履歴書作りでいちばん疲れるのは、文章力よりも「次に何をすればいいか分からない」時間かもしれない。
毎月およそ1万5千件がダウンロードされ、年間約350万円(約24,000ドル)の売り上げにつながる履歴書作成サービスも、出発点は週末の小さな試作だった。
機能を増やして差別化するのではなく、「迷わせない」ことだけを徹底する。寄付で反応を確かめ、伝え方を変え、必要なものだけを残す。その2年の積み上げが、信頼と収益を形にしていった。
「迷わせない」だけで、履歴書作りは一気に楽になる
新しいことを始めた直後は、誰でも気分が上がる。やることが山ほど見えても、それが冒険みたいに思える。
でも時間がたつと、景色が変わる。進みが遅く感じたり、やることが増えたりして、急にマラソンみたいに長く見えてくる。そこで多くの人が迷う。「やめるか」「やり方を変えるか」。
フェルナンド・ペサーニョも、その分かれ道に立っていた。長くデザインの仕事をしてきたが、いつの間にか情熱が薄れていた。気持ちを取り戻すために、週末の趣味として小さなサービスを作り始める。
テーマは履歴書。世界中の誰でも、迷わず、無料でもちゃんと使える履歴書作成サービスを目指した。余計な機能を足さず、必要なところだけを整える。たったそれだけの方針が、のちに大きな力になる。
今、そのサービスでは毎月およそ1万5千件の履歴書がダウンロードされ、年間約350万円($24,000)の売り上げにつながっている。ただ、ここに来るまで2年かかった。いきなり課金せず、寄付で反応を確かめ、伝え方も変えながら、少しずつ「信頼」と「収益」を積み上げていった。
13歳のころの「作る楽しさ」が、仕事で消えていった
フェルナンドがインターネットにのめり込んだのは13歳のころだった。友だちとゲームをする代わりに、小さなサイトを作っていた。当時好きだった「ドラゴンボール」のファンページも作った。かっこいいと思ったものを形にできるのが楽しくて、何時間でも続けられた。
しかも、作ったものが世界のどこかの誰かに届く。その感覚が、ほとんど魔法みたいだった。
大人になってからも、アルゼンチンでWebや画面のデザインの仕事を続けた。けれど中小企業の案件を10年ほどこなすうちに、心がすり減っていった。仕事は回る。でも「作る楽しさ」が戻ってこない。
だから必要だったのは、子どものころみたいに気楽に作れて、しかも人の役に立つ個人プロジェクトだった。
妹の履歴書を手伝って気づいた。「無料」はだいたい不親切だ
2018年、妹が就職活動を始めた。履歴書のデザインを手伝ってほしいと頼まれ、テンプレートを探したが、使いにくいものが多かった。
無料と書いてあるのに、途中から編集できなくなったり、逆に機能が多すぎて迷ったりする。履歴書を作りたいだけなのに、画面の前で立ち止まってしまう。
フェルナンドはここで方針を決めた。
「自分が使いたい履歴書作成サービスを作る。迷わせない。余計なものを増やさない。無料でもちゃんと役に立つ」
履歴書を作る人の多くは、パソコンが得意とは限らない。だからこそ、シンプルさが価値になる。フェルナンドは機能で勝とうとせず、「迷い」を消すことで勝とうとした。
週末に少しずつ作り、旅先で「迷う場所」を潰した
開発は週末の趣味として始めた。燃え尽きないよう、締め切りはきつくしない。機能も軽く保つ。
ただ、締め切りがないと人は欲張る。あれもこれも足したくなる。フェルナンドが戦ったのは技術よりも、この「足したくなる気持ち」だった。迷わせないサービスにするには、作り手がまず迷わない設計を選ぶ必要がある。
2018年前半、ヨーロッパ旅行をただの観光で終わらせず、試作品を試してもらう場に変えた。泊まったホステルでバックパッカーたちに画面を見せ、意見を聞いた。仕事の合間に履歴書を作る人もいて、状況がリアルだった。
声を聞くほど、やるべきことは増えるのではなく減っていった。「この機能はいらない」「ここで迷う」。そうやって削り、整え、使い方をすっきりさせた。
7月にブエノスアイレスへ戻るころには、まず試してもらえる最小限の形になっていた。8月に紹介サイトで公開すると、翌朝には登録やダウンロードの通知が大量に届いた。2019年までに、2万件以上の履歴書がダウンロードされた。
アクセスの約7割はいまも検索から来る。検索で見つけてもらえるということは、困っている人が自分で探してたどり着くということだ。迷っている人が自分で探し当てられる場所に、迷わないツールがある。
サービス説明では広がらない。体験の話が、人を動かした
一方、開発者の小さなコミュニティの外へ広げるのは簡単ではなかった。広告にお金をかけずに、より多くの人へ届ける方法を探した。
記者向けの資料を作ってメディアに連絡もした。だが「こういうサービスです」という説明だけでは興味を持たれにくい。履歴書作成ツールは世の中にたくさんある。機能を並べるだけでは違いが伝わらない。
そこでフェルナンドは、個人の体験として物語を書くようにした。ニュースレターも始めた。なぜ作ったのか、何に困って、何を削ったのか。「迷いを消すまでの道のり」を言葉にした。
すると反応が変わった。南米の大きなニュースサイトで取材記事が出て、別のサイトもそれを紹介し、リンクが集まった。フェルナンドは「個人的な物語を語ると注目されやすい」と感じた。
ここでも軸は同じだ。履歴書作成の画面で迷わせないだけでなく、サービスの外でも迷わせない。「何のためのツールか」「誰のどんな困りごとを減らすのか」を、物語でまっすぐ伝えた。
検索順位が落ちた日、やめる代わりに「整える」を選んだ
検索で上位に居続けるのは、また別の苦労がある。2020年12月、検索の仕組みが大きく変わり、順位が急落した。やめたくなるほど落ち込んだ。
でもそれは、「サイトをもっと良くする余地がある」という合図でもあった。会社の仕事を2週間休み、最初の1週間は休養にあて、次の1週間で集中して改善を進めた。
結果、順位は以前より良くなった。やったのは奇抜な裏技ではない。迷いを生む部分を直し、必要な情報を見つけやすく整えた。最初の方針に戻っただけだった。
寄付ボタンは「払いたい人がいるか」を確かめる実験だった
2020年、新型コロナの影響で収入の不安が増えた。デザインの仕事が減り、履歴書サービスも収益につながる形にしたくなる。当時は基本無料で、少しだけ紹介リンクの収入がある程度だった。
ただ、いきなり有料にすると反発が出るかもしれない。そこでトップページに寄付ボタンを置いて様子を見た。
するとすぐに、履歴書1つにつき最大で約3,000円($20)ほど寄付する人まで現れた。8月にはダウンロードが50万件に達し、月の利用者は6万人ほど。そのうち約2%が寄付をした。
「ネットで寄付する人なんていない」と思っていたのに、週に2〜3回寄付が入る。フェルナンドはここで確信した。迷わせない体験を作れたなら、少数でも「払っていい」と思う人が出てくる。
無料は残し、有料は「便利さ」だけを足した
寄付の反応に背中を押され、2021年に有料版を追加した。
やり方はシンプルだった。無料の機能を大きく削って脅すのではなく、有料の人だけが得する「便利さ」を足す。たとえば、企業の選考で読み取りやすい形式の履歴書や、より高画質でのダウンロードなど。
無料版は「知ってもらう入り口」にもした。無料でダウンロードした履歴書にはサービス名が入るようにし、ダウンロード前にSNSで共有してもらう仕組みも入れた。どちらもいまのアクセスの約1割を運んでいる。
有料版を足してもアクセスはほとんど落ちなかった。2021年7月の時点で月の利用者は10万人ほどになり、月の売り上げは平均で約30万円($2,000)に達した。2022年にはダウンロードが100万件を超え、複数の言語にも対応した。
ただし、多言語化は慎重に進めるべきだとも言う。少しずつ伸びても、ページ数が増えるほど管理が重くなるからだ。ここでも「増やしすぎると迷いが増える」という感覚が生きている。
最近は、希望する職種に合わせて文章案を出す補助機能も追加した。ただ、提案文をそのまま出すのではなく、本人が選び直して整える形にしている。機械が生成した文章は、文章に慣れていない人ほど良し悪しを判断しにくい。だからこそ、本人が選び直しやすい形で提示する。
考えすぎる前に作り始め、途中で何度も「削って整えた」
このプロジェクトは、フェルナンドのデザインへの気持ちを取り戻した。結果にも満足している。ただ、最初から大変さを全部知っていたら、始めていなかったかもしれないとも言う。
だからすすめたいのは、悩み切ってから動くのではなく、無理をしない範囲でまず作ることだ。週末に少しずつ進め、燃え尽きないように続けた。その積み重ねが、新たな仕事のきっかけになり、ヨーロッパへ移り住むことにもつながった。
結局、この履歴書サービスの成長を支えたのは、大きな資金でも派手なアイデアでもない。「迷わせない」を徹底して、足し算より引き算を選び続けたことだった。
画面の迷いを減らし、伝え方の迷いも減らし、収益化の迷いも減らす。その一本の軸が、趣味の小さな活動を、世界中で使われるツールへ変えていった。
