資金も支援も足りないまま、やりたいことだけが先に膨らんでいく。そんな停滞と不安の中で、進むべき道さえ見失ってしまう瞬間がある。
彼も同じだった。手元に残っていたのは約150万円($10,000)ほど。大きな勝算があったわけではない。それでも「つながり」を取り戻すために、いったん環境を変える決断をした。
その小さな引っ越しが、やがて採用の仕組みを変える事業へとつながっていく。創業から約8年、約50人のリモートチームで運営され、年間売上は約3.6億円規模(約240万ドル)に届く見込みとなった。
引っ越しがきっかけで始まった、年商240万ドル規模の採用スタートアップ
アメリカでは年々、腕が立ちながらもコストを抑えられるソフトウェア開発者を見つけにくくなっていた。経験のある人材ほど給料は上がり、スタートアップにとっては特に厳しい状況だ。
そんな中で注目を集め始めたのが、中南米の開発者だった。技術力の高い人材が多く、英語で仕事ができる人も少なくない。しかもアメリカとの時差が小さい国が多く、会議の時間を合わせやすいため、一緒に働く感覚を作りやすい。
この流れの中で生まれたのが、アメリカ企業と中南米の開発者をつなぐサービス「TECLA」だ。創業から約8年、約50人のリモートチームで運営され、年間売上は約3.6億円規模(約240万ドル)に届く見込みとなった。
ペルーに戻った理由は、夢より先に「つながり」だった
創業者のジーノ・フェランドはペルーにルーツを持つ。幼いころに家族とアメリカへ渡り、学校もアメリカで学んだ。2つの文化を内包しながら育った人物だ。
2012年、大学を出たジーノはゲーム会社を立ち上げたいと考えていた。しかし当時は、アメリカで挑戦するための資金も支援も足りなかった。
そこで手元にあった約150万円($10,000)を持ってペルーへ戻ることにした。生まれた国で友人や親せきとのつながりを取り戻しながら、もう一度スタートを切ろうと考えたのだ。
受託開発の裏で、別の需要が育っていった
ペルーに移ったジーノは、アメリカにいる友人と組んで「TECLA Labs」としてスマホアプリ開発の受託会社を始めた。ペルーの開発者を採用することでコストを抑えつつ、大きな案件にも対応できる体制を整えた。
仕事が回り始めると、思わぬことが起きた。アメリカの友人たちから、こんな質問が次々に届くようになったのだ。
「どうやって、そんなにいい開発者を見つけたの?」
最初はただの相談だった。しかし相談が増えるうちに、「開発者を紹介すること」自体が小さなビジネスへと育っていった。
アプリやゲーム開発にも取り組んだが、最も反応が大きかったのは人材ネットワークだった。ジーノはそこに賭けると決め、紹介ビジネスを本格化させるために一人で動き始めた。
「紹介屋」に近い形から、採用の仕組みそのものへ
初期のTECLAは、いわゆる契約社員を紹介する代理店に近いモデルだった。中南米の開発者をアメリカの仕事につなぎ、給料に上乗せした分を手数料として受け取る仕組みだ。
事業はゆっくりと伸び、生活費を自力で賄えるようになった。起業家にとって、これは大きな転機だ。生活への不安が減ると、次の決断ができるようになる。ジーノはアメリカに戻る選択肢も持てる状態になった。
ただ2010年代後半になると、中南米採用が人気を集め、類似サービスが増えて市場が飽和し始めた。そこで2018年、TECLAはあえて方向転換を図る。
給料への上乗せで稼ぐモデルをやめ、「採用プロセスに対する一回限りの料金」を企業から受け取る形に切り替えた。採用された開発者は、企業と直接雇用で働く。
この変更にはリスクもあった。それまでの稼ぎ方を手放すことになるかもしれない。それでもジーノは開発者たちにこう伝えた。
「代理店を通さず、アメリカ企業と直接働ける」
そして最初は約1000人規模の開発者を集めた。地道に個別で連絡を取り、紹介で輪を広げていった。
リモートの時代が、追い風になった
この転換は、時代の変化とも重なった。
かつての海外採用は、単純作業の外注というイメージが強かった。しかしパンデミックで仕事が一気にリモート中心へと移行し、国境を越えて協働することが当たり前になっていく。
その結果、同じ時間帯で働けてコストも抑えられる中南米の人材に、アメリカやカナダの企業が強い関心を寄せるようになった。TECLAは既存の大手クライアントに加え、新興テック企業からの依頼も増やし、新モデルの有効性を証明していった。
経験豊富な開発者への高い報酬が難しいスタートアップにとって、「採用費が明確で、雇用は直接」という仕組みはわかりやすく、使い勝手も良かった。
なぜ中南米なのか。答えは「時差」と「チーム感」
ジーノが中南米にこだわる理由ははっきりしている。時差が小さいことだ。会議が深夜になりにくく、チャットの返信も返ってきやすい。毎日ともに働くチームとしての一体感を作りやすい。
海外の開発拠点といえば、インドや東ヨーロッパが先に知られるようになった。ただ、地域情勢などで状況が変わることもある。一方、中南米はまだ十分に活用されていない部分が残っており、英語力の高い人材も多く、文化や働き方の親和性も強みになる。
他社も中南米に目を向け始めているが、TECLAは「広げるより深く」を選ぶ。アジアやアフリカへ展開するより、中南米に集中してより深い課題を解くという方針だ。
TECLAの強みは「早さ」だけじゃない
TECLAは、企業が数日以内に中南米の優秀な開発者と面接できることを強みとしている。
ただ、当初の課題は企業側をどう増やすかだった。求人広告は競争が激しくコストも高い。現在は口コミによる紹介が成長の中心となり、次いで記事や検索対策などの情報発信が続く形になっている。
開発者側は、個別メッセージでの声がけや紹介制度を通じて増やしてきた。さらに就職に役立つ動画やオンライン講座も用意し、オファー交渉の方法まで伝える。登録して終わりではなく、成長できる場所にすることで人が集まる流れを作った。
選考も厳しい。実績、紹介者の信頼性、過去の勤務先の採用水準、英語力、コミュニケーション能力、制作物の記録などを精査し、通過した人材だけを企業に推薦する。
市場が混み合うほど、「ただ紹介するだけ」では差別化できなくなる。TECLAは求人に人を当てはめて終わりにしない。もう一歩で届く候補者には不足部分を補う学びの機会を提供し、より質の高いマッチングを目指している。
「再投資」という言葉に逃げない
ジーノが大切にしている問いがある。
「その再投資は、本当に正しいのか」
成長のためと言いながら、実は利益が出ていない状態をごまかしてしまうことがある。無駄な支出を削り、厳しい判断を重ね、まず利益を出す。そうしなければ会社は強くならない。
起業家は、投資家に評価される会社を目指して急成長に傾きすぎる誘惑にも直面する。しかしTECLAのような事業は、上場を前提としたモデルに合わないかもしれない。それでも、利益を出しながら長く続く強いビジネスにはなれる。
潤沢な資金の時代が終わりつつある今、求められるのは「身の丈に合った運営」と「利益を生み出す力」だ。
TECLAの始まりは派手ではない。ペルーへ引っ越し、つながりを取り戻した。その先で、友人たちの素朴な質問に答え続けた。気づけば、その答えが事業の核になっていた。
