大学でコンピューター工学を学びながらも、心のどこかで別の問いが消えなかった。どうすれば人は商品を知り、信じ、買うのか。
先生のいない独学は、不安もある。正解の型も分からない。けれど一歩踏み出した先で、インターンとして参加していた会議の空気を変え、やがて自分の武器を手にしていく。
その積み重ねは、会社の設立へつながり、創業から約1年半で12人のチーム、毎月の継続売上は約300万円(2万ドル)を超えるところまで形になった。何が彼を前に進め続けたのか。
独学は、人生のハンドルを自分で握る力になる
起業家ジム・ローンは、こんな言葉を残した。「学校の勉強は生活の助けになる。独学は大きな成功につながる」。
インドで育ったイシャーン・シャクントは、大学でコンピューター工学を学んだ。けれど心の中では、別のことが気になっていた。どうすれば人は商品を知り、信じ、買うのか。つまりマーケティングだ。
転機は、マーケティングのインターンに入ったことだった。会社ではSEO(検索で上に出す工夫)を強化しようとしていて、有名な外部の代理店まで雇っていた。
イシャーンは思った。「これが分かれば、どんな挑戦にも使える」。それで独学を始めた。先生はいない。だからまず、いちばん根っこから考えた。「SEOの目的は何か」。
クリック数や表示回数だけを追うのではなく、会社の成長に結びつく数字は何かを調べた。売上につながる見込み客は増えているか。営業が動ける状態になっているか。そこを中心に学び直した。
気づけば2年ほどで、SEOを自分の武器に変えていた。
インターンが会議の空気を変えた日
大学時代、イシャーンは開発者として働く道も試した。だがフリーランスの仕事は肌に合わなかった。起業したくて、モクテルの屋台をやったり、正式登録していない団体を作ったりもした。
ただ、どの挑戦にも共通して必要なものがあった。マーケティングだ。知られなければ、存在しないのと同じになる。
イシャーンはLinkedInで人とつながり、オンラインマーケティングを教えてくれる知り合いを増やした。その流れでフィンテック企業のマーケティングインターンになった。
会社は外部のSEO代理店にサイト改善を頼んでいた。代理店は監査レポートを作るのに1か月かけた。だが出てきた内容は、経営陣の期待を超えなかった。
CMOや上層部がいる会議で、空気が重くなる。インターンのイシャーンも同席していた。
そのときイシャーンは、手を挙げるような気持ちで言った。「自分が作った監査メモを共有してもいいか」。
正しい監査の型なんて知らない。けれど細部まで調べ、会社の目標に合わせて課題を整理していた。数字も、優先順位も、やるべき順番も書いた。
会議の終わり、会社は決断した。外部委託をやめ、SEOを社内で進める。そして担当はイシャーン。
CMOと直接話したことすらなかったのに、一気に大きな役割が回ってきた。
「扱いづらい」と言われたのは、前に進んだから
イシャーンはSEOの調査から実行、レポート作成、他部署との調整までをまとめて動かした。さらにチームづくりにも関わり、800人以上にSEOを教えた。
ただ、2年が過ぎるころ、学びのスピードが落ちたと感じた。慣れは成長を止める。だから次の挑戦として、コンサルティングに進むことにした。
退職日にマーケティング部門の上級責任者から言われた言葉がある。「扱いづらい存在だった」。
理由は単純だった。やり方を変え、当たり前を疑い、自分の方法を探したからだ。つまり、止まらなかったということでもある。
全部分からなくても、先に飛び込む
2020年11月、イシャーンはデジタルマーケティングのコンサルを本格的に始めた。2021年3月には、尊敬するCMOと話す機会を得る。
そこで刺さった考え方がある。「CMOはマーケターというより、マーケティングを専門にするビジネスパーソンだ」。
つまり、マーケ用語だけで話しても届かない。売上、成長、見込み客の質。ビジネスの言葉で語らないと、意思決定者は動かない。
その会話から2週間後、イシャーンはSpear Growthの設立手続きを始めた。BtoBのSaaS企業向けに、SEOと広告で成長を支える会社だ。
法務も会計も人事も、経験は少ない。会社づくりの作業は想像以上にややこしかった。
それでも最初の顧客は、会社登録が完了する前に獲得していた。契約書や請求書をすぐに出せない状況でも、まず顧客をつかむことを優先した。整備は後で追いつけばいい。
イシャーンの考えはこうだ。「全部を理解してから始める必要はない」。
売り込みより会話を選んだ。刺激を受ける人、仕事をしたい人に話を聞く。週に30人ほどと会話し続ける。そこから顧客が自然に生まれていった。
遠回りをしない。最初から“必要な人”に会いに行く
一般的なインバウンドマーケティングは、記事などのコンテンツを作って広く届け、たくさんの読者の中から少数の見込み客が現れるのを待つ形になりやすい。
イシャーンは、その遠回りを避けた。最初から「本当に必要としている少数の人」に直接話しかけた。
そこで効いたのが、CMOが代理店に何を求めているかの理解だった。
多くの代理店は、クリック数や表示回数、被リンクの数を語る。だがCMOが本当に欲しいのは、売上につながる道筋だ。
イシャーンはこう説明した。SEOで増やすのはアクセスではなく、売上につながる見込み客(SQL)だ。取り組みを、できるだけ売上の近くまで結びつけて見せた。そこが差別化になった。
偏見に勝つのは、言葉より結果
イシャーンには大きな壁もあった。「インドの代理店は質が低い」という先入観だ。実力を認められても、拠点がインドというだけで契約を避けられることがあった。
だから武器を一つに絞った。成果だ。
Spear Growthはインド以外にも、アメリカ、シンガポール、中東などの顧客を獲得し、四半期ごとに成長を続けた。リピートも増えた。
契約の形も工夫した。よくある月額固定ではなく、3か月の短期集中型(スプリント)で大きな課題を一つずつ解決する方式にした。
たとえばコンテンツ戦略。よくあるやり方は、検索数の多いキーワードを探し、そのキーワードに合わせて記事を量産する。だがイシャーンは、それだけでは弱いと考えた。
Spear Growthが重視したのは、「業界で注目される機能」「人が探している内容」「競合が作っている製品ページ」。そして、機能ページ、製品ページ、業界向けページに合うコンテンツを作ることだった。
結果、顧客のコンテンツの約60%が2か月以内に検索結果の上位に入った。ある顧客は年初に2回のスプリントを購入し、その施策で生まれた流入がサイトの中心になった。SEO改善だけで事業規模が5倍に伸びたという。
広告運用も成果報酬型で提供した。広告だけを回すのではない。ランディングページ、メールの流れ、顧客管理のレポートまで、見込み客が購入に至る流れ全体を見て改善する。
これまでに顧客企業へ2万件のSQLを生み出した。紹介による受注が100%になったのは、結果が最大の宣伝になったからだ。
少数精鋭が、会社を止めることもある
創業初期の2四半期、イシャーンは「世界トップクラスのマーケターを5人集める」という方針でチームを作ろうとした。少数で高い価値を出し、競合を超える狙いだった。
だが弱点があった。5人のうち1人が病気になったり辞めたりすると、その領域が空白になる。事業が止まりやすい。
実際にメンバーが個人的な事情で離れ、代わりが見つからず、会社が行き詰まりかけた。
イシャーンはカフェで紙を広げ、新しい組織の形を描き直した。PODという小チームの考え方を取り入れ、案件ごとに必要なスキルを組み合わせて、自分たちで回せる体制を作った。
この転換で、チームは4人から12人へ広がった。
大事なのは、人数ではない。「各分野で最高の1人」に頼り切らないことだ。誰かが休んでも辞めても、仕組みで補える状態を作る。顧客に影響を出さない。
新しい方針は「どこかに穴が空いても、3か月は埋められるチーム」。そのために重視したのは、過去の肩書きより、学ぶ意欲と理解力だった。
経験が長い人でも、全員が3か月の集中的な研修を受ける。Spear Growthのやり方は一般的なSEOや広告運用と違う。担当を持つ前に学び直すことが欠かせない。
学び続ける文化は、顧客の成果のためだけではない。働く側にとっても、この会社を魅力的にする柱になった。
BtoBマーケティングを、次の10年で進化させる
イシャーンは、自分が見つけた情熱を広めたいと思っている。BtoBのSaaSマーケティングは、BtoCに比べて遅れている。だからこそ伸びしろがある。
2020年から2030年にかけて、BtoBマーケティングの革新を進める存在として知られたい。それがイシャーンの目標だ。
学校で学んだことが土台になったのは確かだ。けれど、人生を動かしたのは独学だった。誰にも頼れない場所で、自分で考え、自分で試し、自分で結果を出した。その積み重ねが、会社を生んだ。
Spear Growthは創業から約1年半で12人のチームになり、毎月の継続売上は約300万円(2万ドル)を超えた。だがこの数字よりも大事なのは、イシャーンが最初に選んだ態度だ。分からないままでも一歩踏み出し、学びながら形にする。その姿勢が、次の扉を開き続けている。
