部品がどこにあるか分からない。いつ届くか読めない。在庫の数も、気づけばズレている。
サプライチェーンが複雑になるほど、現場は「見えない不安」に追い込まれていく。それでも中小企業やハードウェア系スタートアップには、高価な管理ソフトを導入する余裕がない。だから表計算ソフトで、なんとか回すしかなかった。
その停滞を変えようとしたのがOmnicsだ。手の届く価格で物流とサプライチェーン管理を提供し、13人の小さなチームながら年間の継続売上は約9,000万円(60万ドル)規模に達している。「大企業だけの武器」だった見える化を、どうやって現場へ持ち込んだのか。
大企業だけが持てる「見える化」の武器
iPhoneのような製品は、1社だけで作られていない。韓国、中国、台湾、ドイツ、日本、インド——さまざまな国で製造された部品が集まり、1つの製品になる。
この「材料や部品が流れる道のり」全体をサプライチェーンと呼ぶ。
サプライチェーンが複雑になるほど、「どの部品がどこにあるか」「いつ届くか」「在庫はあとどれだけか」を正確に把握することが難しくなる。これを誤ると、製造が止まったり、納期が遅れたりする。
大企業は高機能な管理ソフトを導入できる。しかし中小企業やハードウェア系スタートアップには、その予算がない。だから多くの会社が、表計算ソフトで必死に管理してきた。
その壁を壊そうとしたのが、アキル・オルティカールとマトベイ・カザコフのチームだ。手の届く価格でサプライチェーンと物流を管理できるソフト、それがOmnicsである。
12年以上の現場で見た「もったいない現実」
アキルは世界的な電子機器サプライヤーで12年以上働き、グローバル企業のサプライチェーン管理を担ってきた。Appleのような巨大企業が部品の流れをどう管理しているか、その仕組みを間近で見てきた。
同時に、別の現実も目に入った。規模の小さい会社でも製品づくりはどんどん複雑になっているのに、管理ソフトにお金をかけられない。結果として、出荷や在庫の管理を表計算ソフトでまかなっている。
表計算ソフトは便利だが、現場での運用はつらい。手作業が多いため入力ミスが起きる。ファイルが増えて情報が散らばる。誰かが更新し忘れた瞬間に、全体の状況が把握できなくなる。
「このままでは、良い製品を作れる会社でも、物流の混乱で負けてしまう」
そう感じるようになったことが、Omnicsの出発点になった。
出会いは大企業の中、決意は外で
アキルは2001年、フィンランドのスタートアップRemix Oyの北米拠点立ち上げをニューヨークで手伝っていた。同年、Remix OyはFlextronics(現Flex)に買収され、アキルはそのまま大企業でサプライチェーンの仕事を続けることになった。
Flexではプロダクトマネージャーからシニアディレクターまでを経験し、Blackberry、LG、Huawei、HTC、Googleなどのサプライチェーン改善にも携わった。
そこで出会ったのが、のちに共同創業者となるマトベイだ。マトベイは研究開発の責任者も務めていた。
2人は同じ結論にたどり着いていた。
「大企業向けの仕組みは高すぎるし複雑すぎる。中小企業には時間も人も足りない。だから表計算ソフトに頼るしかない」
起業を決めたアキルは、過去に一緒に働いたプログラマーやデザイナーに声をかけた。長年の信頼関係があったからこそ、新たな挑戦にも仲間が集まった。
製品がないのに、顧客が集まった
Omnicsの面白い点は、最初から完成した試作品を持って営業したわけではないことだ。
アキルとマトベイはまず、業界の知人にこう問いかけた。
「中小企業でも使える、手頃なサプライチェーン管理ソフトを作る。もしあったら使いたいか」
2人には実績があり、業界での信頼もあった。製品がまだない段階でも、「この2人なら作れる」と信じる企業が現れた。
こうして、作る前に需要を確かめ、最初の顧客の輪郭をつかんでいった。
バラバラな情報を、1つの景色に戻す
サプライチェーンは、身の回りのほぼすべてに関わっている。ヘッドホンも、パソコンも、コーヒーも、材料が動く流れがある。企業はその流れを計画し、何をどれだけ発注し、在庫をどこに置くかを素早く判断しなければならない。
ところが現場では、情報が分断されやすい。工場、倉庫、配送業者がそれぞれ別の仕組みで動き、データがつながらず、全体像が見えなくなる。
この状態はサイロ化と呼ばれる。サイロは穀物を入れる筒のことで、中は外から見えない。会社の情報も同様に、部門ごとに閉じると全体が見えなくなる。
Omnicsが狙ったのは、この分断を減らし、全体を見渡せるようにすること。シンプルで手頃、かつ必要に応じて組み合わせられる設計にした。
Omnicsが現場でやること
Omnicsはサプライチェーンの各所とつながり、状況をまとめて把握できるようにする。工場や倉庫、配送の最終区間を担う事業者とも連携し、ERPのような基幹システムとも接続して、取引データと物流の問題を一元的に扱えるようにする。
たとえば、ある倉庫で特定の部品が在庫切れになりそうだと分かったとする。Omnicsは次の手を考える材料を提示する。
航空便で急送するか。別の倉庫から移すか。どの方法なら需要に間に合う可能性が高いか。
需要予測、在庫の確保、保管場所の最適化にも活用できる。物流が乱れやすい時代だからこそ、トラブルを想定しながら計画を立てることが重要になる。
価格を抑えるためのビジネス設計
Omnicsの収益は主に2つだ。
1つ目は導入時の基本料金。企業ごとに既存のシステムやデータを連携させる作業が必要になる。
2つ目は導入後の月額利用料。
導入は簡単ではなく、裏側の仕組みとデータを結びつけるため、6〜8週間かかることもある。ただ、この導入費はスタートアップにとって大きな売上になりやすい。稼働が始まれば、月額課金が積み上がっていく。
レゴみたいに、必要な分だけ足す
Omnicsは、必要な機能を積み木のように追加できる考え方で設計されている。最初は一部の機能だけ使い、価値を感じた顧客が次の機能を追加する。そういう段階的な成長を想定している。
ただし、何でもできる万能ツールを目指しているわけではない。顧客から依頼があっても、目的に合わない機能であれば別の解決策を勧めることもある。
ソフトは目的ではなく、目的を達成するための手段。そこをぶらさないのが、チームの一貫した姿勢だ。
少人数で、ゆっくりでも強く伸ばす
Omnicsは13人のチームで運営され、年間の継続売上は約9,000万円(60万ドル)規模に達した。創業以来の平均成長率は年82%ほどで、2021年には特に大きく伸びた。
顧客数を無理に増やして急成長を狙うより、安定して価値を出し続ける方針を取っている。派手さより、現場で役に立つことを優先した結果だ。
次の世代を育てる採用のやり方
採用面でも工夫がある。地元の大学と連携してインターン制度を設け、学生が現場で経験を積めるようにした。仕事や文化が合えば、そのまま正社員になる道も用意している。
大学の教授が学生を紹介することもある。学びの場と企業の現場がつながることで、チームに新しい力が加わっていく。
創業者が自分に言い聞かせたルール
アキルが強調するのは、問題解決を中心に考えることだ。
存在しない問題の解決策を作っても意味がない。現場にある本当の困りごとから始めるべきだ。
スタートアップは日々の作業に追われ、目的や使命を見失いやすい。だからときどき立ち止まり、「何のためにやっているのか」を確認することが必要になる。
そして、市場の変化に合わせて動ける体制を作ること。感染症の流行のような大きな変化が起きても、柔軟に対応できる会社は生き残りやすい。
見落とされていた「間の市場」をつかんだ
アキルの強みは、大企業の現場で積んだ経験にある。その経験があったからこそ、他の人には見えにくい市場が見えた。
最高レベルの仕組みを買う予算はない。でも表計算ソフトでは限界が来ている。そんな会社が増えている。
大企業向けと小規模向けの間に位置する層。そこに焦点を当てたことで、手頃な価格設定と競合の少なさを同時に実現しやすくなった。
Omnicsは、その「間」のニーズをすくい上げ、現場の混乱を整える道具として育っていった。
