不動産エージェントとして「家族のために稼ぎたい」と思って始めたのに、気づけば毎日が仕事に飲み込まれていく。朝から晩まで動き回っても、収入は思ったほど増えない。そんな停滞感と焦りの中で、レイチェル・ホワイトは限界を感じていた。
夜中でも鳴る電話。遠くまで内見に行っても契約にならない日々。1日12時間働くのが当たり前になり、夫や子ども2人と過ごす時間も削られていく。「このまま続けたら壊れる」──そう思ったとき、彼女には“やめる”か“変える”かの二択しかなかった。
選んだのは、やめるのではなく、やり方を変えること。のちに数千人規模の利用者を集めることになる仕組みは、ここから動き出す。
不動産エージェントを追い込む働き方を変えたい
レイチェル・ホワイトは、不動産の世界に飛び込んだとき、うまくいく気がしていた。やる気もあった。家族のためにも稼ぎたいと思っていた。
でも、現実は違った。
働けば働くほど、時間だけが消えていく。朝から晩まで動き回っても、収入は思ったほど増えない。内見のために遠くまで車を走らせても、契約につながらない日が続く。夜中でも客から電話が来る。気づけば、1日12時間働くのが当たり前になっていた。
家に帰っても、頭の中は仕事のことでいっぱいだった。夫や子ども2人と過ごす時間は減り、体も心もすり減っていった。
このまま続けたら壊れる。そう感じた。
レイチェルには選択肢が2つしかなかった。不動産をやめるか、やり方を変えるか。
レイチェルは、やめるのではなく、変えるほうを選んだ。
「助けを頼める場所」があればいい
不動産の仕事には、時間を奪われやすい作業がいくつもある。物件の案内、オープンハウスの対応、鍵の受け渡し。どれも大事だが、全部を1人で抱えると生活が崩れる。
そこでレイチェルは考えた。
「この作業だけ、別のエージェントに頼めたらどうだろう」
そのアイデアが、UNLOCKDBOXというアプリの出発点になった。不動産エージェント同士が、仕事を頼んだり受けたりできる場所を、ネット上に作る構想だ。
経験の浅いエージェントにとっては、取り組みやすい仕事が見つかる。経験豊富なエージェントにとっては、仕事を減らしながら人脈を広げられる。助け合いが回る仕組みになる。
不動産テックの世界は男性が多いと言われる。その中で、20代で子育て中の女性が新しい仕組みを作ろうとするのは簡単ではない。それでもレイチェルの頭の中には、同じように追い込まれる人を減らしたいという思いがあった。
家族のレストランで覚えた「商売の基本」
レイチェルはもともと、カリフォルニアのウッドランドヒルズで家族が営むレストランの中で育った。
皿洗いができる年齢になったら皿を洗い、客に水を出せるようになったら接客もした。料理、帳簿、客への対応、年上の従業員のまとめ役まで、店を回すために必要なことを、生活の一部として覚えていった。
両親は1970年代に店を買い、大きな外部投資に頼らず、少しずつ育ててきた。レイチェルはその姿を見て、「身の丈で続ける」という感覚を自然に身につけていった。
不動産との出会いは突然だった
高校卒業後もレイチェルは家族の店を手伝いながら、心理学をパートタイムで学び、子育てもしていた。
2015年、娘が生まれたころ、レイチェルは思うようになった。
「この先、長く続けられる仕事をちゃんと作りたい」
そんなとき、義理の母から声がかかった。不動産を一緒にやらないか、という誘いだった。
レイチェルには不動産の経験がなかった。自分で家を買ったこともない。それでも、いつか子どものために家を持ちたいという気持ちが背中を押した。
資格試験の勉強は、赤ちゃんの世話と同時進行だった。眠い目をこすりながら勉強し、なんとか資格を取り、働き始めた。
理想が崩れ、燃え尽きが始まった
義理の母とフルタイムで働き始めたとき、レイチェルはわくわくしていた。家計の助けになるはずだった。
でも、1年半ほどで限界が来た。
不動産の仕事は、がんばりがそのまま収入になるとは限らない。動いても動いても、結果が出ない日がある。しかも、客の都合は昼でも夜でも関係ない。
このまま昔ながらのやり方で続けるのは無理だ。レイチェルはそう判断した。
行き詰まったときこそ見方を変える。そう決めて、紙にアイデアを書き出した。簡単な画面イメージも描いた。「こういう場所があったら助かる」という形を、少しずつ言葉にしていった。
新人が「つながり」を作れない問題
考えを深めるうちに、レイチェルはもう1つの問題に気づいた。
不動産の世界では、人とのつながりが力になる。オフィスの集まりや交流会で知り合いが増え、そこから仕事が回ってくることも多い。
でも、小さな子どもがいると、その場に毎回行けない。レイチェル自身、参加できないことで取り残された感覚があった。
だから、ネット上で出会えて、助けを頼めて、仕事も受けられる場所が必要だと思った。レストランで忙しさを回してきた経験も、「現場が困るポイント」を整理する助けになった。
遠回りしながら、技術の世界を学ぶ
ただの思いつきで終わらせたくなかった。レイチェルは、アイデアが事業になるかを確かめるため、大学の起業関連クラスで学んだ。
教授にすすめられ、UNLOCKDBOXのアイデアを発表するコンテストにも出た。
結果は2位。数千ドルの賞金が入った。
それは大金ではない。でも、レイチェルにとっては「次へ進め」という合図のように感じた。
少ない資金で、最初の形を作る
レイチェルは賞金に加え、貯金と父からの投資も使い、開発者を探した。最終的に、夫婦で活動する開発チームに依頼し、約150万円($10,000)ほどで最初の試作品を作った。
ただし、できた瞬間に公開はしなかった。
不動産業界は新しいものに慎重だ。最初に「使えない」と思われたら、次のチャンスが消える。エージェントは忙しく、動かないアプリを試す時間がない。だからこそ、最初の印象が大事だった。
レイチェルは、急いで出すより、ちゃんと使える形に近づけてから世に出すと決めた。
外部資金を入れないという決断
スタートアップの世界では、試作品を早く出して改善を重ねるやり方がよく語られる。でもレイチェルは、時間をかけて磨く道を選んだ。
大きな外部投資を受けない形で進めたことで、急いで数字を作るより、現場の声を聞いて作り込めた。投資家への説明より、エージェントの困りごとを優先できた。
パンデミックで、開発が止まった
アプリは公開直前まで近づいていた。だが2020年、パンデミックが起きた。
不動産業界の先行きが読めなくなり、開発はいったん止まった。
レイチェルは家族のレストランに戻った。従業員が辞め、家族だけで店を回す必要があった。持ち帰り注文をさばき、店を守ることが優先になった。
それでもレイチェルは、不動産の動きを見続けた。世の中が落ち着いたとき、このアプリは役に立つのか。何度も考えた。
2021年の初め、不動産の動きが戻り始めた。レイチェルと開発チームは、もう一度仕上げに入った。
小さく始めて学ぶ、ソフトローンチ
UNLOCKDBOXは2021年の終わりごろにソフトローンチされた。大きく宣伝する前に、小さく始めて反応を見るやり方だ。
収益は少しずつ伸びた。ただ、集客は思ったほど簡単ではなかった。
SNS広告や検索対策など、よくあるネット集客は大きな成果につながりにくかった。一方で、紹介や人づてのつながり、業界内の交流のほうが反応が良かった。
不動産では、ネットの情報をすぐ信じない人も多い。だからこそ、信頼を積み上げる広げ方が合っていた。
広げ方が見えてきた
レイチェルは、何がうまくいくかを確かめながら進めること自体を面白いと感じていた。
うまくいかない方法も試す。ダメなら切り替える。その繰り返しで、業界内の協力者やパートナーが少しずつ増えていった。
3つの収益の作り方
UNLOCKDBOXには、収益の仕組みを3つ用意した。
- 不動産会社向けに、アプリを自社ブランドとして使える形で提供し、利用料を受け取る
- エージェントが仕事を完了するたびに、少額の手数料を受け取る
- 決済にかかるカード手数料などが収益に加わる
今後は、より多くの利用者に対応できるよう技術面を整え、つながりも強めた上で、大きな正式公開を目指している。
ゆっくりでも、自分の力で進める
外部資金で一気に伸びる企業を見ると、比べて苦しくなることもある。特に不動産テックは男性中心で、女性には資金や支援が集まりにくいと感じる場面もある。
それでもレイチェルは、急いで拡大するより、納得できる形で進めることを選んだ。
自分の力で、数千人規模の利用者を集められた。その事実が、次の自信になっている。
目標は「稼ぐ」より「続けられる」仕事
UNLOCKDBOXの目的は、収益を増やすことだけではない。
これから不動産業界に入る人が、最初の一歩を踏み出しやすくすること。そして、続けられる環境を作ることだ。
レイチェルは知っている。必死に働いても、成果が収入に結びつかない苦しさを。
だから、同じ思いをする人を減らしたい。従来のやり方に縛られず、成功の形を少し曲げてでも新しい道を作る。その発想で、エージェント同士の関係と働き方を変えようとしている。
UNLOCKDBOXがパートナーシップによってどれだけ利用者を増やせたのか。その続きは、次の更新で語られる予定だ。
