頑張っているのに、前に進んでいる気がしない。始めたばかりの頃のワクワクが薄れて、「このまま続けて意味があるのか」と迷いが差し込む。そんな瞬間は、誰にでもある。
アルゼンチン出身のフェルナンド・ペッサーニョも同じだった。仕事を続けるうちに情熱が消えかけていくなかで、週末の小さな趣味プロジェクトとして「誰でも簡単に履歴書を作れる場所」を作り始めた。
やがてそのシンプルさが広がり、いまでは月に約1万5000件の履歴書がダウンロードされ、年間の継続収益は約350万円規模(約2万4000ドル)に。課金までに2年かけた試行錯誤と、流れを変えた小さな工夫とは何だったのか。
やる気が消えかけたとき、小さな情熱が助けに来た
新しいことを始めたばかりの頃は、だれでもワクワクする。できることが無限にあるように見えて、問題さえ冒険みたいに感じる。
でも時間がたつと、理想は現実にぶつかる。がんばっているのに、前に進んでいる気がしない。「長いマラソンの、たった一歩」みたいに思えてくる。そこで選ぶことになる。やめるか。続け方を変えるか。
アルゼンチン出身のフェルナンド・ペッサーニョは、だれでも簡単に履歴書を作れるオンラインサービスを作った。最初から起業のつもりだったわけではない。薄れていたデザインへの気持ちを取り戻すための、趣味のプロジェクトだった。
ところが、その「シンプルさ」と「無料でちゃんと使えること」が、多くの人に刺さった。サービスは予想以上の速さで広がっていく。
いまでは、月に約1万5000件の履歴書がダウンロードされ、年間の継続収益は約350万円規模(約2万4000ドル)になった。ただし、最初から課金していたわけではない。収益化を決めるまでに2年かかった。その間に寄付ボタンで手応えを確かめたり、伝え方を変えるだけで大きな流れを作ったりして、少しずつ道を切り開いていった。
ネットに夢中だった少年と、熱が冷めた大人
フェルナンドがインターネットに強くひかれたのは13歳のときだった。友だちとゲームをする代わりに、小さなウェブサイトを作って遊んでいた。無料ホームページサービスで「ドラゴンボール」のページを作ったこともある。
「かっこいいから」という理由だけで、何時間でも作れた。世界中のだれかに届くかもしれない。その感覚が魔法みたいだった。
そのままウェブデザインが好きになり、若い頃はアルゼンチンでフリーランスのUXデザイナーとして働いた。でも中小企業向けの仕事を10年ほど続けるうちに、だんだん情熱が薄れていった。子どもの頃みたいに、純粋に楽しめる個人プロジェクトが必要になった。
作りたいものの条件ははっきりしていた。シンプルで分かりやすいこと。機能を盛りすぎないこと。そして、1〜2回しか使わないのにお金を払わされるような仕組みは避けたいこと。
2018年、ちょうどいいきっかけがやってきた。妹が就職活動を始め、履歴書のデザインを手伝ってほしいと言ってきた。
テンプレートを探してみると、使いにくいものが多かった。無料と言いながら、肝心な編集がロックされていたり、逆に機能が多すぎて迷ったりする。意外なほど「簡単に履歴書を作る場所」が見つからなかった。
なら、自分が使いたいものを作ろう。そう決めた。履歴書を作る人は、デザインの専門家とは限らない。だからこそ、迷わないまっすぐな作りにしたかった。
週末に少しずつ作り、旅先で試した
開発は週末の趣味として進めた。燃え尽きないために、最初から大きな計画は立てない。締め切りもきつくしない。
ただ、締め切りがないと別の落とし穴がある。機能を足しすぎて、どこへ向かっているのか分からなくなる危険だ。だからフェルナンドは意識して軽く作った。
2018年のはじめ、ヨーロッパ旅行をそのまま市場調査に変えた。泊まったホステルでバックパッカーにサービスを見せ、感想を聞いた。ホステルには仕事の合間に旅している人も多く、履歴書づくりに関心がある人がいた。
集めた意見をもとに、いらない機能をさらに削った。形がどんどんスッキリしていく。7月にブエノスアイレスへ戻った頃には、最低限の形(MVP)ができていた。
8月、そのMVPを新作サービス紹介の場に出した。翌朝、通知が止まらなくなった。新規登録と履歴書のダウンロードが一気に増えた。2019年までに、ダウンロード数は2万件を超えた。
最初の追い風は、紹介サイト経由の注目だった。リンクが集まり、取材や紹介も増えた。いまでもアクセスの約7割が検索から来ている。
ただ、個人開発者の小さなコミュニティの外へ広げるのは難しかった。広告費をかけずに、もっと多くの人へ届ける方法が必要だった。資料を整えて大きなメディアにも売り込んだが、「サービスの説明」だけでは記者の心を動かしづらい。
流れが変わったのは、自分の体験として「ここまでの道のり」を書き始めてからだった。ニュースレターも始め、読者が増えた。やがて南米の大手ニュースサイトの取材につながり、広がり方が変わった。
サービスそのものより、「人が何を考えて、どう作ったか」を語る方が伝わる。引用や転載も増え、自然にリンクが積み上がっていった。
検索順位が落ちて、心が折れかけた
検索で上位に出ても、それを守るのは簡単じゃない。2020年12月、検索エンジンの大きな更新で順位が急落した。やめようかと本気で思った。
でも同時に、それは「サイトを直せ」という合図にも見えた。フェルナンドは本業の休みを2週間取り、最初の1週間は休んだ。次の1週間は集中して改善に使った。
その結果、順位は戻った。それどころか、前より良くなった。
寄付ボタンで、初めてお金の手応えをつかむ
2020年、感染症の広がりで働き方が変わり、UXの仕事が減った。無料のまま続けるより、利益が出る形を考える必要が出てきた。当時の収益は、宣伝用リンクからの少額だけだった。
ただ、いきなり有料の壁を置くのは怖い。そこでトップページに寄付ボタンを置き、反応を見ることにした。
するとすぐに、履歴書1件につき約3,000円ほど寄付する人が現れた(最大20ドル)。
8月には累計50万件のダウンロード、月間ユーザー6万人に到達した。約2%が寄付した計算になる。ネットで寄付は起きにくいと思っていたのに、週に2〜3回は寄付が入った。この経験が「ちゃんと価値を感じてもらえている」という確信になり、価格を考えるきっかけになった。
有料版を作っても、無料の良さは捨てなかった
寄付の結果に背中を押され、2021年に有料版を追加した。よくあるように無料ユーザーを強く締めつけるのではなく、有料ユーザーに追加の価値を用意する方針にした。
たとえば、採用側の自動判定に対応しやすい形式の履歴書や、より高い解像度でのダウンロードなどだ。
無料版も、ただの「お試し」にはしなかった。無料で作った履歴書にはサービス名の透かしが入り、ダウンロード前にSNSで共有する仕組みも入れた。この2つの経路はいまでもアクセスの約1割を生んでいる。
有料版を追加しても、アクセスはほとんど落ちなかった。2021年7月の時点で月間ユーザーは10万人、月の平均売上は約30万円になった(約2000ドル)。2022年にはダウンロードが100万件に達し、多言語対応なども進めた。
ただし多言語化は、思いつきで増やすものではないと考えている。2〜3%の流入増を狙うなら、負担に見合うかを計算してからやるべきだ。ページ構成が複雑なサイトほど、翻訳と管理のコストが重くなる。
最近は、希望する職種に合わせて文章案を提案するAIの文章サポートも加えた。ただし提案はそのまま出さない。人の目で選び、整える。自動生成の文章は、慣れていない人ほど「良いか悪いか」を判断しづらいからだ。
考えすぎる前に、まず飛び込む
このプロジェクトは、フェルナンドのデザインへの気持ちを取り戻すきっかけになった。そして結果にも満足している。
一方で、もし最初から大変さを全部知っていたら、始めていなかったかもしれないとも思う。だから「やる前に悩みすぎるより、まず始めろ」と言う。
大事なのは、抱えきれないほど大きくしないこと。そして、とにかく動き出すこと。サイドプロジェクトを続けた結果、スタートアップでの仕事も得た。ヨーロッパへ移るきっかけにもなった。
起業は、お金のためだけじゃない。スキルを伸ばし、人とつながり、自分の人生を前に進める道にもなる。フェルナンドはそう考えている。
