夢を追ってロサンゼルスへ。しかし現実は甘くなく、学位もないまま生活のために営業の世界へ飛び込むことになる。数字に追われ、荒んだ職場で心が削られていく。そんな停滞と消耗の日々の中で、「このままでいいのか」という迷いが積み重なっていった。
転機は、酒をやめて家庭を持ったことだった。守るものができた途端、働き方の選択は一気に現実味を帯びる。家族との時間を守りながら、きちんと稼ぐ。そのために彼は、遠回りの経験を抱えたまま起業へ踏み出した。
やがてSEOを武器にマーケティング会社を立ち上げ、30歳で世界中に散らばるチームを率いるまでになる。毎月の売上は約370万円($25,000)。失敗続きだった過去は、どうやって「強み」へと変わったのか。
愛と家族、そして目的:遠回りの先で見つけた強み
仕事の道は、地図どおりには進まない。むしろ、迷った回数が多いほど、あとで強みになることがある。
ジェイス・トーマスの人生もそうだった。転職を繰り返し、音楽に賭けて失敗し、過酷な職場で心をすり減らした。それでも最後にたどり着いたのは、SEOを武器にしたマーケティング会社だった。
ジェイスはハイペリオン・マーケティングを立ち上げ、30歳で世界中に散らばるチームを動かすようになった。毎月の売上は約370万円($25,000)。特別な起業講座を受けたわけでも、大学で学位を取ったわけでもない。頼ったのは自分の過去と、家族を守りたいという気持ちだった。
ロサンゼルスの夢と、現実の壁
高校を出たジェイスは、バンドのドラマーとして成功することを夢見てロサンゼルスへ向かった。若いエネルギーと音楽への情熱があった。
しかしバンドはうまくいかず、解散。学位もなく、生活のために働くしかなかった。
そこで入ったのが、携帯電話やネット回線を売る営業の仕事だった。電話をかけ続け、数字を追い続ける毎日。職場の雰囲気は荒んでいて、ストレスも強かった。ジェイスはその時期を「悪夢みたいだった」と振り返る。
それでも22歳のとき、60人規模のチームをまとめる立場になった。早くからリーダー経験を積んだ一方、会社の仕組みはゆがんでいた。疲弊した社員を管理職に上げ、代わりに給料を下げるようなことも起きていた。
心も体も限界に近づき、ジェイスは2016年に仕事を辞め、カンザスシティへ移った。
酒をやめ、父親になり、「守る理由」ができた
移住した翌年、ジェイスの生活は一気に変わる。酒を断ち、ティファニーと出会い、ほどなく子どもが生まれた。
責任が一気に現実のものになった。自分のためだけに働くのでは足りない。家族との時間を守りながら、ちゃんと稼げる仕事が必要になった。
ジェイスは考えた。「生活を大切にできる働き方を、自分で作ろう」
失敗が2回。そこからSEOへつながった
カンザスシティで、ジェイスはまず2つの事業に挑戦する。
- プレゼントを送るネットショップ
- 格安でサイトを作り、月額で保守するWeb制作サービス
どちらも結果は出なかった。しかし失敗の中で、ネットで集客する仕組みや、売ることの難しさを体で覚えた。
その経験を携えて、地元のSEO会社に就職する。面接で「全部教える。でも、起業しない理由はある?」と聞かれたジェイスは、正直に「特にない」と答えた。それでも採用された。
働き始めて11か月ほどで生活が落ち着くと、気持ちはまた起業へ向いた。家族と過ごす時間を増やしながらネットで稼ぐ人たちを見て、「自分もそっちへ行く」と決めた。
会社を作る。最初は何でも受けて苦しんだ
ジェイスは会社を辞め、2018年に自分のSEO事業を始める。
1年後、SNSのグループでセス・キッチンと出会う。セスは開発ができた。2人は組んでWeb開発の仕事も始め、やがてマーケティング部門を切り出してハイペリオン・マーケティングとして本格的に動かした。
ただ、最初はうまくいかなかった。仕事が欲しいあまり、来た依頼を何でも受けた。焼き肉の卸売からジムまで、業種はバラバラ。毎回異なる業界を一から勉強することになり、会社を強くするスピードが落ちた。
SEOに「スプリント」を持ち込む
ジェイスがマーケティングを選んだのは、開発よりも成果が出るまでの時間が短く、仕事の流れも組み立てやすいと感じたからだ。
ハイペリオン・マーケティングの強みは、従来のSEO代行に加えて「スプリント」という短期集中の進め方を取り入れたことだった。
- サイトの問題点を洗い出す監査スプリント
- 記事やページを制作するコンテンツスプリント
- 被リンクを増やすバックリンクスプリント
推奨は4か月単位。まず区切って進め、成果が見えたら延長する。長期契約を前提にしないため、顧客も決断しやすい。
最初の顧客は紹介が中心だった。以前の職場のつながりや地域の人脈から広がり、その後はビジネス向けSNSの自動化も活用して見込み客との接点を増やしていった。
今のジェイスは日々の作業を自ら抱えない。何を作るべきかを考え、スプリント全体を設計し、チームを動かす役割に徹している。チームはアメリカだけでなく、トルコやパキスタンにもいる。
安さで失敗し、品質で立て直す
外注で進める際に最も難しいのは品質の担保だ。初期のジェイスは安さを優先して質の低いライターを使い、顧客が離れることもあった。
顧客が求めているのは「とりあえずの文章」ではない。投資家に見せても恥ずかしくない文章だ。そこでジェイスはやり方を変えた。
顧客理解のための資料を作り、理想の顧客像も整理する。文章は海外任せにせず、地元の実力あるライターに依頼する。遠回りではあったが、ここでサービスの核が固まった。
SaaSへ:分かりにくい分析を、分かる形にする
2021年、ジェイスはSaaSの伸びしろを強く意識するようになる。
きっかけの一つは、地域のSNSグループで見た投稿だった。「地元の店をランダムに選んでくれるサイトを作りたい」
ジェイスはすぐ簡単なアプリを作った。数日で500人が使い、まだ大きな収益はないものの、データが集まり「お金を払ってもいい」という声も上がった。今は優先度を下げているが、別の地域への展開も検討している。
この小さな成功で自信がついたジェイスは、顧客に聞いて回った。「マーケティングを改善するために、どんなソフトが欲しい?」
そこで浮かび上がったのが、アクセス解析への不満だった。特にGoogleアナリティクスは「分かりにくい」と感じる人が多い。
ならば、数字を見やすくして次に何をすべきかまで示すツールを作る。そう決めた。
見やすいグラフ、大きく分かりやすい数字、次の一手の提案。代理店が顧客の数字にコメントを書き込み、行動を促せる仕組みも盛り込む。UXはオンラインのインターンプログラムも活用し、学生たちが調査や改善を手伝った。利用者へのインタビューで「必要なもの」と「不要なもの」を仕分け、セスが設計を進め、開発者も雇って形にしていった。
このSaaSには、合計で1万5,000社の顧客を持つ大手代理店3社が興味を示している。
稼ぐだけで終わらない。次は支援へ
ジェイスのゴールは、事業の成功だけではない。将来は得たお金で人を助ける側に回りたいと考えている。
構想しているのは「ハイペリオン・プロジェクト」という非営利の取り組みだ。父親になったことで、子どもを守る活動への関心が強まった。10代や大人の生活を支援する活動も視野に入れている。
目標は35歳までにハイペリオンの事業を自走できる状態にすること。自分の時間とエネルギーの軸を、支援活動へ移していく。
最後に残った学び
ジェイスは、これから起業する人へこう語る。
解決策から入るな。先に「誰を助けたいか」を決めろ。
ジェイス自身、最初にSEOという手段を先に選び、助けたい相手を後回しにした。そのせいで成長が遅くなったと感じている。もし最初から「成長しやすいSaaS企業を助ける」と決めていたら、もっと大きくできたかもしれない。
遠回りの人生だった。しかし家族を守りたいという気持ちが、仕事を作る力になった。そしてその力は今、誰かを助けるために使われようとしている。
