不動産取引が活発な国でも、現場がスムーズに回るとは限らない。参入障壁が低く経験の浅い人も入ってきやすい環境では、信頼や運用のばらつきが積み重なりやすい。
そんな状況の中で、ある若い制作者は「お金がないなら、現場に入り込めばいい」と考えた。収入が途切れる不安を抱えながらも、無料で仕組みを作り、代わりに知識と気づきを受け取る道を選んだ。
その積み重ねが、不動産会社やエージェントの業務を支えるツールへと形を変え、やがて年商約7,500万円規模($500,000)にまで育っていく。「現場の混乱」をどうやって「仕組み」に変えたのか。
業界で勝つ方法:無料で働き、代わりに「気づき」をもらう
カリブ海のドミニカ共和国は、不動産がよく動く国だ。外国人でも家を買いやすく、価格も手が届きやすい。建設需要も多く、街のあちこちで新しい建物が増えている。
ただし、仕事のやり方はまだ整っていなかった。不動産仲介を始めるのに厳しい資格は不要で、経験の浅い人でも参入できる。信頼できる会社は少なく、ルールもばらつきやすい。
そんな環境の中で、マイケル・モタは「不動産会社やエージェントが業務を効率よく回せるツール」を作り、事業に育てた。エージェントが自分のサイトを作れたり、会計や数字の分析ができたり、将来の売上を予測できたりする仕組みだ。のちに年商約7,500万円規模($500,000)まで成長し、アメリカの大手不動産会社にも導入されるようになる。
18歳、ウェブ制作から始まった
2012年、18歳のマイケルは副収入を求めてウェブ制作を始めた。ちょうど多くの企業が「これからはネットだ」と動き出した時期で、仕事は見つけやすかった。
最初は地元の小さな会社のサイト作りからスタートし、実績が増えるにつれて少し大きな依頼も入るようになる。やがてアメリカ企業の案件まで手がけるようになった。
それでも、心の中に引っかかるものがあった。さまざまな業種のサイトを作るだけでなく、「不動産に特化したツール」を作りたいという思いが強くなっていった。不動産は世界でも大きな市場なのに、他の業界に比べて技術への投資が少ない。マイケルにはそこが惜しく見えた。
無料で作って、代わりに知識をもらう
数年後、マイケルはドミニカ共和国の大手不動産会社・Mr. Homeで働く人と知り合い、こう提案した。
「物件を管理できるシンプルなサイトを無料で作る。代わりに現場のことを教えてほしい」
マイケルは1か月で仕組みを作り上げ、Mr. Homeはそれを気に入った。
それからマイケルは週に2〜3回、Mr. Homeのスタッフと顔を合わせた。質問を重ね、仕事の流れを観察し、困りごとを聞き出した。お金ではなく、現場の知識と気づきを報酬として受け取る形だ。マイケルはそのほうがずっと価値が高いと考えていた。
そもそも起業に大金が必ず必要だとは思っていなかった。足りない分は工夫と行動で埋めればいい。それがマイケルの発想だった。
不動産エージェントの仕事は、なぜ難しいのか
質問を重ねるうちに、マイケルは不動産エージェントの大変さを理解していった。営業だけの仕事ではなく、会計も法律の知識も必要で、扱う金額は大きく手続きも多い。
ドミニカ共和国では誰でも売買の仕事を始められる。だからといって仕事が楽なわけではない。エージェントは多くの見込み客を同時に抱え、連絡・案内・交渉・書類対応を並行して進めなければならない。
会社の運営も不安定になりやすい。報酬は歩合制が多く、来月いくら入るか読みにくい。しかも売れたからといって手数料がすぐ全額入るとは限らず、建設や引き渡しの進捗次第で入金のタイミングがずれることもある。
さらに、データがなければ判断を誤りやすい。高額な取引を望む顧客に経験の浅い担当をつけてしまえば、不安になった顧客は別の会社へ移る。地域や物件の種類に合わない担当に見込み客を渡せば成約率は落ちる。こうした損失が、静かに積み上がっていく。
現場に合わせた管理ツールを作る
マイケルはMr. Homeの業務に合わせた顧客管理ツールを作り始めた。営業の進捗、成約までに必要なアクション、将来入ってくる手数料の見通し——そうした情報を一か所にまとめて整理できる仕組みだ。
Mr. Homeが試してみると効果を実感し、業務を少しずつそのツールへ移行していった。
すると、将来の収入がある程度見通せるようになった。「人を増やしても大丈夫か」の判断がしやすくなり、採用の決断も早くなる。見込み客にどのエージェントをつけるかも、感覚ではなくデータで決められるようになった。結果としてMr. Homeはエージェント数を大きく増やした。
収入を止めて集中し、口コミで広がった
マイケルはウェブ制作の仕事をやめ、不動産向け事業に集中した。しばらくはほぼ収入がない時期もあったが、手を止めなかった。
やがて顧客が増え始める。きっかけの一つは、Mr. Homeのサイトの片隅に表示されたサービス名だった。それを目にした別の会社が興味を持って問い合わせてきて、そこから口コミがつながっていった。
月ごとの売上が短期間で何倍にも伸びた時期もある。感染症の流行で市場が落ち込んだときも、マイケルは同じ姿勢を貫いた。「お金より気づき」だ。新しい機能を出しては使い方の感想や不満点を細かく聞き、現場の声をもとにツールを実戦向きに磨き続けた。
外出制限が続いた時期、不動産業界の人たちは学ぶ時間が増え、業務ツールにも目が向きやすくなった。制限が緩んだ後、その流れが顧客増につながった。
ラテンアメリカの大きな取引を支える仕組みへ
サービスは単なるツールにとどまらず、「一体型の業務プラットフォーム」へと進化していった。サイト作成・会計・データ分析までまとめて扱えるため、業務が散らからず全体を俯瞰できるようになる。
ラテンアメリカの不動産市場では、信頼の問題が成長を阻むことがある。取引ルールが曖昧な場面も多く、紹介手数料が支払われないといったトラブルも起きやすい。会社間でデータを共有しにくく、市場全体の動きが見えにくいことも課題だ。
だからこそ、プラットフォーム内に蓄積されるデータが力を持つ。市場を読む材料になるからだ。将来は国をまたいで物件情報を扱える大規模なデータベースを構築したいという構想もある。ある国の人が別の国の物件を購入する際に、現地の仲介者とつながり取引を進めやすくするためだ。
大手企業が導入し、料金は人数で決まる
顧客は中規模から大規模の不動産会社が中心だ。アメリカの大手不動産企業がドミニカ共和国で事業を展開する際にこの仕組みを採用した例もある。
料金は会社のエージェント数に応じて決まる。個人向けプランもあり、規模が大きいほど1人あたりの料金が下がる設計になっている。
不動産テックが広がるラテンアメリカ
ラテンアメリカでは不動産テックへの投資が増え、競争も激しくなっている。以前は大手不動産サイトのようなビジネスが広がりにくかったが、市場が成熟し収益を出しやすくなってきたという見方がある。
地域には多くの不動産テック企業が存在し、さらに増え続けているとも言われる。最近はAIによる価格予測機能が注目されており、ネット上に価格情報が少ない地域ほどその価値は高まる。
起業の助言:技術と営業、そして心の健康
マイケルは、技術系の起業なら技術に強い共同創業者が重要だと言う。成長段階では営業に特化した人材も必要になる。マイケル自身、営業のやり方がわからず最初に苦労した経験がある。
もう一つ強調するのが、心の健康だ。起業家コミュニティが小さい地域では、同じ立場の人と話す機会が少ない。だからこそ、状況を理解してくれる相手との対話が支えになる。事業は頭だけでは続かない。心が折れない仕組みも必要だ。
