月に約700万円($45,000)の売上を、たった数本の小さなプロダクトで生み出す。そんな話は、遠い世界の成功談に見えるかもしれない。
けれどTony Dinhがやったことは、一発逆転の勝負ではない。作って、出して、反応を見て直し、また作る。その繰り返しだった。退屈だった在宅勤務の時間が、いくつもの収入源を生む起点になる。ただし順風満帆ではない。SNS側のルールが変わっただけで、柱のひとつが揺れる。そこで彼は、あるプロダクトを手放す決断もしている。
在宅勤務の退屈が、彼を「作る側」へ押し出した
Tony Dinhは「一発で大成功する会社」を狙わなかった。小さなプロダクトをいくつも作り、それらを束ねて生活を支える道を選んだ。
ベトナム出身のソフトウェア開発者で、経験は7年ほど。画面の見た目からサーバー側の処理、運用の仕組み、使いやすさの設計まで、ひととおり手がけてきた。これが後に「ひとりでも速く作れる強み」になる。ふだんは会社員として働き、空いた時間にアプリを作っていた。
流れが変わったのは2020年。新型コロナの流行で在宅勤務になり、人と会う機会が減って毎日が単調になった。SNSをぼんやり眺めて時間をつぶす代わりに、個人でプロダクトを作る人たちのコミュニティをのぞいた。
そこには、作った記録、失敗、学びが並び、ときには売上の画面まで貼られていた。「どれくらい稼げたか」が数字で見える。だからこそ、夢物語ではなく「自分にも届くかもしれない話」に見えた。
Dinhはすぐに作り始めた。最初はMac用のログ閲覧アプリ。商売としては伸びなかったが、「自分で作って世に出せる」ことは確認できた。
ここから彼は、同じサイクルを繰り返すようになる。自分の困りごとを見つける。まず自分のために作る。作っている途中も発信する。反応があれば、誰でも使える形に整えて売る。この繰り返しが、やがていくつもの収入源に育っていく。
一度はバズった。しかし売上はすぐに止まった
次に作ったのがDevUtils。開発者が日常的に行う細かい作業を、まとめて片付けられるMacアプリだ。小さな面倒を減らし、手を止める回数を減らす狙いだった。
これも出発点は「自分のため」。まわりの反応がよかったので、課金機能をつけて公開した。開発者が集まる投稿サイトで紹介すると、売れ始めた。
ところが話題が落ち着くと、売上も止まった。
ここでDinhは痛い学びを得る。公開した瞬間に注目されても、それだけでは続かない。プロダクトが良いだけでは足りない。見つけてもらい続ける仕組みが必要だ。
そこでDinhは、広告費を使うより先に「自分から直接届けられる相手」を増やす方向へ動いた。
制作の途中経過を見せ続けて、見てくれる人を増やした
Dinhは制作の進み具合、学び、更新情報をSNSとニュースレターで出し続けた。積み重なると、発信そのものが資産になる。見ている人が使う人になり、使う人が買う人になっていく。
会社を辞めて1年で、フォロワーは200人から47,000人に増えた。その後も伸び続け、97,000人に達している。数字そのものより重要なのは、その増やし方だ。
発信を「ついで」ではなく、仕事の中心に据えた。
ちょっとしたお祝いの仕掛けが、月額課金のサービスに発展した
独立の決め手になったのがBlack Magicだった。きっかけは小さな節目だった。SNSのフォロワーが1,000人に届いたとき、記念として、フォロワー数の進み具合をプロフィール画像に表示する仕掛けを作った。
すると周りが面白がり、「自分もほしい」という声が出た。そこで誰でも使える形に整え、サービスとして公開した。
Black Magicは月額約600円($4)で、SNS上での活動を助ける機能をそろえたサービスだった。
公開から3か月ほどで、毎月約4.5万円($300)の売上になった。この手応えが「これなら作り続けて食べていけるかもしれない」という自信につながった。2021年8月に退職し、個人での活動に集中し始めた。
独立後、Black Magicは伸びた。2022年8月には毎月約150万円($10,000)、同年10月には約200万円($13,000)に到達した。
さらに年間売上が約1,500万円($100,000)に届いたころには、口コミやSNSプロフィール経由で自然に人が来る状態になっていた。新機能の追加は続けつつも、毎日必死に売り込まなくても事業が回るようになっていった。
一本の柱ではなく、複数の柱で立つと決めた
2022年8月の振り返りで、Dinhは独立後1年の成果をまとめている。
- フォロワーが200人から47,000人へ増えた
- あるプロダクトの月売上が0ドルから10,000ドルになった
- ニュースレターを19本書いた
- 利益が出るプロダクトを3つ作った
ポイントは、Black Magicだけに寄りかからなかったことだ。小さくても利益が出るものを複数持ち、まとめて生活を支える形を作っていた。
そして同じ月に、Xnapperも公開する。発信の力とプロダクト作りの経験を、新しい分野で試す一手だった。
スクリーンショットにお金を払う人がいると信じて、Xnapperを作った
XnapperはMac用のスクリーンショットアプリだ。撮った画像をSNSに載せやすい見た目に整える。
スクリーンショットは無料で撮れる。それでも「見栄えよく、素早く整えられる」ことに価値を感じる人はいる。Dinhはその需要に目をつけた。
Xnapperは、ただ撮るだけでなく、投稿向けに仕上げるところまでを短時間で終わらせるツールだった。ショートカットキーでの起動、背景の加工、矢印や文字、ぼかしの書き込み、SNS向けサイズへの調整、さらに画像内の文字の読み取りまで、撮ってから投稿するまでの手間をまとめて引き受ける。
公開直後には約65万円($4,212)を売り上げた。
2024年1月の時点では、Xnapperは毎月約90万円($6,000)の売上になっていた。
Xnapperが大事だったのは、最大の稼ぎ頭になったからではない。「自分の必要から作り、品質を上げ、すでに見てくれる人に届けて伸ばす」というやり方を、もう一度証明したからだ。
ChatGPTの波を見て、5日で出したTyping Mind
Xnapperが日々の小さな面倒を消すツールだとすると、Typing Mindは「新しい波が来たらすぐ形にする」というスピード勝負の一手だった。
DinhはChatGPTの画面が使いにくいと感じていた。ちょうど、ChatGPTを外部のアプリから使えるAPIが公開された直後だった。ここで「もっと使いやすい画面を作れる」と判断する。
公開から5日後の2023年3月6日には最初の版を出した。その後、機能を少しずつ足し、料金も月額約1,400円($9)から月額約6,000円($39)へと上げていった。さらに会社向けに、自社用のChatGPT画面を作れる版も用意した。
2024年1月時点で、Typing Mindは平均で毎月約450万円($30,000)を売り上げ、ここで挙げた中では最大の収益源になっている。
SNSのルールが変わっただけで、事業が揺れる怖さ
複数のプロダクトを持つ戦略は、ある出来事で真価を試されることになる。
Black MagicはSNSの仕組みに強く依存していた。そのSNS側が外部アプリ向けの料金を急に変え、Black Magicの継続が危うくなった。
Dinhは大きな決断をする。Black Magicを約1,900万円($128,000)で売却したのだ。
生活を変えた大切なプロダクトだった。それでも、他社のルール次第で成り立たなくなる危険を抱えていた。売却で危うい収入源を現金化し、ルール変更の影響を減らした。
一本の柱に頼らない理由を、この出来事がはっきりと示した。売却後も、残る4つのプロダクトで毎月約700万円($45,000)を売り上げていた。
歩みを数字で振り返る
Dinhのやり方は、大きな会社をひとつ作るというより、便利なツールをいくつも作り、その収入を束ねる形に近い。主な数字を時系列で並べると、歩みの速さがよくわかる。
- 2021年8月:会社を辞め、個人での活動に集中
- 2022年8月:Black Magicが毎月10,000ドルに到達
- 2022年10月:Black Magicが毎月13,000ドルに到達
- 2023年3月:Typing Mindの最初の版を短期間で公開
- 2023年10月:全体で毎月45,000ドル規模に
- 2023年10月ごろ:Black Magicを約1,900万円($128,000)で売却
- 2024年1月:4つのプロダクトで毎月約700万円($45,000)、Typing Mindが毎月約450万円($30,000)、Xnapperが毎月約90万円($6,000)
在宅勤務の退屈しのぎから3年あまり。会社員の副業は、毎月約700万円($45,000)を生むポートフォリオに変わっていた。
Dinhのやり方から学べること
ここまでの歩みからは、個人開発を事業に育てるための型がいくつも読み取れる。
- 退屈をものづくりの合図に変える。毎日が単調になっても時間をつぶすだけで終わらせず、コミュニティに入ってすぐ手を動かした。
- 公開の瞬間の注目に頼らない。DevUtilsで「バズは続かない」と痛感し、見つけてもらい続ける流れを作りに行った。
- 必要になる前から届け先を増やす。発信を仕事の中心に据え、新作を出すたびに直接届けられる相手を増やした。
- 手応えが出てから独立する。引き金は毎月約4.5万円($300)という小さな売上だった。完璧を待たず、かといって手応えゼロのまま飛び込みもしなかった。
- 複数の柱が危機の選択肢を生む。Black Magicが揺らいでも他のプロダクトがあり、売却という手も打てた。
- 速く動き、縛られすぎない。Typing Mindを5日で出すスピードは武器になる。一方で、他社のルールに依存しすぎない形を探し続ける必要もある。
小さなツールを束ねて、ひとつの事業にした
Xnapperは「スクリーンショットのアプリ」にすぎないように見える。それでも、丁寧に作られた便利ツールは、見てくれる人に届ける力と組み合わされば十分に事業になる。売上は2024年時点で毎月約90万円($6,000)。Typing Mindの毎月約450万円($30,000)に比べれば小さいが、複数の収入源のひとつとして確かに積み上がっている。
自分の困りごとから作る。作る過程を公開する。反応を見て直す。ひとつに賭けず、いくつも育てる。外の環境が変われば、売るか、作り直すか、別の柱を伸ばす。
その積み重ねが、副業の個人開発を、月に数万ドルを生む事業へと変えていった。