クラウドに移行すれば、サーバー管理の苦労から解放される。そう信じて動いた企業は多い。しかし現場では、次の不安が静かに積み重なっていった。
「このクラウドは高いから、別のクラウドに移りたい」。そう思っても、データの移行コストが高すぎて身動きが取れない。数GBの転送が、いつの間にか「大金」になってしまう。
その痛みのど真ん中に、Cloudflyerは切り込んだ。1GBあたり約9セントがかかることもある世界で、コスト構造を組み替え、移行を現実的な選択肢に変えようとしている。
クラウドの世界では、数GBの移動が「大金」になる
クラウドが普及する以前、企業のデータは社内サーバーで管理されていた。オフィスのどこかにラックが並び、壊れれば止まり、修理にも更新にも費用がかかる。水害や火災といった事故が起きれば、バックアップがなければ一発で終わりだ。
そこにクラウドが登場した。自社でサーバーを抱えなくても、外部の大規模データセンターを必要な分だけ借りて使える。容量の増減も素早く、障害にも強い。多くの企業が一気にクラウドへと移行した。
しかし、次の問題が浮上した。
クラウドから別のクラウドへ移れない。正確には移れるのだが、コストが高すぎる。データの「引っ越し代」が、笑えない金額になるのだ。
この痛みに目をつけて成長したのが、Cloudflyerだった。
パトリックは、メディア企業の現場で「データの重さ」を知った
創業者のパトリック・ケネディは、ロサンゼルスでメディア企業のデータ管理を長年支えてきた。以前はシステム会社で営業責任者を務め、CBSやディズニーといった大手とも仕事をしていた。
その後、独立を決意し、2012年にACESを立ち上げる。顧客の業務フロー、データ保存、インフラを技術面から支援するサービスだ。
当時のメディア企業は、巨大なストレージを社内に購入・設置しており、保守費が本体価格を上回ることも珍しくなかった。それでも、動画や素材といった「重いデータ」を大量に保存し、かつ高速に取り出す必要があったからだ。
クラウドへの大移動が始まり、次の壁が見えた
2014年から2015年にかけて、企業のクラウド活用は一気に加速した。クラウド事業者の管理するサーバーに移行すれば、運用は楽になり、セキュリティも整ってきた。働き方も変わっていった。
ただ、メディア企業の中には移行が遅れているところもあった。大企業ほど動きが鈍く、社内のクラウド知識も不足しがちで、現場は困っていた。
そこでパトリックは2016年、複数のクラウドをまたいでファイルを保存・管理できるSaaSを自費で開発した。名前はAcemblyだ。
同じ年、パトリックはインフラ、ネットワーク、ソフトウェア開発まで幅広い経験を持つマイケル・アサドリアンと出会い、2人は手を組んだ。
Acemblyは動き出し、顧客も増えていった。しかし現場では、同じ声を何度も聞くようになる。
「クラウドへの移行はできた。問題は、別のクラウドに移りたい時だ」
クラウドに移行した企業が増えたからこそ、今度は「クラウドからクラウドへ」の引っ越しが必要になる。2人はそこに大きな波を見た。2020年、Acemblyを閉じ、Cloudflyerに集中する決断を下す。
なぜクラウドの引っ越しは高いのか
クラウド業界は長い間、少数の巨大企業が市場を押さえてきた。規模が大きいほど速く、安全で、障害にも強い。大企業の複雑な業務も支えられる。
その一方で、料金は高くなりやすい。
近年は、同等の機能をより安く提供する新興クラウドも増えてきた。そこで企業はこう考える。
「安いところに移りたい」
ここで立ちはだかるのが「持ち出しコスト」だ。データを外部に転送するだけで費用がかかる。大手クラウドでは1GBあたり約9セント(約13円)かかることがある。
1GBなら小さく見える。しかし企業のデータは桁が違う。何十億GBという規模で保有していることもあり、一部を移動させるだけで合計が数百万ドル(約1億5,000万円)規模になることもある。
引っ越し代が高すぎて、安いクラウドに移る意味が消えてしまう。これが現場の壁だった。
Cloudflyerは「引っ越し代」を下げる仕組みを作った
Cloudflyerのアプローチはシンプルだ。
高いクラウドから安いクラウドへ大量データを移す作業を、わかりやすい操作で進められるようにした。目指すのは、ドラッグ&ドロップの感覚で引っ越しできる世界だ。
ただの便利ツールにとどまらない。収益が生まれる仕組みがある。
Cloudflyerは主要クラウド事業者それぞれにアカウントや仕組みを持ち、複数拠点で運用している。つまり、個々の企業が直接契約するよりも有利な条件でデータを転送できる立場にある。
たとえばCloudflyer側の転送コストが1GBあたり約2セント(約3円)で済むなら、顧客には1GBあたり約5セント(約7円)で提供できる。顧客は一般的な持ち出しコストより安く済み、Cloudflyerはその差額が利益になる。
大企業でも中小企業でも、この構造は機能する。ここが強みだ。
競合が少ない、と考える理由
Cloudflyerは派手な広告をほとんど打っていない。それでも成長の障壁は少ないと見ている。理由は、市場そのものがこれから拡大するからだ。クラウドを使う企業が増えれば、乗り換えの需要も増える。
類似サービスはあるものの、小規模なデータや小さな移行案件が中心になりがちだという。Cloudflyerは自動化とスケールの仕組みで、大量データを効率よく移動させることに特化した。
また、移行元になりやすい巨大クラウド事業者も、今のところ最大の脅威とは見ていない。Cloudflyerは大手同士の移動も支援しており、結果として大手のビジネスにも一部で貢献する面があるからだ。
次の狙いは「引っ越し」だけじゃない
Cloudflyerが目指すのは、どのクラウドからどのクラウドへでも簡単に移行できる、定番サービスになることだ。
さらに一歩進めて、データの利用状況やコストを分析し「どこに置けば安くなるか」を提案する機能も強化していく。引っ越しだけでなく、保存先の最適化まで担う構想だ。
たとえば、ある企業がAWSに500TB、別のクラウドに150TBを保有していて、バックアップや移行を検討しているとする。条件に合う安価な保存先を提示し、必要に応じて自動転送する。そんなサービスを目指している。
保存料金は今後さらに下がる可能性がある。1GBあたり約6セント(約9円)が約4セント(約6円)になり、将来は約2セント(約3円)を争う競争になるかもしれない。そうなれば、企業は「どこが最もコスト効率が高いか」をより真剣に考えるようになる。Cloudflyerはその判断と実行を支える役割を狙っている。
創業者の教訓:「払う人」のために作れ
パトリックが強調するのは、製品は「実際に代金を払う顧客」のために作るべきだということだ。
うまくいくはずだという思い込みだけでアイデアに投資しない。価値が高いポイントを見極め、できるだけ早く売上につなげる。そのうえで、顧客が求める方向に合わせて改善していく。
そして、製品の強さが実証されるまでは、宣伝や営業に大金をかけない方がいい。まず現場で役立つものを作れ、という考え方だ。
クラウドで起きたことは、他の業界でも起きる
クラウド業界で見られる「高い価格」と「一部企業への集中」は、広告、金融、エネルギーなど他の分野でも繰り返されてきた。
大きな企業が市場を押さえ続けると、そこに隙間が生まれる。より良い価値を提供できる小さな企業が入り込む余地だ。
そこに生まれる機会は2つある。より良い価値を作り出すこと。そして、企業がより良い選択肢へ乗り換える手助けをすること。
Cloudflyerは後者に賭けた。クラウドの乗り換えを「現実的な選択」に変える。その一点を突き詰めて、会社は成長を続けている。
