順調だったキャリアが、ある日いきなり崩れそうになる。そんな瞬間に、何を捨てて、何を守るのか。
共同生活サービスがコロナで敬遠され、資金調達も止まりかけた2020年3月。社内では人員削減が現実の選択肢として並び、時間も余裕もないなかで、アニルは「会社を残すための一手」を迫られた。
その場しのぎのはずだった判断は、やがて別の事業につながっていく。年間売上が約1億5,000万円($1 million)を超えるところまで、話は進む。
ピンチで打った一手が、次の仕事になった
アニル・ヤセルリは、起業の話になるといつもこう言う。
スタートアップで働くのは、空を飛びながら飛行機を組み立て直すようなものだ。しかもエンジンは燃えている。
その「燃えている瞬間」が、2020年3月に本当に来た。
アニルは共同生活の家を扱う会社、パッドスプリットで働いていた。知らない人同士が同じ家で暮らす仕組みで、家賃を抑えたい人と家主をつなぐサービスだ。住む人は事前チェックがあり、同居人も見つけやすいように整えられていた。
ところがコロナが広がった。共同生活は一気に敬遠され、申し込みの空気が変わった。資金調達も止まりかけた。社内では「人を半分に減らすか」「3分の2にするか」という話が、現実の選択肢として並んだ。
会社を残すには、人件費を下げるしかない。でも事業を動かす人手も必要だった。
アニルは、思い切って方向を変えた。仕事の一部を海外に外注し、コストを大きく下げた。
狙いは単純だった。限られたお金で、できることを最大化する。
その判断でパッドスプリットは踏みとどまった。2年半後、アニルは25人規模のチームを動かすまでになった。アメリカにいるメンバーは3人だけで、ほとんどは海外のリモートメンバーだった。
最初は「会社を守るための非常手段」だった。だがやってみて、別の景色が見えた。リモートワークは一時的な流行ではない。これからも続く。
そしてアニルは気づく。これは、自分の会社だけの話ではない。同じ悩みを持つ会社は、山ほどある。
40歳までにCMO。その先で残った違和感
アニルはトルコからアメリカへ渡り、MBAを取った。目標ははっきりしていた。会社の中で出世することだ。
30代前半の頃に決めていた。
「40歳になる前に、中くらいの会社でCMOになりたい」
まずは小さめのBtoB向けソフトウェア会社で経験を積み、その後アマゾンでKindleに関わる集客の仕事に移った。
アマゾンでの時間は、最高と最悪が混ざったようなものだった。優秀な人たちと働けた一方で、合わないマネジメントの下で心身がすり減った。
そこでアニルは、大企業の働き方が自分に合わないと感じ始める。成果を出すことよりも、社内の空気や政治的な動きに時間を取られる場面が多かった。
だから次に選んだのは、資金を集めて成長を目指すスタートアップだった。会議室の政治ではなく、マーケティングそのものに集中したかった。
いくつかの会社でリーダー役を経験し、38歳でパッドスプリットのCMOになった。目標より2年早い達成だった。
ところが、胸がすっと晴れる感じは続かなかった。
「それで何だろう」
追いかけてきたはずなのに、目の前には同じ種類の忙しさが延々と続くように見えた。
この経験で、アニルの価値観は少し変わった。高い給料や肩書きより、自分で人生をコントロールできることを大事にしたくなった。
コロナで崩れかけた事業に、海外採用という答え
CMOになってから、たった3か月。コロナの波が直撃した。
共同生活の需要は、ほぼ一晩で落ちた。会社は資金調達の最中だったが、話が止まりかけた。
アニルは板挟みになる。人件費を下げなければ会社が危ない。でも人がいなければ、立て直しもできない。
そこで選んだのが「海外で採用する」という方法だった。アメリカ国内で雇う余裕はない。ならば世界中から人を集め、同じお金でより強いチームを作る。
結果は良かった。コストを抑えながら、力のあるチームができた。
そしてアニルは、同じように予算が限られている知り合いの会社にこのやり方を話し始める。やってみたいという声が出た。
最初の仕事は、驚くほど手作りだった。公式サイトもない。会社としての形も整っていない。個人のメールでやり取りしながら進めた。
それでも当初の予算の半分で、優秀なデジタルマーケターを2人採用できた。
この小さな成功が、のちに会社になる。
ブライトは「選び抜く仕組み」で勝負した
海外採用はうまくいく。ただし誰でもいいわけではない。地域を広げれば広げるほど、「本当に強い人」を見分けるのは難しくなる。
そこでアニルは、紹介する前の選考を徹底することに決めた。
ブライトでは候補者に4回の面接を行う。専門分野をわかっている人も面接に入る。そうして残るのは、候補者全体の1%未満。
手間はかかる。だが、ここを省くと結局うまくいかない。アニルはそこを最初から理解していた。
投資家のお金を追わないと決めた理由
ブライトの方向性が固まってきた頃、最後に大きな選択が残った。
投資家からお金を集めて急成長を狙うか。外部資金に頼らず、自力で育てるか。
アマゾンのような大企業や、資金調達をするスタートアップで責任ある立場を経験してきた人が起業すると、「資金調達して当然」と見られやすい。
だがアニルは、その世界のリズムを知っていた。お金を集めて採用し、次の資金を求め、また採用する。成長は早いが、いつも投資家の期待に追い立てられる。
成長はしたい。でも、その追い立てられる働き方は避けたかった。投資のお金を悪者にしたいわけではない。ただ自分には合わない、と判断した。
一方で、ブライトを「気楽に続ける小さな仕事」と呼ばれるのも違うと思っていた。立ち上げから2年足らずで、年間売上は約1億5,000万円($1 million)を超えた。本気の事業だった。
最初の小さな取引から、ブライトを本業にするまでにかかった時間は1年もない。その間アニルは別のスタートアップで成長担当の役員として働き、2023年5月に退職してブライトに集中した。
2025年2月の時点で、ブライトにはラテンアメリカ出身のマーケティング専門家が19人在籍し、そのうち17人が顧客企業の仕事を担当している。ブライトは「海外の優秀な人材を紹介する」だけでなく、自社の成長にも同じ人材を使っている。
結局、必要なのは「やり抜く力」
アニルが資金調達型スタートアップで学んだ大事なことの一つは、「売ること」だった。
起業家の仕事の9割以上は営業だ。そう考えている。
創業者になると、周りは答えを求めてくる。何が起きても解決策を出さなければならない。その重さに耐えられず折れる人もいる。
それでもアニルは、起業ほど学びが大きい経験は少ないと思っている。
うまくいくための魔法の弾はない。完璧な手順もない。近道もない。
助けになるのは、地道な努力と、やり抜く力だけ。
世の中では創業者がかっこよく語られ、「簡単に成功して金持ちになれる方法」のように見えることがある。だが現実は、削られながら前に進む厳しさが続く。誰にでも向いているわけではない。
アニルは「起業は誰でもできる」という考えそのものが思い込みだと言う。向いている人は少数だし、それは悪いことではない。
次の挑戦と、家族から見える景色
アニルは一社で終わらせなかった。広告運用を中心に成果を出すマーケティング会社も共同で立ち上げた。複数の事業を合わせて、年間の継続売上で約4億5,000万円規模($3 million)を目指している。
ただ、家族が同じ熱量でそれを実感しているとは限らない。デジタルマーケティングは説明しにくい。長くやっていても、家族には「訪問販売みたいな仕事をしている」と思われているかもしれない、と冗談を言う。
それでも家族はずっと応援してきた。ゼロから始めた事業で家族を支えられていることを、アニルは誇りに思っている。
ただ、もし家族に「本当は何になってほしかった」と聞いたら、こんな答えが返ってくる気もする。
医者になってほしかった。
