突然の解雇は、積み上げてきたキャリアの足場を一気に崩す。次の仕事は見つかるのか。これまでの経験は、どこで生きるのか。そんな不安の中で立ち止まってしまう人も少なくない。
2020年の終わり、51歳だったマルコス・ゴルゴホも同じ状況に立たされた。けれど彼は、退職金を元手に「探す」より「作る」道を選ぶ。教育者と企業が、もっと自然に出会える仕組みを。
最初は1対1の支援から。やがてプラットフォームへと形を変え、2021年10月にThe Faculty Clubを公開するまでに至る。1人起業の壁と向き合いながら、彼が何を積み上げていったのか。
何歳からでも、業界は変えられる
2020年の終わり。マルコス・ゴルゴホは突然、会社を解雇された。本人だけじゃない。会社全体で多くの人が職を失った。
普通なら落ち込んでもおかしくない。だがマルコスは、退職金を握りしめて別の道を選んだ。
「ここで終わりにするより、次を作ろう」
ねらったのは、社会人が学ぶための教育の世界だった。もっと言えば、企業研修や人材育成のやり方そのものを変えることだった。
当時51歳。頭をよぎったのは年齢のことだ。今から起業なんて遅すぎるのではないか。そんな迷いもあった。それでもマルコスは、仕事のオファーを2つ断って、計画を進めた。
背中を押したのは、昔の取引先や教育者たちから届く相談だった。「これから誰に相談すればいい?」という声が増えていく。マルコスの中で、ただ働き口を探すよりも「この業界に必要な変化を起こしたい」という気持ちが強くなっていった。
教育者と企業が、直接つながれる場所を作る
解雇されたあと、マルコスは何人もの教育者を個別に支援していた。オンライン授業への切り替えを手伝ったり、授業の組み立て方を一緒に考えたりした。
だが、1対1の支援には限界がある。時間が足りない。助けたい人は増えるのに、届けられる範囲が広がらない。
「この支援を、もっと多くの人に届ける形にできないか」
そこでマルコスは、仕組みそのものを作ることを考え始めた。
好きな仕事でも、安心は買えない
マルコスは1990年代にビジネススクールでMBAを取り、父の背中を追うようにキャリアを積んだ。最初から起業したわけではない。イタリアで管理職として働き、その後スペインに戻って母校でも仕事をした。
国際プログラムの運営に関わり、世界各地を飛び回って学びの場を作ってきた。2014年からは別の組織に移り、教育者が企業向け研修を作れるよう支援する役目を担った。
教育者の募集、受け入れ、配置、評価。仕事は幅広い。企業と教育者の間に立ち、両方の事情を調整する存在だった。
だからこそ、感染症の流行で会社の体制が変わり、解雇されたときの衝撃は大きかった。積み上げてきた経験を、どこでどう生かせばいいのか。答えが見えなくなる。
そんなとき、教育者たちから連絡が来た。「これから誰が相談に乗ってくれる?」と不安をぶつけてくる人もいた。マルコスは手を止めなかった。支援を続けるうちに、「これを事業にしてほしい」という声が集まっていった。
まずは小さく始め、形を変えていった
スペインではサービス提供の前に会社登録が必要になる。そこで2021年2月、The Faculty Clubはまず個別コーチングとして動き出した。教育者に1対1で支援を届ける形だ。
当初は、教育者が年額の定額料金を払い、社会人教育の業界で働くための知識や進め方を学べるサービスだった。ところが登録者が増えるにつれ、要望が変わっていった。
「企業ともつないでほしい」
マルコスは気づいた。教育者が学ぶだけでは足りない。仕事に出会えなければ、前に進めない。しかもこの世界では、間に入る大きな組織が強く、企業と教育者の距離が遠くなりやすい。企業の情報が教育者に十分届かないこともある。
だったら、企業と教育者が直接話し、合意し、進められる場所が必要だ。
決定打は、一本の相談だった
2021年3月。以前の取引先から連絡が入った。
「教育者を紹介してほしい。研修プログラムを作って提案まで進めたい」
マルコスが企業と教育者を結びつける中で、はっきりしたことがある。両者が直接やりとりできる場には、強い価値がある。
そこで2021年7月、コーチングの収益と退職金を投じて、サービスを本格的なプラットフォームへ作り変えた。そして2021年10月、The Faculty Clubを公開した。
51歳の1人起業でぶつかった壁
教育者は集まりつつあった。だが企業が増えなければ、市場は回らない。必要になったのは営業とマーケティングだった。
マルコスのこれまでの中心は運営だった。営業は別の担当がやることが多かった。だが1人で起業すると、逃げられない。全部、自分でやるしかない。
マルコスは営業の本を読み、経験者に電話の進め方や初めての連絡文の書き方を聞いた。SNSでの発信も始めた。
それでも現実は厳しい。サイトに来た人がすぐ帰ってしまう。興味は持たれても、信頼まで届かない。
そこでマルコスは、別の答えにたどり着く。
「役に立つ情報を出し続けないと、信頼は生まれない」
写真や動画だけではなく、検索で見つかる記事を増やす。人が疑問に思うことに答える内容を用意する。同じ質問が何度も来るなら、その答えを記事にして残す。会話から素材を拾い、必要な情報を積み上げていった。
ただ、この遅れは収入に直結した。最初の半年は自分の給料をほとんど出せず、家計が苦しい時期が続いた。
少しずつ仕組み化し、前に進んだ
改善は止めなかった。2022年7月ごろからは顧客管理の仕組みを取り入れ、連絡や日程調整などを自動化した。
1通ずつ手作業で送るのではなく、計画的に企業へアプローチできるようになる。その分、記事やニュースレター作りに時間を回せた。少しずつ依頼が増え、流れが変わっていった。
年齢よりも、始めることが大事
マルコスは、50歳を超えてからでも前向きに起業できると感じている。若い方が学ぶスピードが速い、と言われることはある。だが本当に大事なのは、自分を止めないことだと考えた。
起業家の平均年齢は思われているより高い、という調査結果も知った。若い起業家は目立つ。だが実際は40代半ばで始める人も多い。成功する起業家の年齢の目安が50歳前後という話もあり、マルコスは驚いたという。
さらにマルコスはこう考える。経験年数が長いことより、同じ経験をただ繰り返していないかが重要だ。業界にもっと価値を足せると思ったなら、先延ばしにせず作り始めるべきだ。
これからの成長に向けて
The Faculty Clubの公開から1年。マルコスは、教育者と企業が出会える場を作れた手応えを感じている。
ただ、業界の仕組みをもっと開かれたものにするには、さらに成長が必要になる。人を雇い、作業を自動化し、規模を広げる準備が欠かせない。
売上目標も上方修正した。一定のラインを超えたことで、次はもっと大きな成長を目指す段階に入った。
今は、顧客との会話、記事作成、営業など、多くが手作業で時間を取られる。そこを仕組み化し、教育者の支援により多くの時間を使いたい。
発信を専門にする担当者を迎えることも考えている。利用開始時の説明を動画で用意する案もある。さらに、データをもとに相性のよい組み合わせを提案できれば、マルコスが1人ずつ推薦しなくても、マッチングが進む。
起業でいちばん高い壁は、始めることだと言われる。マルコスは経験不足を理由に止まらず、業界を良くするための場を形にした。年齢に関係なく、必要だと思う変化を作りにいく。その姿勢が、この物語のいちばんの核になる。
