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Story 再起業SaaSユーザーヒアリングプロダクト改善

「どれだけ高く飛んでも、急に落ちることはある」30人フルリモートで年商4.5億円まで伸ばし、数億円で手放した決断

9 min read2026年2月18日
「どれだけ高く飛んでも、急に落ちることはある」30人フルリモートで年商4.5億円まで伸ばし、数億円で手放した決断

ビジネス概要

事業タイプSaaS
概要短期レンタル運営者が複数予約サイトの在庫・料金を同期し、二重予約を防ぐ予約管理サービス。
ターゲット短期レンタル物件を運営し、複数の予約サイトに掲載するホスト/運営事業者(法人)
規模感年間約4億ドル規模の予約処理を支える
主な打ち手外部の大きな資金を入れずに顧客と毎日話して要望を即反映しつつ、Airbnbとの正式連携を粘り強く獲得した。
フェーズ売却後

一度、起業に挑んで静かに終わらせた経験がある。資金調達の重さや、思うように舵を切れないもどかしさも知っている。だからこそ次は、「続けられる形」を選びたかった。

そんなヴィニー・ブレスリンが育てたのが、短期レンタル向けの予約管理サービス「Uplisting」だ。社員30人のフルリモート体制で伸び、年間約4億ドル規模の予約処理を支えるまでになった。それでも彼は、ある瞬間に売却を決断する。

買い手は現金一括。金額は数百万ドル規模(数億円規模)だった。外から見れば順風満帆の成功に見えるが、そこには「勝てる形で終わらせる」ための、過去の失敗からの学びがあった。

絶好調の会社を、なぜ売ったのか

ヴィニー・ブレスリンはアイルランド出身の起業家だ。「人生のチャンスは、見えたらつかみにいく」。そんなタイプとして知られている。

数か月前、ヴィニーは自分の力で育ててきた短期レンタル向けの予約管理サービス「Uplisting」を売った。買い手は現金一括で、金額は数百万ドル規模(数億円規模)。迷いに迷って手放した、というより、条件がそろった瞬間に決断した。

外から見れば、売却は分かりやすい成功に見える。だがUplistingはすでに強かった。年間およそ約600億円規模(約4億ドル)分の予約処理を支え、社員30人は全員フルリモート。資金力のある競合がひしめく中でも、Airbnbの推奨ソフト提供企業の一つに入っていた。

それでも売った理由は単純な「お金」だけではない。ヴィニーは一度、会社を失敗させている。どれだけ高く飛んでも、急に落ちることはある。その感覚を知っているからこそ、勝てる形で終わらせる判断ができた。

起業心の原点は母親

ヴィニーが「起業家」と聞いて思い浮かべるのは、母シアンだ。

シアンは教師をしながら、空いた時間にツイードの服を縫い、地元の店で売っていた。さらに近所の女性たちに裁縫を教え、ときには専門家を呼んで講座まで開いた。教えるのがうまい。人を集めて、場を作れる。その力が、のちの母子の挑戦の土台になる。

ヴィニーの子ども時代は、インターネットが広がる前から、急に当たり前になる時代への切り替わりと重なった。アイルランドの田舎にいても、10歳ごろには都会の子どもと同じ情報に触れられる。世界が一気に近づいた感覚があった。

13歳のとき、ヴィニーは観光客向けの宝探しゲーム「Treasure Ireland」を作って売った。観光案内所で約30人に販売し、若い起業家向けの大会で賞も取った。賞金で初めての自分のパソコンを買った。

そこから趣味はウェブ制作になった。最初はぎこちない出来でも、「どうしたら使いやすいか」を考えるようになる。この感覚が後で効いてくる。

堅実な進路と、くすぶる思い

2005年、ヴィニーはウェールズのカーディフ大学で土木工学を学んだ。ITバブル崩壊のあとで、同世代の多くがネットやプログラミングから距離を取っていた時期でもある。だからヴィニーも、いったん堅実な道を選んだ。

卒業後のアイルランドは好景気だった。投資が集まり、ダブリンはどんどん大きくなる。ヴィニーは土木エンジニアとして仕事を得た。

ただ、気持ちは満たされなかった。大きなプロジェクトの一部だけを担当し、完成まで何年もかかる。問題を解くのは好きでも、「最初から最後まで自分の手で形にしたい」という思いが強くなった。

2010年、ヴィニーはエンジニア職を離れ、ロンドンでデザインの仕事に移った。プロジェクト管理の経験を買われ、プロダクトをまとめる役も担った。ソーホーのデザイン会社ではBBCなど大きな案件にも関わった。

それでも、他人の仕事を回すだけでは足りない。「自分のものを作りたい」。その気持ちが消えなかった。そこで、起業の手本だった母と一緒にやることになる。

母子で挑んだ最初のスタートアップと学び

ヴィニーが大学に行ったころ、両親は16部屋のゲストハウスを買っていた。そこでシアンは、近所の母親たち向けに教室を開き、安くて健康的な料理を教えた。評判になった。

ヴィニーは思った。「これ、もっと広げられる」。2012年、母と組んで「Sian’s Plan」を立ち上げた。電話をかけ、ピッチ大会に出て、投資家に会いに行く。結果、ベンチャーキャピタルから約7,500万円(約50万ドル)を集めることができた。

だが資金調達の世界は、ヴィニーに合わなかった。実績のない起業家が、「投資する価値がある」と証明し続けないといけない。精神的にきつい。

さらに、お金を入れてもらうと、自由が減る。方向転換のたびに取締役会の承認が必要になり、動きが遅くなる。Sian’s Planは約1万人の顧客を獲得し、大手小売とも組めた。それでも、社内にエンジニアを雇えるほどの利益が出なかった。改善したいのに、スピードが出ない。事業は止まっていった。

このときヴィニーは学んだ。うまくいっていない事業を延命するために、時間とお金を燃やすのは危険だ。続けられる形の事業を最初から作らないといけない。

2015年、約3年半の挑戦の末、Sian’s Planは静かに終わった。悔しさは残ったが、終わり方は次の始まりにもなった。

Airbnb周辺で見つけた「困りごと」

CEO経験は履歴書では強い。ヴィニーはロンドンで、Airbnbの競合サービス企業の責任者になった。

そこで、現場の不満が目に入る。「宿の空き状況や料金の更新が追いつかない」。これが大きかった。

宿のオーナーはAirbnbに集中しすぎて、他の予約サイトの更新が遅れる。複数サイトで必死に管理しても、あるサイトで予約が入っても、別のサイトのカレンダーは自動で埋まらない。すると同じ日に二重予約が起きる。二重予約は信頼もお金も失う。

この穴を埋める仕事がある。ヴィニーの頭の中で、次の事業の形が固まっていった。

Uplistingの立ち上げと、資金を入れない選択

2017年、ヴィニーはアイルランドで結婚式を挙げた。そこに以前の同僚2人を招いた。2人は技術側を担う共同創業者になる人物だった。3人は二重予約の問題を解決するためにUplistingを始めた。

3人は毎日のように連絡を取り合ったが、次に直接会うまで6年かかった。最初から遠隔で回すチームだった。

ヴィニーは前の失敗を思い出していた。だから、外部から大きなお金を入れないと決めた。のちに顧客などから少額の資金は得たが、主導権を手放す形ではない。最初の2年間は別の仕事も続け、生活費を確保しながら、無理なく進めた。

開発は技術共同創業者が中心で、大人数の開発者を抱える必要がなかった。そして一番大事にしたのは、予想で作らないこと。毎日顧客と話し、困りごとを聞き、すぐ直す。地味だが強い進め方だった。

自分の資金で回す会社では、何を作るにも「それは利益につながるか」が必ず問われる。ヴィニーはそれを、窮屈ではなく、判断の質を上げる仕組みだと捉えた。

大手との連携獲得までの苦労

顧客を見つけるのはそれほど難しくなかった。業界全体が、予約情報を同期する仕組みを求めていたからだ。

ただし、大手予約サイトとの連携は別だった。特にAirbnbとの連携は不安定な時期が長かった。Airbnb側の仕様が更新されるたびに、Uplistingは変更点を探して互換性を保たないといけない。深夜まで対応することも多かった。

それでも粘り強く連絡を重ね、数年かけて正式な連携を獲得し、推奨提供企業の一つにもなった。資金力のある競合が多い中で勝てたのは、顧客の声を聞く姿勢を捨てなかったからだ。

2023年末の時点で、Uplistingは顧客1,500社、年間の定期売上は約4億5,000万円(約300万ドル)に達していた。母シアンも実際に使い、使いやすいと評価していた。遠回りに見えた道が、ここで強さになっていた。

そしてこのころから、買収の提案が本格的に増えていく。

「安売りしない」交渉と、売却の決断

2023年、ヴィニーと共同創業者2人はスロベニア旅行で久しぶりに顔を合わせた。話題の中心は、魅力的な買収提案だった。

Uplistingの売上が伸びるほど、「投資したい」「買いたい」という連絡が増えた。以前は資金を探して走り回っていたのに、今度は向こうから話が来る。立場が逆になっていた。

ただしヴィニーは決めていた。安い金額では売らない。急成長分野で価値が高い以上、定期売上に見合う評価が必要だ。安い提案の多くは断った。

転機は、投資ファンドの担当者を通じて、短期レンタル市場のデータ分析企業AirDNAから話が来たときだ。AirDNAは物件データを大量に扱い、業界の中心に近い存在だった。

ヴィニーが魅力を感じた理由は二つある。まず評価額が十分だったこと。次に、AirDNAのネットワークを使えば、Uplistingの弱点だった新規顧客の獲得が一気に進む可能性があったことだ。さらに、AirDNAは関連データも多く持っていた。Uplisting単体より、大きく育つ絵が見えた。

価格と将来性、そして社員の見通し。この三つがそろい、合意は早かった。気持ちの面では大きな出来事でも、引き渡し自体に迷いは少なかった。ただ、代金が口座に入るまで、現実感はなかったともいう。

財務アドバイザーの力を借りて書類を整え、買収側の調査を乗り越え、2023年の感謝祭の時期に売却は完了した。会社を作った時点で売却を狙っていたわけではない。それでも株主構成を共同創業者中心に保っていたから、引き継ぎは進めやすかった。

今のヴィニーは休みながら、次に何をするかを考えている。

ほかの創業者への助言

ヴィニーが強く言うのは、「スタートアップの熱狂に飲み込まれるな」ということだ。

世の中で目立つのは、巨額の資金調達や派手なニュースばかりだ。だが、利益を出しながら着実に伸びる会社は目立たない。そこに引っぱられて「資金調達すること」が目的になる。ヴィニーの最初の失敗はそれだった。

最初から外部の大きな資金を入れると、「まず続けられる形を作る」という選択肢が消えることがある。さらに、極端に大きな売却を最初から狙わないと成り立たない状況にもなりやすい。人生でもビジネスでも、その判断が将来の選択肢を減らさないかを考えろ。ヴィニーはそう見ている。

そして挑戦は終わっていない。スタートアップは学びが大きい。もう一度、最初からやり直したい気持ちがある。共同創業者たちも、次に何を作るかを話すのを楽しみにしている。