「努力が足りないのかもしれない」。そんな不安を抱えながら、根性や長時間労働を正解のように語る空気に、置いていかれた気持ちになることがある。
コロンビア出身のミゲルも、最初から順調だったわけではない。居場所を失い、収入が途絶え、何度もやり直しを迫られた。ひとりで全部を抱えて、起業そのものが楽しくなくなっていった。
それでも彼は「根性で続ける」道を降り、「好きで続けられる場所」へ移動した。その選択の先で、年換算で約9,000万円規模(約60万ドル)の売上につながる組織を育てていく。何が転機になったのかは、ここから辿れる。
「朝から根性」よりも「好き」を選ぶと道が開ける
SNSの起業家コミュニティをのぞくと、成功のために徹夜で働けとか、何年も先が見えない状態に耐えろとか、そんな話が目につく。もちろん努力は大事だ。でも、消耗戦みたいなやり方だけが正解とは限らない。
コロンビア出身のミゲル・レンヒフォは、そのことを体で学んできた。今はWeb3のデザインスタジオ「Index96」を立ち上げ、世界中のプロジェクトのデザインを手がけている。さらに、ラテンアメリカやアフリカのデザイナーがちゃんと仕事に届くようにする仕組みまで作った。
ミゲルが遠回りしながらたどり着いた結論は、シンプルだ。「根性で続ける」より、「好きで続けられる場所」に移動したほうが、結局は強い。
いじめから逃げるために、パソコン室にこもった
ミゲルが「何かを作って稼ぐ」という考え方を持ったのは、かなり早い。15歳のとき、家族はコロンビアのカリで、裕福な地域へ引っ越した。ところが新しい学校では、家庭の事情が原因でいじめを受けることが増えた。
教室に居場所がなくなったミゲルは、学校のコンピューター室に逃げ込んだ。そこで独学でプログラミングを学び始める。周りの生徒が海外旅行の話をするたびに、「自分には同じチャンスが少ない」と痛感した。だからこそ、手で作れるスキルが欲しかった。
コードを書いている間は、他人の目から少し離れられる。やがてミゲルは学校代表としてプログラミング大会にも出た。奨学金を取り、有名テック企業のインターンの機会もつかむ。
未成年でインターンをしていたことを、ミゲルは後から思い出して笑う。今なら制度的にアウトかもしれない。それに当時の実力も完璧ではなかった。それでも、その経験が次の扉を開いた。
大学をやめて首都へ。チャンスは落ちていなかった
ミゲルは大学を辞め、2013年に首都ボゴタへ移った。だが大都市は、黙っていれば仕事が降ってくる場所ではない。お金はほとんどなく、25人で住む家の小さな部屋で暮らした。雨が降ると部屋に水が入ってくることもあった。
それでも、高校時代のインターン経験を頼りに、人脈づくりとビジネスの勉強を続けた。やがてユニバーサル・ミュージックの現地部門で仕事を得る。コロンビアの有名アーティストを支えるモバイルアプリ開発に関わった。
この頃から、国内で「仕事ができるやつ」と見られ始めた。フリーランスの開発も並行し、アプリ開発が安定した収入源になっていく。
「20分で届ける」コンドーム配達アプリを作った
ところがユニバーサルでの仕事は長く続かない。部署がなくなり、収入は途絶えた。手元に金がない状態に戻った。
そこでミゲルは、2015年に冗談半分で最初の事業を始める。ボゴタのどこにいても、コンドームを20分で届ける配達サービスのアプリだった。
ちょうどその頃、ラテンアメリカではスタートアップ投資が盛り上がり始めていた。2016年、そのアプリが投資家の目に留まり、支援組織から約1,600万円(約10万ドル)を調達する。拠点をチリへ移し、さらに1年ほど開発を続けた。
最初は「他にやることもないし、ダメでもいいからやってみる」くらいの気持ちだった。それが本当に形になった。でも、ネットで「コンドームの人」として知られるのが嫌になった。ミゲルはこの事業を手放す決断をする。
起業に疲れた理由は「全部ひとりで抱える」ことだった
その後ミゲルはコロンビアに戻り、レストラン事業にも関わりながら、フリーランスの開発契約で生活した。だが飲食の現場は、思っていた以上に複雑だった。料理人探し、接客トラブル、日々の細かい問題。神経をすり減らすことが多い。
それでも、人を雇ってチームを回す難しさは学べた。
ただ、ミゲルは次第に「起業そのものが楽しくない」と感じ始める。新しいアイデアを始めるたびに、開発もデザインも営業も経営判断も、全部ひとりでやっていたからだ。ずっと全役割を背負えば、当然燃える。
そこでミゲルは自分を見直し、「自分はコードに寄りすぎていた」と気づく。アプリやサイトで最初に目に入るのはデザインだ。印象を決め、信頼を作る入口になる。ミゲルは方針を切り替え、デザインに100%集中することにした。
大企業の仕事で鍛えられ、Web3に引き寄せられる
次の一手は、自分の事業を無理に回すことではなかった。大きな組織の中でデザイナーとして価値を売る道を選んだ。自己改善の旅のように、インドネシアのバリ島へ移り住んだ時期もある。
実績の見せ方も工夫した。大手向けの制作物を作ったように見せるポートフォリオで売り込み、2020年にデザインコンサルタントとして2社の案件を獲得する。そこから2年間で、より大きな会社で、より上位の役割へ上がっていった。
転機のひとつが、南米の大手EC企業メルカド・リブレでのシニアUXデザイナーの仕事だ。2021年3月から4か月、集中的に経験を積んだ。
同じ頃の2020年、投資先を探してNFTの売買にも挑戦し、Web3の世界に強く惹かれていく。Web3は、ブロックチェーンを土台にした次世代のインターネットの考え方で、暗号資産とも深く関係している。
ミゲルは、Web3で働く人は特に優秀だと感じていた。調べるうちに、情報を分散して持つ仕組みは未来につながり、プロジェクトによっては生活を大きく良くする可能性があると考えるようになる。
また起業したい気持ちは戻ってきたが、大企業の高い報酬にも慣れていた。背中を押したのは、付き合い始めて4か月の恋人のひと言だった。「もっと自由に旅をしたい。一緒に新しいプロジェクトを始めよう」
ミゲルは決めた。フリーランス仲間のネットワークを土台に、Web3アプリのデザインエージェンシー「Index96」を立ち上げる。Web3特化のデザイン会社としては、かなり早い参入だった。
最初の客がいない。だから「断られる回数」を増やした
立ち上げ直後の最大の壁は、最初の顧客をつかむことだった。ミゲルは「安さ」で勝負する気がなかった。価値に見合う金額を取る。そのぶん、最初は余計に難しい。
だからミゲルは、過去と同じ戦い方を選ぶ。実績に見える制作物を用意し、Web3のクリエイターへ送り続けた。FacebookのWeb3コミュニティでも活動量を増やし、「存在を知ってもらう回数」を増やした。
断られるたびに、ミゲルはこう考えた。「次の『はい』に一歩近づいただけ」
行動を止めないまま、フロントエンド開発者やプロジェクトマネージャーも雇い、体制を広げていく。
結果は速かった。3か月で10社の顧客を獲得。地域もドバイ、アメリカ、カナダ、ベルギー、コロンビア、バングラデシュまで広がった。そしてミゲルは、別の可能性にも気づく。
デザイン会社を「採用につながる仕組み」に変えた
Index96は安定した収入源になった。ただミゲルは、ひとつの事業に未来を預けるのは危険だと思っていた。
ミゲルは2020年に契約仕事をしていた頃から、ラテンアメリカとアフリカのフリーランスデザイナーとつながりを作っていた。Index96を始めた後、そのネットワークを活かして別の組織「First Layer」も立ち上げる。ナイジェリアやコロンビアのデザイナーと、採用したいスタートアップを結びつける仕組みだ。
アフリカやラテンアメリカには優秀なデザイナーが多い。だが地元では、仕事のチャンスが少ないこともある。人脈が足りない。ポートフォリオの作り方が分からない。相談できるメンターがいない。実力とは別のところで、仕事に届きにくい壁がある。
企業側も同じだ。信頼できるフルタイムのデザイナーを雇いたいのに、どこで探せばいいか分からない。そこでFirst Layerが、候補者を見つけ、育て、企業へつなぐ役割を担う。
ミゲルはSNSでデザイナーを見つけたあと、品質を確かめるためにIndex96でテスト案件を依頼する。面接の言葉より、実際の仕事で判断する。報酬も通常の仕事と同じように払う。数か月のトレーニングを経て、企業が直接雇える状態にする。企業からは最初の数か月間、育成とマッチングの月額費用を受け取る。
暗号資産が落ちても、Web3は終わらないのか
2022年後半、暗号資産市場は大きく落ちた。Web3への不安も強まった。それでもミゲルは、手応えを失っていない。暗号資産の成功や失敗とは別に、Web3そのものは続くと見ている。
むしろ今の調整は、関わる人が増えすぎる前に学び直す機会だと捉えている。影響を強く受けているのは主に技術業界で、ここから何が悪かったのかを理解し、改善していく段階だという。
苦しい起業家へのメッセージ
最後にミゲルのメッセージは明快だ。
「儲かりそうだから」「誰かがやっているから」という理由で選ぶと、途中で苦しくなる。好きで続けられるものを軸にしたほうがいい。
みんなと同じものを追いかけるほど、目立つのは難しくなる。好きなことを軸にすると、学び続けやすい。経験が積み上がる。やがてそれが仕事になり、成果になる。
ミゲルは「根性」だけで戦う道をやめた。好きな方向へ舵を切った。その結果、デザインの知識と世界中のつながりを武器に、年換算で約9,000万円規模(約60万ドル)の売上につながる組織まで育て上げた。
道を開けたのは、気合ではなく、移動と選択だった。
