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100社に落ちた無名の男が「競合より激安で受ける」だけで月450万円。資金ゼロでチームを回す支払いモデルの禁断のルール

8 min read2026年4月7日
100社に落ちた無名の男が「競合より激安で受ける」だけで月450万円。資金ゼロでチームを回す支払いモデルの禁断のルール

ビジネス概要

事業タイプ

Agency

規模感

月あたり平均約450万円規模の売上(3万ドル)

概要

スタートアップ向けにWebサイトやモバイルアプリの改善・開発支援を提供する技術コンサル事業。

ターゲット

小規模スタートアップの創業者

主な打ち手

納品後払いから毎週支払う形へ切り替えてキャッシュフローを安定させ、チーム体制を組めるようにした。

30秒で分かる

1就職ゼロから月450万円へ

テック志望の新卒が100社以上に応募

ブートキャンプを経て起業

THTが月あたり平均約450万円規模に

2入口に立てない人がいた

独学しても採用されない状況が続いた

建設業に戻る直前に合格通知が来た

見落とされやすい人の場を作ると決めた

3まず低価格で実績を作った

講師を1年間やり独立を決意

経験不足で案件が取れなかった

小さな会社に絞り低価格で受注した

4信頼は説明と早い成果で取った

過去にだまされた創業者が多かった

難しい話をかみ砕いて説明した

できるだけ早く成果物を出した

5資金難と病気でも止めなかった

納品後払いで資金繰りが苦しかった

報酬が遅れても協力する開発者が現れた

脳腫瘍が見つかり手術と治療を続けた

6本質は「仕組み」で恩を回す

助けを次の誰かへ渡す考えが核になった

支払いを毎週に変え資金を安定させた

チームは約3分の1が女性の構成になった


ストーリーの流れ

Problem

大学卒業後にテクノロジー系の会社へ100社以上応募しても返事がなく、業界の入口に立てなかった。

  • 在学中の4年間で準備を重ねSwiftも独学で習得したが状況は変わらなかった。
  • 建設業を営む叔父のところへ戻る決断をしかけていた。
Action

プログラミングのブートキャンプ合格の通知を機に、テクノロジー業界へ踏み出した。

  • たった一通のメールが人生の向きを変えた出来事になった。
  • ブートキャンプではSalesforceを中心に学んだ。
Insight

バックグラウンドが違うだけで見落とされやすい人が働ける場所を増やしたいと考えるようになった。

  • 多様性・公平性・包摂性を宣伝文句ではなく思想として体現する方針を定めた。
  • こうしてTroutHouseTech(THT)を立ち上げた。
Problem

ブートキャンプ修了後に想定していた就職紹介がなく、生活とキャリアの不安定さが続いた。

  • 配車サービスの仕事をしても収入は十分ではなかった。
  • ブートキャンプ運営側に社内で雇われ、講師として働くことになった。
Action

独立を決意し、フリーランスの技術コンサルタントとしてWebサイトやモバイルアプリの改善支援に軸足を置いた。

  • 武器としてSalesforceを掲げつつ案件の幅を広げるためにプログラミングを学び直した。
  • 数か月は貯金を切り崩しながら仕事を探したが経験の少なさが壁になった。
Monetize

競合よりもかなり低い価格で仕事を引き受け、小さな会社を狙って最初の顧客を獲得した。

  • 必要なのはまたしても誰か一人がチャンスをくれることだと割り切った。
  • 仕事は少しずつつながっていった。
Insight

過去にだまされた経験を持つ創業者が多く、安さだけでは顧客の不安は消えないと分かった。

  • 開発がうまくいかずに大金と時間を失った経験が警戒心につながっていた。
  • 信頼は言葉ではなく積み重ねた結果からしか生まれないと捉えた。
Action

講師経験を活かして難しい話を丁寧に説明し、できるだけ早く成果物を出して信頼を積み上げた。

  • 相手が納得するまで言葉を尽くす姿勢を徹底した。
  • 顧客との関係性を結果で裏付ける方針にした。
Problem

顧客が増えても納品後払いが多く作業中の資金繰りが苦しく、助けが必要でも人を雇えなかった。

  • 手元にお金が残るわけではない状態が続いた。
  • 無償で働いてくれる人は簡単には見つからなかった。
Team

求人の場でナイジェリアのエドワーズ・モーゼスと出会い、報酬がすぐに出ない可能性を理解したうえで協力を得た。

  • 資金より先に信頼でつながった最初の仲間になった。
  • 体制が整い始めた手応えが生まれた。
Problem

仕事が軌道に乗り始めたタイミングで脳腫瘍を告知され、事業継続そのものが揺らいだ。

  • 視界の異変から受診し救急受診を告げられた。
  • 1フィート先も見えず左耳も聞こえにくいほど状態は深刻だった。
Insight

保険がない中でも周囲の支えを受けた経験が、助けを次の誰かへ渡す「恩送り」の考え方につながった。

  • 親しくない人までがSNSなどを通じて手を差し伸べてくれた。
  • 金銭的な支援も言葉による励ましも踏ん張る力になった。
Action

命に関わる状況でも仕事を止めず、手術に備えてエドワーズに数日間の不在リスクを共有した。

  • 意識がない状態になるかもしれないと伝え対応準備を依頼した。
  • ソフトウェア開発なら画面の近くが見えれば仕事はできると割り切った。
Growth

手術から約3週間後に視力が回復し、1か月後に放射線治療が始まっても仕事を続けて前進した。

  • 会社が少しずつ形になっていく実感が戻った。
  • 生き延びることと仕事を回すこと一辺倒から、目的に目を向け直せるようになった。
Insight

THTの成長で見落とされがちな人にスタートの機会を作れる段階に来た一方、納品後払いでは人件費を先に払えず雇用が進まないと分かった。

  • 理想だけでは回らない現実としてキャッシュフロー制約が露呈した。
  • 人を雇いたくても雇えない状態が課題になった。
Monetize

支払いの仕組みを納品確認ごとの後払いから毎週支払う形へ切り替え、キャッシュフローを安定させた。

  • 資金繰りの構造そのものを変える施策だった。
  • この変更が功を奏した。
Monetize

支払いモデル変更の効果でTHTは月あたり平均約450万円規模の売上(3万ドル)を得られるようになった。

月あたり平均約450万円規模の売上(3万ドル)月次売上規模
  • 安定した資金の見通しが立つ状態になった。
Team

チームは約3分の1が女性で有色人種のメンバーも多い構成となり、目的に沿った多様性が社内から形になった。

  • 顧客は言葉だけでなく実際に働くチームを見ると捉えた。
  • さまざまなバックグラウンドを持つ人が自然と集まる形になった。
Action

成果物の質にこだわり、最初から派手で高価な試作品を作らず堅実に使えるものから育てるアプローチを採った。

  • 良いものを低コストで作るノウハウを持ちコスト削減は顧客に還元した。
  • 機能追加や改善を重ねて長く使える形にしていった。
Scale

社会的に不利な立場に置かれやすい人向けの小規模ブートキャンプを立ち上げ、スタートアップ顧客と連携して学びと仕事がつながる道を整えた。

  • 若手の開発者を集めスタートアップ業界で働くためのトレーニングを提供している。
  • 自分のペースで進められる学習形式に実際の現場を組み合わせた。
  • スタートアップ側は多様な人材と出会える代わりにTHTへ管理費を支払う仕組みである。

100社以上に応募しても、返事はゼロ。テクノロジー業界に入りたくても、入口にすら立てない――そんな状態からマット・ルイスの物語は始まった。

ようやくつかんだ「たった一度のチャンス」は、人生を変えただけでは終わらなかった。支えてくれた人たちへの感謝が次の誰かへと受け継がれ、やがて会社の根幹になっていく。

資金繰り、信頼づくり、そして病気の告知。決して平坦ではない現実の中で、彼はどうやって仲間を増やし、TroutHouseTech(THT)を形にしていったのか。

「恩送り」で広がったチャンスの物語

マット・ルイスは、何度も不採用を経験してきた。

大学卒業後、テクノロジー系の会社に100社以上応募したが、どこからも声はかからなかった。在学中の4年間、卒業後に備えて懸命に準備を重ね、スマホアプリの成長を見越してSwiftも独学で習得した。それでも結果は変わらず、興味を示す会社は一社もなかった。

もう建設業を営む叔父のところへ戻ろう。そう決めかけた矢先、プログラミングのブートキャンプ合格の通知が届く。

人生は、たった一通のメールで向きが変わることがある。マットにとって、それがまさにその知らせだった。

この経験が、のちに会社の根幹となる。テクノロジー業界には、見落とされやすい人がいる。バックグラウンドが違うだけで、入口に立てない人がいる。マットは、そういう人が働ける場所を増やしたいと思うようになった。

こうして生まれたのがTroutHouseTech(THT)だ。多様性・公平性・包摂性を宣伝文句としてではなく、会社の思想そのものとして体現する組織である。

必要だったのは「たった一度のチャンス」

ブートキャンプではSalesforceを中心に学んだ。修了すれば就職につながると言われており、マットはその機会に飛びついた。

生活は厳しかった。配車サービスの仕事もしたが、収入は十分ではない。建設現場に戻れば、体格のせいで床下や屋根裏のような狭い場所を任されがちだ。だからこそ、別の道で結果を出したかった。

マットは食らいついた。吸収の速さは群を抜き、成績も上位だった。

ところが修了後、想定外の展開が起きる。企業に紹介されるどころか、ブートキャンプの運営側がマットを社内で雇うと言い出したのだ。

マットは1年間、今度は講師として教える側に回った。クラスをリードし、受講生を支えながら、週60時間働くことも珍しくなかった。気づけば、生活の質が少しずつ削られていく感覚が強くなっていた。

そして独立を決意する。フリーランスの技術コンサルタントとして、Webサイトやモバイルアプリの改善支援を軸に活動するつもりだった。

武器はSalesforce。ブートキャンプでも中心に据えていた分野だ。ただ、案件の幅を広げるには別の技術も必要になる。大学時代に触れたプログラミングを、もう一度学び直した。

数か月は貯金を切り崩しながら仕事を探したが、経験の少なさが壁になった。実績のない人間に、会社は大事な仕事をなかなか任せてくれない。

そこでマットは戦い方を変えた。競合よりもかなり低い価格で仕事を引き受けることにした。必要なのはまたしても「誰か一人がチャンスをくれること」だと分かっていたからだ。

狙ったのは小さな会社だった。学歴や肩書きよりも、即戦力を求めている可能性が高い。読みは当たり、最初の顧客をつかむことができた。そこから仕事は少しずつつながっていった。

ただ、別の問題も見えてきた。価格の安さを喜ぶ一方で、顧客がどこか不安そうなのだ。

話を聞くと理由は明確だった。過去にだまされた経験を持つ創業者が多く、開発がうまくいかずに大金と時間を失っていた。失ったものは戻らない。だからこそ、警戒心が強い。

マットは講師としての経験を活かした。難しい話をかみ砕いて丁寧に説明し、相手が納得するまで言葉を尽くす。そして、できるだけ早く成果物を出す。信頼は言葉ではなく、積み重ねた結果からしか生まれないと知っていた。

資金がないままチームを作る

顧客は増えた。だが、マットの手元にお金が残るわけではなかった。

当時は完成品を納品してから報酬が支払われる形が多く、作業中の資金繰りが苦しい。助けが必要でも、無償で働いてくれる人はそう簡単には見つからない。

それでもマットは協力者を探し続け、求人の場で一人の開発者と出会う。ナイジェリアのエドワーズ・モーゼスだ。

エドワーズはマットのビジョンを信じ、報酬がすぐに出ない可能性を理解したうえで協力を申し出た。資金より先に、信頼でつながった最初の仲間だった。

ようやく体制が整い始めた。そう思った矢先、マットの体に異変が起きる。視界がおかしい。眼科を受診すると、すぐに救急へ行くよう告げられた。

検査の結果は脳腫瘍。仕事が軌道に乗り始めたタイミングでの告知は、あまりにも残酷だった。

それでもマットは、病気に人生を決めさせたくなかった。これは乗り越えるべき障害の一つだ。そう向き合った。

状態は深刻だった。1フィート先も見えず、すべてがぼやける。左耳も聞こえにくい。それでもマットは割り切った。ソフトウェア開発なら、画面の近くが見えれば仕事はできる。

支え合いが生んだ「恩送り」

マットを動かしたのは、周囲の支えだった。

保険がない中で、同僚だけでなく、それほど親しくない人までがSNSなどを通じて手を差し伸べてくれた。金銭的な支援も、言葉による励ましも。誰かが声をかけてくれる。それが、踏ん張る力になった。

この経験が、のちに「恩送り」という考え方につながっていく。受け取った助けをその人に返すだけでなく、次の誰かへ渡していく。そんな発想だ。

手術前、マットはエドワーズに伝えた。数日間、意識がない状態になるかもしれない。対応できるよう準備しておいてほしい、と。

命に関わる状況でも、仕事を止めるつもりはなかった。

手術から約3週間後、視力は回復した。そこからまた前へ進み始め、1か月後には放射線治療も始まったが、仕事は続けた。

会社が少しずつ形になってくると、マットは最初に抱いた目標を思い出す。見落とされがちな人を支えたい、という思いだ。

それまでは生き延びることと仕事を回すことで精一杯だった。だがTHTが成長するにつれ、業界に入りにくい立場の人にスタートの機会を作れるところまで来た。

ただ、理想だけでは回らない現実もあった。納品後払いの仕組みでは、会社が先に人件費を払えない。人を雇いたくても雇えないのだ。

そこでマットは、支払いの仕組みそのものを変えた。納品確認ごとの後払いから、毎週支払う形へ切り替え、キャッシュフローを安定させた。

この変更が功を奏した。THTは月あたり平均約450万円規模の売上(3万ドル)を得られるようになった。

多様性は社内から始まる

新しい支払いモデルが整うと、チームも会社の目的に近づいていった。

顧客はマットの言葉だけでなく、実際に働くチームを見る。THTのチームは約3分の1が女性で、有色人種のメンバーも多い。さまざまなバックグラウンドを持つ人が自然と集まる形になった。

同時にTHTは、成果物の質にも強くこだわる。良いものを低コストで作るノウハウを持ち、その分のコスト削減は顧客に還元する。

最初から派手で高価な試作品を作るのではなく、まずは堅実に使えるものを作る。そこから機能追加や改善を重ねて育てていく。現実的で、長く使えるアプローチだ。

マットは採用だけで多様性を語らなかった。さらに一歩踏み込む。

自身がブートキャンプに救われた経験から、社会的に不利な立場に置かれやすい人向けの小規模ブートキャンプを立ち上げた。スタートアップの顧客とも連携し、学びと仕事がつながる道を整えていった。

ミニ・ブートキャンプの仕組み

THTは若手の開発者を集め、スタートアップ業界で働くためのトレーニングを提供している。

学習は自分のペースで進められる形式で、実際のスタートアップの現場とも組み合わせた実践的な内容だ。

スタートアップ側は多様な人材と出会える代わりにTHTへ管理費を支払い、学ぶ側には実務経験が生まれる。企業と人材、双方が前に進める仕組みだ。

マットは、自分の経験が誰かの背中を押す材料になることを願っている。

挑戦しなかったことを後悔してほしくない。何が起きるか分からないからこそ、やりたい気持ちがあるなら踏み出せ。マットはそう考えている。

社名に隠れた意外な由来

TroutHouseTechという社名にも、マットらしいエピソードがある。

大学時代、友人たちと冗談交じりに言い合っていた。「成功したら、Trout Houseって名前にしよう」

普通なら笑い話で終わる。だがマットは、いざ会社を立ち上げる機会を得たとき、その言葉をそのまま社名にした。

まじめな使命感と、肩の力を抜いた人間味。その両方が同居している。THTの物語は、そこから始まり、今も続いている。