長時間労働が当たり前の職場で、将来の生活がこのままでいいのか迷う。やりがいはあるのに、自由が足りない。そんな感覚を抱えながら、エドワード・サウスオールは仕事の外で小さな挑戦を始めた。
週末や夜の時間を使って作ったのは、結婚式のバンドやDJをオンラインで予約できる場所。最初は「趣味に近い一歩」だったが、少しずつ予約が入り、やがて黒字化する。
それから約10年。外部資金ゼロ、フルタイム社員1人という身軽な形のまま、FixTheMusicは年間100万ドル以上(約1.5億円以上)の売上を生むまでになった。何が転機になり、どうやって少人数運営を成立させたのか。
週末の趣味が大きな仕事になった話
ロンドンで企業弁護士として働いていたエドワード・サウスオールは、仕事の外で小さな挑戦を始めた。ヨーロッパ各地で、結婚式のバンドやDJをオンラインで予約できる場所を作ることだった。そのサービス名はFixTheMusic。
音楽が好きだという気持ちと、会社中心の生活への違和感が重なり、エドは夜の時間を使ってサービス作りを進めた。法律の知識を生かしてミュージシャンと契約を結び、結婚式向けの演奏者を少しずつ集めた。すると、数か月のうちに予約が少しずつ入り始めた。
2018年、開始から3年ほどでFixTheMusicは黒字になった。オフィスも外部からの出資もなく、エドと兄、パートタイムの開発者、フリーランスの協力者だけで回していた。
それから約10年。いまでは年間100万ドル以上(約1.5億円以上)の売上を生み、毎月何百もの演奏依頼を成立させている。取引先にはGoogleやFerrari、UNESCO、イギリス軍なども含まれる。外部の資金は一度も入れず、フルタイムの社員は1人だけという、身軽な形で運営している。
成長のカギは、検索で見つけてもらう工夫や、作業を自動化して少人数でも回る仕組み作りだった。さらに、友人と共同創業する難しさや、起業が必ずしも自由を意味しない点など、学びも多かった。
起業よりも音楽が身近だった子ども時代
エドの幼少期は、起業よりも音楽の影響が強かった。ピアノ、チェロ、トランペットを演奏し、2005年には名門の王立音楽大学で作曲を学んだ。初期の作品はロンドンのスタインウェイ・ホールや、ニューヨークのジュリアードなどでも演奏されたことがある。
大学卒業後、エドはより一般的な道として法律の世界へ進んだ。法曹への転換課程や実務課程を優秀な成績で修了し、ロンドンや香港でインフラ、エネルギー、知的財産の案件に関わった。その後2014年末に別の法律事務所へ移った。
ただ、評価の高い仕事であっても、長時間労働と自由度の低さは重くのしかかった。将来を考えたとき、このまま同じ道を10年続けたいとは思えなくなっていった。家庭を持つ人が子どもの入浴時間に間に合うように帰る姿をうらやましく感じることもあった。
一方で、音楽は生活から消えなかった。収入を補うため、結婚式でピアノを弾いたり、5歳の子どもたちのバレエ教室で伴奏したりもしていた。エドが求めていたのは、オフィスよりも音楽に近い場所で働くことだった。
兄弟で始めたFixTheMusic
2015年、エドは兄のアダムとFixTheMusicを立ち上げた。2歳差で育ち、子どもの頃から一緒に何かを作ってきた関係だった。祖母から入場料を取るために、兄の部屋を恐竜博物館に改造したこともあったという。
アダムも音楽の経験が豊富で、ケンブリッジ大学で学び、ヨーロッパ各地でオーケストラや合唱団と演奏してきた。さらに弦楽器奏者向けの小さなネットショップを共同創業した経験もあった。エドが法律や運営を担当し、アダムが演奏者への声かけやサポートを担った。
当初の発想は、宿泊予約サービスのように、ライブ演奏をネットで手軽に予約できる仕組みを作ることだった。
しかし最初の1年の売上は8,000ポンド未満で、ロンドンで数人が生活できるほどではなかった。それでも伸びる可能性は見えていた。
マーケットプレイスに演奏者を集める方法
初期のFixTheMusicは、対象を絞っていた。結婚式、個人のパーティー、企業イベントの3つに集中した。
この分野には分かりやすい需要があった。イベント側は演奏者を探していて、フリーのミュージシャン側は演奏の仕事を探している。さらに、仲介が何重にも入るより、演奏者に直接つながりたいという希望も強かった。小規模な代理店モデルは、時代に合う形へ更新が必要だった。
立ち上げ当初、エドはイギリスの結婚準備コミュニティに入り込み、何時間もやり取りを続けた。地域ごとの結婚準備グループでは、多くのカップルが情報交換しながら式の細部まで決めていた。そこでコメント欄に入り、サービスを紹介し、まだ希望の演奏者がそろっていなくても問い合わせを集めた。
もしサイトにいないタイプの演奏者の依頼が来た場合、今度はフリーのミュージシャンが集まる別のコミュニティを探した。条件に合う人を確認し、プロフィールを作り、予約までの流れに組み込んだ。
このように、先に需要を集めてから供給をそろえる方法が、繰り返し使える型になった。広告費をほとんどかけずに広げられた理由の一つでもある。
その後、手作業の声かけ中心から、検索で見つけてもらう形へ移っていった。2021年の半ばには、「イタリアの結婚式バンド」「フィレンツェのジャズトリオ」のような地域別ページを多数用意し、ブログでも詳しい情報を発信した。これにより、コミュニティでの手作業のやり取りが減っても、新しい相談が入るようになった。
2023年には、活動が安定したプラットフォームを土台に、上位の人気演奏者をより深く運営支援するため、チームを増やして代理店的な役割も強め始めた。
パンデミック期には利益が大きく落ちたが、いまのFixTheMusicはエドと兄、そして少人数の協力者たちの生活を支えられる状態に戻っている。依頼者は初期費用ゼロで利用でき、サービス側は演奏者からの手数料で収益を得る仕組みを保っている。
共同創業者選びと働き方の学び
FixTheMusicの道のりでの大きな失敗として、エドは2つの学びを挙げている。
友人を大人数で集めると進みにくい
初期には、友人たちをたくさん共同創業者のように集め、ゆるく進めようとした時期があった。しかしこれは勧められないという。全員の本気度がそろわないと進みが遅くなり、持ち分の話でもめやすくなるからだ。
うまくいくには、関わる全員が強い覚悟で取り組む必要がある。趣味として扱うのではなく、最初から事業として向き合うことが重要だった。
働きすぎは生活を削る
もう一つは、仕事と生活のバランスの問題だった。最も忙しい時期、エドはほぼ休みなく働き、起きている時間の多くを事業に使っていた。努力が必要な時期は確かにあるが、その分、他の大事なことが犠牲になりやすい。
家庭を持ったことは境界線を引く助けになったものの、これは多くの起業家がぶつかる課題でもある。
またエドは、起業すればすぐ自由になれる、という考えにも疑問を投げかける。特に初期は、自由どころか長時間机に向かう時間が増えやすい。きれいな旅の写真の裏側には、地道で集中した作業があるという見方だった。
売らずに続けるという選択
FixTheMusicは10年間利益を出し続けているが、エドは急いで事業を売るつもりはない。外部資金なしで、少人数で運営できる形を保ち、検索と自動化を武器に着実に伸ばしてきたからだ。週末の趣味に近い動きから始まり、音楽の仕事を増やしたい演奏者と、イベントを成功させたい依頼者をつなぐ大きな場へ変わっていった。
