会社で働きながら、「この買い方で本当にいいのだろうか」と感じ続けていた。社員に配る会社ロゴ入りグッズの購買体験が、いまの感覚とあまりにズレていたからだ。
ネット通販のように、見やすくて比べやすくて、すぐ買える。そんな当たり前が、なぜか法人ギフトだけ止まっている。停滞した仕組みの中で生まれるモヤモヤは、仕事の不安にもつながっていく。
その違和感を起点に、彼女はひとりでスタートアップを立ち上げた。外部資金に頼らず、ガレージから始めて、やがて2022年時点で93人のチームへ。法人ギフトの「体験」を変える挑戦が動き出す。
気持ちのこもったギフトは、仕事の景色を変える
会社で働いていたミリー・タデワルドは、ずっとモヤモヤしていた。
社員に配るための「会社ロゴ入りグッズ」を買う仕事が、今の買い物の感覚とあまりにズレていたからだ。
担当になるのは、人事やマーケティングの20代〜30代の女性が多い。なのに購買体験は、昔のままだった。スーツ姿の営業がスーツケースを抱えてやって来て、パーカーの見本を机に広げる。試着はできない。持ち帰りもできない。発注は紙っぽい手続きが多い。営業が親切でも、仕組みが遅れていた。
ネット通販なら、見やすくて、比べやすくて、すぐ買える。なのに「法人ギフト」だけ、時間が止まっている。ミリーはそこに、仕事のチャンスがあると感じた。
こうしてミリーは、法人向けギフトのスタートアップ「Brilliant」を立ち上げる。目標はシンプルだ。送る側にも、受け取る側にも、「世界で一番よいギフト体験」を届けること。
遠回りが、武器になった
ミリーは少し変わった経歴を持っている。
大学ではデザインを学び、卒業後はウェブ制作の会社を立ち上げた。サイトを作り、データベースを使い、仕組みで仕事を回す。けれど同じようなサイトを何度も作るうちに、だんだん飽きていった。
そこで今度は法律の世界に飛び込む。名門の大学院を出て、試験にも合格した。だが、法律の仕事では、大事な意思決定に関われない場面が多いと感じた。自分で舵を切れない仕事は選ばなかった。
その後はコンサルティング会社に入り、2010年にはシカゴの会社で新規事業部門の責任者になる。限られた予算で結果を出すやり方、いわゆるブートストラップの考え方をここで体に入れた。
プログラミングも独学で身につけていた。ミリーは「タイプ2の楽しさ」が自分の強みだと言う。やっている最中はしんどい。でも終わったあと、あれは楽しかったと思える。しかもミリーは、ときどきその“しんどい最中”すら面白がれた。だからコードを書く作業にもハマった。
資金調達で味わった苦さ
起業の世界を近くで見ていると、キラキラした話ばかりではない。
ミリー自身も、資金調達で厳しい経験をした。育てていた通販型のスタイリング事業は、月の売上が大きくても評価されなかった。理由は「株主構成が複雑」だという、やや理不尽な疑いだった。
条件の悪い提案を出されたり、「創業者は入れ替えられる」と言われたりもした。やっと支援者が決まっても、契約直後に撤退される。そんなことも起きた。
その後、ミリーは投資家とスタートアップをつなぐ仕事に移る。多くの起業家と話すうちに、外部資金に強く頼ると、結果が両極端になりやすいと実感していく。うまくいけば一気に伸びる。だが、失うものも大きい。
だからこそ、次は自分で「納得できる形」で事業を作ろうと決めた。
法人ギフトの問題は、モノではなく体験だった
ミリーが見ていた問題は、単に発注が古いことだけではない。
もっと根っこにあるのは、「ギフトの考え方」が抜け落ちていることだった。
気持ちが伝わらないプレゼントは、印象に残らない。たとえば「約7,500円($50)のギフトカードを送った」という味気ないメールだけでは、人の心は動きにくい。
ギフトは、社員向けのマグカップやパーカーだけではない。採用したい相手に送ることもできる。営業で契約を取りたいときにも使える。連絡したい見込み客がいるなら、電話をかける前にギフトを送る手もある。
人は好意を受けると返したくなる。相手がギフトを気に入れば、提案を聞く気持ちになったり、少なくとも話す時間を作ったりしやすくなる。ギフトは「ただの物」ではなく、関係を動かすスイッチになり得る。
2015年、ひとりで始めた
2015年、ミリーは仕事を辞めてBrilliantを始める。
外部資金は入れない。まずは利益が出る形を狙う。サービス型の事業は売上が立ちやすい。そこも計算に入っていた。
ミリーは一人で何でもやった。デザイン、営業、開発、会計、提案資料づくり。サイトも自分で作り、仕入れ先を探し、メールで営業を始めた。
最初は幅広い業界に連絡した。だが手応えがあったのは、社員数200人〜5,000人ほどの法人向けソフトウェア企業だった。こうした会社は取引が長く続きやすい。ギフトに使ったお金が、採用や定着、営業の成果として返ってきやすいからだ。
そして、成長の最初の火種になったのは、意外なほど地味な行動だった。
「連絡が来たら、必ず電話に出る」
メール署名に電話番号を入れていたら、大手企業の責任者が本当に電話をかけてきた。その場で顧客になった例もある。決め手は、内容よりも「電話に出たこと」だった。
こうしたつながりは、その後も効いた。担当者が転職しても、新しい職場でまた取引が始まる。元の会社との取引も続く。Brilliantは既存顧客からの売上が伸びる指標でも、高い水準を保った。
ガレージから始まり、倉庫を持つ覚悟へ
事業を始めて9か月ほどで、取引先、仕入れ先、配送会社からの連絡が増えた。ひとりでは回らない。そこで初めて採用する。
最初に欲しかったのは、ギフトの選定、デザイン、進行管理をまとめて担える相棒だった。画像編集ソフトが使えて、表計算もできて、販売の感覚もあって、簡易システムも触れる。そんな人材はめったにいない。ミリーはその役割を「ユニコーン」と呼んだ。
採用は簡単ではなかった。デザイナーを採ったからといって、提案力や販売力があるとは限らない。トレンドに合わせて変化できるかも重要だった。合わない場合は、早めに契約を終えることもあった。
あるときは、とても創造的な人が初日に退職を申し出た。やりたかったのはデザイン中心で、進行管理の比重が大きい仕事は合わなかったらしい。ただその1日で、社内チャット用のスタンプを作っていった。それは後に、チームで長く使われることになる。
しばらくは少人数のリモート体制で、梱包作業は自宅のガレージで回した。だが近所から「軽い工場みたいだ」と苦情が出て、続けられなくなる。
外部倉庫も探した。けれどミリーの基準を満たす場所が見つからなかった。
ギフトは、箱を開けた瞬間が勝負になる。受け取った瞬間の印象が、感情を動かし、次の行動につながる。無機質な袋にバーコードを貼っただけでは、狙いが外れる。
だからミリーは、利益を使って自社倉庫を開く決断をする。
本当は、設備を持たない軽い運営を目指していた。だが現実は、倉庫と機材を持つ重い構造になった。それでも、競合が「ソフトウェア企業っぽさ」を優先してモノや倉庫を避ける中で、Brilliantはサービスと物流の両方を握り、堅実に積み上げる道を選んだ。
配る仕組みも、テクノロジーで作った
Brilliantは「ギフトを選んで送る」だけの会社ではない。企業が自分たちで配布を進められるソフトウェアも用意した。
企業向けのオンラインストアを作れる。社内通貨のような仕組み、ギフトカード、プロモーションコードなど、法人特有の機能にも対応する。
住所が分からない相手にも送れる。メールで住所入力を依頼し、管理画面で開封率やクリック率などの反応も見られる。
営業管理システムとつなげれば、営業担当が見込み客の状況に合わせてギフトを送れる。人事系システムとも連携でき、新入社員向けセットや社内ギフトを簡単に送れる。
外部資金より先に、手元の武器を増やす
Brilliantは法人向けソフトウェア企業を主要顧客として安定していた。だが2022年、投資環境が変わる。特定業界だけに寄りかかるのは危うくなった。
そこで金融、法律事務所、宿泊業などにも広げた。一定規模の社員数がいて、やる気や定着を大事にする経営陣がいる会社と相性がよかった。
ミリーは、投資家の資金に目を奪われず、事業の理想を売り渡さなかったことを誇りにしている。外部資金が悪だとは思わない。だが受け入れるなら、何を失い、何を得るのかを理解しなければならない。
資金調達で会社の一部を手放し、新しい上司が増えることを、当たり前のように祝う文化にも疑問を持っている。
大きな目標に向かって一気に伸ばすなら、投資が合う場面もある。だが全員にとって正解ではない。これから5年、10年をどう過ごしたいのか。そこまで考えて決めるべきだ。
自己資金と利益で育てるブートストラップを続けたことで、Brilliantは交渉で強い立場を持てるようになった。将来もし資金調達を選ぶとしても、自分たちに合う条件を選びやすい。
外部資金に頼らない道もある。その選択肢は、もっと知られていい。ミリーはそう考えている。
そして今、ガレージから始まったBrilliantは、2022年時点で93人のチームになった。大手スタートアップのギフト企画も数多く手がける。
きっかけは、たったひとつの違和感だった。
「なぜ、法人ギフトだけ、こんなに不便なんだろう」
その疑問を、ミリーは事業に変えた。気持ちが伝わる体験を、仕組みとして届けるために。
