端から連絡し、200人規模のリストを作って質問した。

  • Roblox広告をどう見ているか
  • 買う可能性はあるか
  • 次は誰に話すべきか

この作業で業界の言葉や考え方は学べた。しかし、契約は増えなかった。

商談は時間がかかる。初回の打ち合わせ、提案、社内検討、追加の会議。1社が動くまで数か月かかることもある。経験が浅い2人は流れを作れず、半年ほど断られ続けた。

「面白いね」と言われても、最終的な契約に至らない。実績がないから投資対効果を強くアピールできない。大手企業の正式な提案プロセス(RFP)も、途中で調べながら対応する状態だった。

ここで2人は、方針を変える。

営業を自分でやめたら、売上が動き出した

2人は営業を外部に委ねた。成果報酬で広告を売ってくれる再販パートナーを活用する形だ。

そのパートナーの1つがSuper Leagueだった。別の会社は英国での販売を進め、海外展開のきっかけも生まれた。

営業パートナーを得た途端、状況は一気に変わった。短期間で20人以上の営業担当が動く体制になり、売上が立ち始めた。金額は公開されていないが、買収されるだけの規模に育った。

「売るべきタイミング」を見極めた

実はBloxbizには、かなり早い段階から買収の話が来ていた。しかし2人はすぐには売らなかった。安く買いたたかれる不安があったからだ。競合になりそうな会社にも声をかけ、状況を見た上でその時は見送った。

2021年、Robloxが上場しメタバースが急に注目を集め始めると、2人は焦りも感じていた。この波に乗れなければ置いていかれる。資金調達か、売却か。

ただ当時、広告技術への投資熱はそれほど高くなく、資金調達は簡単ではなかった。

一方、営業パートナーだったSuper LeagueはBloxbizの価値をよく理解していた。ゲーム分野で活動し、仮想世界のイベントも手がけており、方向性が合っていた。

こうしてSuper Leagueは、約25億円($17.5 million)でBloxbizを買収する提案を出した。

買収後、2人は「中の人」として動き始めた

買収後、サムはメタバース製品担当の副社長、ベンはメタバース製品の技術担当副社長に就任した。中心となる製品は、買収されたBloxbizだ。

大きな組織に入ったことで、エンジニアなどのリソースが手に入り、2人は製品開発に集中しやすくなった。ゲームやエンタメの大手企業とも仕事を進める立場になっている。

2人が残した学び

サムが強調したのは、重要なことに集中しながらも人脈づくりを軽く見ないことだ。開発者へのヒアリングも、マーケターへの連絡も、一見地味な作業に見える。しかしそれが、検証と販売の両面で確実に効いた。

ベンが重視したのは、思い込みではなくデータで判断することだった。

  • まず最小限の試作品を作る
  • 開発者に見せて反応を確かめる
  • 運用が回らなくなってから自動化に投資する

需要があるか分からない段階では、手作業も厭わなかった。たとえば初期には、広告を手動で登録してでも先に需要を確かめることを優先した。

早い段階で外に出し、反応を集め、経験者の助言を取り入れる。そうやって失敗の確率を下げていった。プロダクト開発において、この動き方が結果を大きく左右することがある。