高給のテック企業で働き、家賃も物価も高い街で貯金までできていた。それでも、会社が買収されて大企業の一部になった瞬間、自由が減り、意思決定が遅くなる空気に息苦しさを感じた。
「このままでいいのか」。迷いと焦りの中で、彼は自分の事業に賭ける道を選ぶ。だがその挑戦は、思わぬ形で崩れかける。共同創業者が、相談もなく社員と外部協力者を全員解雇してしまったのだ。
それでも踏みとどまり、壊れた土台を作り直した先に待っていたのは、27か国・顧客数4,600、月の売上が約370万円($25,000)に達するまでの回復だった。何が崩れ、何を変えたのか。その過程に、続きを読む理由がある。
共同創業者の危機:相棒に壊されかけた事業を立て直した創業者の話
ゲルチェク・カラクスは、サンフランシスコのテック企業で働いていた。給料は高く、北カリフォルニアの家賃や物価の高さをものともせず、生活しながら貯金もできていた。
だが会社が買収され、大企業の一部になった途端、空気が変わった。意思決定は遅く、動きは重く、自由は減る。安定はあるのに、手足を縛られていくような感覚があった。
ゲルチェクは決めた。自分の事業をやる、と。
同僚が立ち上げたSaaSに共同創業者として加わった。サービス名はラクレット。企業がファンや顧客のコミュニティを作り、育て、収益につなげるための仕組みをまとめて提供するサービスだ。会員制度、イベント運営、専用サイト、ブランド付きアプリ、コミュニティ機能——バラバラのツールを一つに集約する構想だった。
使い道は幅広い。信者に連絡を取りたい聖職者、生徒に情報を届けたいヨガ講師、卒業生をつなぎたい学校。「人を集めて続けたい」という需要があれば、どこでも使える。
ただ、最初から大きな穴があった。2人は事業計画や将来の数字ばかり話し、肝心の相性を確かめていなかった。
共同創業者選びは、恋人選びに似ている
起業の相棒選びは、能力だけで決めると危ない。価値観、モチベーションの源泉、描いている未来が合うかどうか。そこを確かめないと、後になってズレが爆発する。
ある投資家は、共同創業者の関係を恋人関係に例える。お金の使い方、家族観、何を大切にして生きるか——根っこの話を避けたまま走り出すと、順調なうちは気づかない。だが苦しい局面で、一気に壊れる。
ゲルチェクたちは、その会話をしないままスタートしてしまった。
最初はうまく回っていた。ゲルチェクはフロントエンド、デザイン、UXを担当し、相棒はバックエンドを作り続けた。相棒がCEOで株の比率も高く、ゲルチェクは資金調達や顧客獲得も担う役割だった。
ラクレットはベルリンのアクセラレータープログラムに採択され、2人はベルリンへ移った。そこから、少しずつ歯車がずれ始めた。
高給を捨てて夢を追った
ゲルチェクは子どもの頃から、自分の事業を持ちたいと思っていた。会社員の枠を出て、学びながら作る道を選んだのは、その延長線上にある。
アクセラレーター自体が大金をくれるわけではない。それでも、クラウド利用の支援や、起業家が集まる環境を得られた。ベルリンへ渡る前に、ゲルチェクは貯金から約1,200万円(約8万ドル)を投じ、さらに別の支援プログラムに応募して約1,500万円(約10万ドル)を獲得した。
ゲルチェクは走り続けた。サイトを作り直し、SEOや広告で「規模の小さい企業でも使える」点を前面に押し出した。見込み客が喜びそうな外部サービスとの連携も拡充しようとした。
2人は互いの領域に口を出しすぎないようにしていた。細かく管理せず、自由に任せる。ゲルチェクはその自由が好きだった。会社員の頃は、上の都合で仕事が止まり、努力が無駄になることがあった。あの感覚には戻りたくなかった。
ある日、すべてが崩れた
転機は突然やってきた。
ゲルチェクが見込み客との打ち合わせから戻ると、嬉しい知らせが届いていた。問い合わせメールから、初めての顧客を獲得できたのだ。
ところが喜びはすぐに消えた。共同創業者が、社員と外部の協力者を全員解雇していた。協力者の中にはゲルチェクの兄弟も含まれていた。理由は資金不足。共同創業者は追加の資金調達や別の手を探すより、事業から手を引くことを選んでいた。
しかもこの判断は、ゲルチェクへの相談なしに下されていた。
最初に「撤退するときはどうするか」「最悪の状況で何を守るか」を話し合っていれば、こうはならなかったかもしれない。だが現実は、話し合いなしに土台を引き抜かれた。
多くの人はここで終わる。だがゲルチェクは踏みとどまった。製品を信じていたこともある。何より、初めての顧客の存在が大きかった。検索でラクレットを見つけたジャマイカ政府が顧客になっていたのだ。
ただし生活は苦しい。貯金を切り崩しながら暮らす中で、ベルリンの生活費は重くのしかかった。ゲルチェクは費用を抑えられ、友人もいるトルコへ移った。
壊れた土台を作り直す
トルコでバックエンドを確認したゲルチェクは、言葉を失った。コードは荒れ放題で、どこから手をつければいいか分からないほどだった。
修復できるか判断するため、中堅エンジニアを雇って状態を見てもらった。返ってきたのは厳しい評価だった。
それでもゲルチェクは逃げなかった。プログラミング、クラウド、C#——必要なことを必死に吸収しながら、過去のミスを一つずつ潰していった。
顧客を増やすため、言葉を変えた
同時に、売上を作らなければならない。ラクレットが扱う「コミュニティ」というテーマは対象が広い。だからこそ、伝え方を相手に合わせる必要があった。
卒業生組織の担当者には、メンター制度や就職機会、キャリアの話が響く。一方、信者同士のつながりを作りたい聖職者には、別の言葉が必要だ。見せるページも提案内容も変える。相手の頭の中にある言葉に合わせる。
飛び込み営業から広告へ
ゲルチェクは最初、昔ながらの方法を選んだ。スーツを着て、飛び込み営業を1年間続けた。手間はかかり、反応も薄い。街が静まり返っているように感じる日もあった。それでも続けた。
だが飛び込み営業は、規模を拡大しにくい。伸ばすには人手が必要で、その費用がない。そこで、ターゲットを絞ったメールや動画を使った営業に切り替えた。少しずつ見込み客が増えていった。
やがて月に50〜60件ほど、見込み客との通話が入るようになった。ラクレットは27か国で使われ、顧客数は4,600。月の売上は約370万円($25,000)に達した。このペースなら、数年後にはさらに大きな売上も狙えると見ている。
1人運営で学んだこと
ラクレットは基本的に1人で運営し、必要なときだけ外部の協力者を起用する形になった。共同創業者に壊されかけた経験が、正社員を増やすことへの慎重さにつながっている。
もう一つ、大きく考えが変わったことがある。マーケティングと営業の価値だ。
以前は、デザイナーやエンジニアこそが事業の中心だと思っていた。だが売上をもたらすのは、マーケティングと営業でもある。どれだけ優れた製品でも、知られなければ存在しないのと同じだ。
解雇された兄弟は、恨みを抱くことなく自分の事業を始めた。
この出来事は、相性を確かめずに共同創業者を選ぶ危険を、はっきりと示した。ゲルチェクにとっても兄弟にとっても、忘れられない教訓になった。
