好きな仕事を続けながらも、「このままでいいのか」という迷いだけが消えない。挑戦したい気持ちはあるのに、安定を手放すのは怖い。そんな停滞のなかで、2人は同じ問いを抱えていた。
狙ったのは、あえて狭いと見られがちなプロップテック。周囲には止められた。それでも混乱の時期に一歩を踏み出し、特化型のPR会社を立ち上げる。
その選択は、初年度約1,500万円($100,000)の売上、さらに年間の継続売上が約2億2,500万円($1,500,000)に届く見通しへとつながっていく。2人が何を捨て、何に絞り、どうやって追い風をつかんだのか。
プロップテックだけにしぼったPR会社を、2人で立ち上げた
好きな仕事を捨てて、新しい会社を始める。口で言うほど簡単ではない。
アダム・マリクとPJ・アップルトンも、まさにそこで迷っていた。2人とも当時の仕事に不満があったわけではない。むしろ手応えがあった。それでも、頭の片すみに同じ問いが残っていた。
「このまま会社員を続けるか。それとも、自分たちで勝負するか」
2人が目をつけたのは、プロップテックという分野だった。不動産の世界で使われるテクノロジーのことだ。周りからは止められた。「分野が狭すぎる」「そんなニッチで会社が成り立つのか」。
それでも2人は、プロップテックに特化したPR会社ブルックスプリングを立ち上げる。しかも、世界的な感染症の広がりで世の中が混乱している最中に。
同じ現場で働いた時間が、後で武器になった
2人はもともと、有名なプロップテック企業で同僚だった。
アダムは事業開発の責任者、PJは広報の責任者。役割は違うが、同じゴールを見ていた。
オーストラリアの会社をイギリスで立ち上げる仕事を一緒に進めたこともある。その中で2人は、プロップテックの「現場」を体で覚えていった。机上の知識ではない。顧客が何に困り、何を怖がり、何にお金を払うのかを肌で知っていた。
転職や独立を強く考えていたわけではない。ただ、出張や業界イベントで人と話すうちに、変化が起きた。
2人に質問が集まるようになったのだ。
難しい話を誰にでも分かる言葉に直して説明できる。テクノロジーが会社の成長にどう役立つのかを筋道立てて伝えられる。その力が、静かに評判になっていった。
冗談みたいな出来事が、需要のサインだった
世の中には、フィンテックやエドテックのように広く知られた言葉がある。でも当時、プロップテックはそこまで知られていなかった。
ところが業界イベントで2人が登壇すると、空気が変わった。発表が終わるたびに、スタートアップが寄ってくる。
「相談したい」
「助けてほしい」
2人は笑いながら、こう言い合ったという。
「なんかアイドルグループみたいだな」
ふざけた言い方に聞こえるが、ここに本質があった。プロップテックの会社は、自分たちの価値を外に伝えるのが苦手だった。良い技術があっても、知られなければ存在しないのと同じだ。
2人は気づく。「これは、ちゃんと仕事になる」
反対されても、発表を出して一歩目を踏んだ
とはいえ、会社を作るのは大きな決断だ。
2人は同僚や家族にも相談した。だが返ってきたのは、慎重な言葉ばかりだった。
「話がウケたからって、仕事を辞める必要あるのか」
「助言なら、今のまま続ければいい」
それでも2人は、最初の一歩を選んだ。ブルックスプリングを立ち上げたことを正式に発表し、世の中に投げかけた。
ただの勢いでは終われない。プロとして信頼される必要がある。言葉選びも、見せ方も、経歴の出し方も工夫した。
舞台の上での注目を、「お金を払ってでも頼みたい価値」に変えられるか。そこが勝負だった。
混乱の時期が、逆に追い風になった
起業のタイミングとしては最悪に見えた。世界が止まりかけていたからだ。
多くの会社が先を読めず、不安を抱えていた。対面の営業も、会食も、イベントも難しい。昔ながらのやり方が使えなくなった。
ところが、ブルックスプリングの設立が知られると、問い合わせが一気に増えた。世界中から50〜60社が連絡してきたという。
相談は切実だった。
「どうすれば忘れられずにいられる?」
「どう生き残ればいい?」
2020年の初め、完璧な答えを持つ人はいなかった。でも2人には強みがあった。プロップテック業界の中で働いてきた経験がある。何が重要で、何が空回りするのかが分かる。
在宅中心の働き方に合わせて発信を組み立て、会社の安心感と存在感を作る。そんな支援が求められていた。
「しぼる」ことが、いちばん強い差別化になった
PR業界は競争が激しい。似た会社は山ほどある。
だから2人は、自分たちの違いをはっきりさせた。
プロップテックの外から眺めているPR会社ではない。中で働いてきた人間として、現場の言葉が分かる。その時点で信頼の質が変わる。さらに、業界内の人脈もあった。
会社が成長するにつれ、仕事の流れも整えていった。見込み客への連絡を仕組み化し、反応に合わせて段階的にメッセージを送る。
その結果、顧客の約9割がこの仕組みから生まれた。残りは紹介だった。
昔ながらのPR会社を、あえてやらなかった
ブルックスプリングは「伝統」に寄りかからない。
顧客との連絡にはSlackを使い、いつでも相談できる状態を作った。月1回の定例連絡で終わる関係ではなく、常につながれる体制を重視した。信頼は接触回数だけでなく、安心して声をかけられる距離から生まれると考えたからだ。
服装も堅いスーツではなくカジュアルに寄せた。顧客の文化に合わせ、必要以上にかしこまらない。そのほうが本音が出やすい。
そしてもう一つ、2人が大事にしたのは「休むこと」だった。よく働くことより、良い状態を保つことを優先する。仕事より大切なものとして、信念や家族を挙げる。信念は宗教に限らず、その人の軸になる価値観も含む。
土台が安定していれば、仕事も安定する。そう考えていた。
プレスリリースだけに頼らず、話題を作り続けた
ある顧客は以前、大手PR会社に頼んで失敗していた。費用は高いのに、新しい提案が少ない。動きも遅い。
ブルックスプリングは逆をやった。発表がなくても物語を作り、伝え続ける。アイデアを出し続け、話題を切らさない。
最初は「会社を立ち上げた」という発表で注目を集めた。だがその後は、発表配信に頼りすぎない。勢いを作るための中身に時間を使った。
数字が示した成長と、ブレない集中
ブルックスプリングは初年度に約1,500万円($100,000)の売上を作った。混乱の時期の起業としては、十分に意味のある結果だった。
その後も成長を続け、年間の継続売上は約2億2,500万円($1,500,000)に届く見通しになった。
プロップテックは狭い分野に見える。だが土台の不動産市場は巨大だ。不動産は世界最大級の資産であり、全世界の不動産価値を合計すると世界の株式市場全体を上回るとも言われる。
それでも、テクノロジーの活用はまだ十分に進んでいない。だから伸びしろがある。
2人は他の流行分野に目移りしなかった。自分たちの強みはプロップテックの知識と経験だと分かっていたから、そこから外れない。
その集中が、ブルックスプリングの成長を支えた。
この記事のポイント
- プロップテックに特化し、PR市場で埋もれない立ち位置を作った
- 業界経験と人脈が、信頼と最初の追い風につながった
- 顧客獲得を仕組み化し、継続的な連絡で関係を強くした
- 発表だけに頼らず、日常的に話題を作る姿勢を貫いた
