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資金調達に断られた無名チームが「登録100日で紹介通知」を仕込んだら導入1,200施設。医療SaaSの勝ち方

8 min read2026年3月16日
資金調達に断られた無名チームが「登録100日で紹介通知」を仕込んだら導入1,200施設。医療SaaSの勝ち方

ビジネス概要

事業タイプ

SaaS

フェーズ

拡大期

規模感

ドイツ・オーストリア・スイスで約1,200の施設に導入

概要

診療所や治療院の予約・記録・請求・会計などの事務業務をブラウザで一括管理できる医療向けクラウドソフトを提供する。

ターゲット

診療所・治療院の院長/運営責任者

主な打ち手

予約サイト案をやめて「運営全体を支える」業務一体型に方向転換し、紹介を促す仕組み(登録約100日後の紹介通知)で既存利用者からの紹介を増やした。

30秒で分かる

1少人数のチームが、約1,200施設に導入。

ドイツ・オーストリア・スイスで利用

2021年は1,900件超に平均3分返信

チームはわずか5人だった。

2医療の事務が、現場を縛っていた。

予約、記録、請求、会計が重い

紙と電話が中心で変わりにくい

患者対応の時間が削られていた。

3最初の挑戦は失敗し、2年止まった。

2009年に金融で挑戦し不発

2011年に計画を一旦停止

次の勝負どころを探した。

4予約サイト案を捨て、業務一括へ。

試作品で現場の声を集めた

「困りごとは予約だけじゃない」

予約単体から方針転換した。

5伸びたのは紹介と検索の改善だった。

2018年にサイトを直し検索で届いた

登録約100日で紹介を促す仕組み

2019年から成長の約70%が紹介

過去3年間は毎年売上が倍増した。

6この話の核心は、現場の声で磨くこと。

試作品テストで意見を機能にした

外部資金より利用者を見た

小さく作って直し続けた。


ストーリーの流れ

Problem

医療現場では予約・記録・請求・会計などの事務作業が重く、患者対応の時間が削られていた。

  • 紙や電話、請求書に追われる運用が残り、変化が起きにくい世界だった。
Insight

appointmedは医師やセラピストの事務時間を減らし、患者と向き合う時間を増やす狙いを定めた。

  • 治療以外にも予約管理や記録、請求書作成、会計といった現場を回す作業が山ほどあった。
Action

事務業務をブラウザで一括管理できるソフトとして提供し、端末や場所を選ばず使える形にした。

  • スマホでもタブレットでもノートPCでも使えるため、現場の仕事を進めやすくした。
Team

共同創業者2人が役割分担を固め、開発と営業の担い手を加えてチームの形を整えた。

  • パトリック・インツィンガーが使いやすさと見た目を追求し、ベルンハルト・ケプトがCTOとして安全性と基盤を担った。
  • クリストファー・スプニグがフロントエンド開発で加わり、マリオ・ハーベンバッハーがマーケティングと営業を担当した。
Problem

金融分野の挑戦がうまくいかず計画を止め、2年間の空白が生まれた。

2年間活動停止期間
  • 金融は人脈がものを言う世界で、入り口に立つことすら難しかった。
Insight

次の勝負どころとして医療を選び、ドイツ語圏に未充足の余地があると見立てた。

  • ヨーロッパの医療現場では使いやすさ重視の改善が十分に進んでおらず、アメリカが先を行っていた。
  • 医療向けソフトは更新が止まったものも多く、新製品も現場品質に届かないケースがあった。
Insight

最初の案だった予約サイトは現場の本当の課題に届かないと気づいた。

  • 試作品を医師やセラピストに見せると、困っているのは予約だけではないという反応が返ってきた。
  • 紙とペンで管理し記録を箱に保管する施設もあり、予約のネット化だけでは負担が残った。
Action

予約単体から方針転換し、診療所や治療院の業務全体を支えるサービスへ舵を切った。

  • 運営全体を楽にする仕組みとして設計を組み直した。
Action

試作品を作り直し続けて初期版を完成させ、2016年に会社として正式に設立した。

2016年正式設立
  • 完成までに2年を要した。
Problem

公開後の3年間は利用者が増えず、収支もぎりぎりの状態が続いた。

  • メール営業、電話営業、チラシ配りなど集客のためにできることはすべて試したが、思うような結果は出なかった。
Action

2018年にサイトをリニューアルして検索で見つけてもらえるよう改善し、状況が変わり始めた。

2018年サイト刷新
  • 必要な人に届く導線を整えた。
Growth

紹介の流れが強い医療業界で口コミが追い風となり、2019年から事業が伸び始めた。

2019年から成長開始時期
  • 使って満足した人が同業者に勧める流れが特に強かった。
Action

登録から約100日後に紹介を促す通知を送り、紹介先が契約すると特典がもらえる仕組みを用意した。

  • 約3か月のころが機能の良さを実感しやすく満足度も高まりやすいと判断した。
Growth

成長の約70%が既存利用者からもたらされる構造になった。

成長の約70%既存利用者起点の成長比率
  • 利用者自身がブランドを広める役割を担うようになった。
Monetize

有料広告に大きく頼らず、過去3年間は毎年売上が倍増している。

過去3年間は毎年売上が倍増売上成長
  • 紹介と検索流入の積み上げが伸びを支えた。
Action

開発では利用者を試作品テストに参加させ、現場の声を新機能につなげた。

  • 医療のように慎重さが求められる世界では地道な積み重ねが効いた。
Problem

創業初期は副業状態で優先順位の問題が起きやすく、全員の生活を支える売上が出るまで移行に時間がかかった。

  • パトリックは最初の4年間、スタートアップ支援や海外の仕事が主な収入源だった。
  • 体験登録や新規契約といった小さな成果を節目として祝うことでモチベーションをつないだ。
Action

約6か月間の資金調達が折り合わず、外部資金に頼らず貯金で進める道を選んだ。

  • ヨーロッパでは出資額が小さいにもかかわらず多くの株式を求められることがあり条件が合わなかった。
  • 必要なところにだけお金を使い最初のバージョンを形にした結果、事業は100%自分たちの手元に残った。
Scale

チームを小さく保ち、自動化とリモート中心の働き方で持続的に成長できる形を目指してきた。

  • SaaSは固定費が比較的低く社内作業も自動化しやすいため、人を増やす前に仕組みで回す方針を取った。
  • 感染症の流行より前からリモート中心の形を選び、コストを抑えながら生産性を上げた。
Scale

ドイツ・オーストリア・スイスで約1,200の施設に導入され、5人のチームで運用している。

約1,200の施設導入施設数
5人チーム規模
  • 医療現場にクラウドSaaSの価値を伝え続けてきた。
Scale

2021年には1,900件以上の問い合わせに平均3分で返信できる体制を整えた。

平均返信時間は3分問い合わせ対応速度
1,900件以上の問い合わせ問い合わせ件数
  • 小さなチームでも対応品質を維持できる運用を作った。
Scale

外部開発者が機能を追加できる世界を見据え、業務の中心となる基盤を目指している。

  • 紙と電話と箱の記録から少しずつ人を解放するために、appointmedを中核に据える構想を描いている。

医療の現場では、治療そのものだけでなく、予約・記録・請求・会計といった事務作業が積み重なる。紙や電話、請求書に追われ、目の前の患者に集中したくても時間が削られていく。

そんな「変わりにくい世界」に、少人数のチームが挑んだ。最初の挑戦は失敗し、2年間活動が止まった時期もある。公開後の3年間も利用者はなかなか増えず、収支はぎりぎりだった。

それでも試行錯誤を重ね、いまではドイツ・オーストリア・スイスで約1,200の施設に導入され、2021年には1,900件以上の問い合わせに平均3分で返信できる体制を整えた。小さなチームが、どうやって医療の「当たり前」を少しずつ動かしてきたのか。

医師やセラピストを、紙と電話と請求書から解放する

新興企業が古い業界の常識を変えようとする話はよくある。金融は早くからITが浸透し、仕事のやり方が大きく変わった。一方で医療は、変化の起きにくい世界として残り続けていた。

オーストリア生まれのappointmedは、その医療現場を少しずつ変えようとしている。狙いはシンプルで、医師やセラピストが事務作業に費やす時間を減らし、患者と向き合う時間を増やすことだ。

外科医、心理療法士、作業療法士、オステオパシーの施術者、栄養士——こうした人たちの仕事は治療だけでは終わらない。予約を入れ、患者の記録を残し、請求書を作り、会計をまとめる。現場を回すための作業が山ほどある。

appointmedはそれらをブラウザで動くソフトとして一括で扱えるようにした。スマホでもタブレットでもノートPCでも使えるため、場所を選ばず仕事を進められる。

現在、ドイツ・オーストリア・スイスで約1,200の施設が利用している。チームはわずか5人。それでも2021年には1,900件以上の問い合わせに対応し、平均返信時間は3分だったという。2022年には創業6年目を迎えた。

2人の再会から始まった

中心にいるのは、共同創業者でCEOのパトリック・インツィンガーだ。子どものころからものづくりが好きで、13歳で作ったウェブサイトを売った経験がある。その後はプロダクトデザイナーとして長く働き、スタートアップの立ち上げ支援や海外案件にも携わってきた。

もう一人の共同創業者がベルンハルト・ケプト。技術に興味を持ち、のちにコンピュータ工学を学んだ。パトリックがUI/UXデザインの道へ進み、ベルンハルトが開発側へ進む形で別々のキャリアを歩んだ2人は、のちに再会してフリーランスの仕事で一緒に動くようになる。

2013年、2人は新たな挑戦に向けてアイデアを練り始めた。パトリックは「使いやすさ」と「見た目」を徹底的に追求する役割を担い、ベルンハルトはCTOとしてデータの安全性やシステムの基盤を固める役割を担った。

そこにクリストファー・スプニグがフロントエンド開発で加わり、マリオ・ハーベンバッハーがマーケティングと営業を担当。役割がそろい、チームの形が整った。

一度失敗して、2年間止まった

このチームは、最初から医療を目指していたわけではない。2009年には金融分野のスタートアップにも挑戦したが、うまくいかなかった。金融は人脈がものを言う世界で、入り口に立つことすら難しかった。

2011年、計画を一旦止めた。2年間の空白ができた。

それでもチームの相性は良く、次の勝負どころを考え続けた。出た答えが医療だった。簡単な業界ではないが、自分たちの強みを活かせる可能性があると感じた。

ヨーロッパの医療現場では「使いやすさ」を重視した改善がまだ十分に進んでおらず、アメリカのほうが先を行っている。特にドイツ語圏の市場は伝統が根強く、ITの発想を持ち込むだけでも新鮮な挑戦になった。

加えて、医療向けソフトの多くは古いまま更新が止まり、新しい製品が出ても現場が求める品質に届いていないケースがあった。そこにまだ空きがあると見えた。

最初の案は「予約サイト」だった。でも違った

appointmedの最初のアイデアは、患者がネットで予約できるシンプルな予約サイトだった。試作品を作り、医師やセラピストに見せてフィードバックを集めた。

返ってきた言葉はこうだった。「便利そう。でも本当に困っているのはそこじゃない」

現場が求めていたのは、予約だけでなく、運営全体を楽にする仕組みだった。紙とペンで管理し、記録を箱に入れて保管しているような施設もある。予約をネット化しても、他の作業が重いままでは結局ラクにならない。

そこで方向転換した。予約単体のサービスではなく、診療所や治療院の業務をまるごと支えるサービスへと舵を切った。

完成まで2年、公開後3年は苦しかった

試作品を何度も作り直し、2年かけて初期版を完成させた。2016年、会社として正式に設立した。

しかし公開後の3年間は厳しかった。利用者はなかなか増えず、収支もぎりぎり。理想と現実の差は大きかった。

集客のためにできることはすべて試した。メール営業、電話営業、チラシ配り。それでも思うような結果は出なかった。

転機は2018年。サイトをリニューアルし、検索で見つけてもらえるよう改善した。必要な人に届くようになり、状況が変わり始めた。

伸びた理由は「紹介」だった

もう一つの追い風になったのが口コミによる紹介だ。使って満足した人が同業者に勧める。医療の世界では、この流れが特に強い。

appointmedには専用の仕組みがある。登録から約100日が経つと、知人への紹介を促す通知が届く。紹介先が契約すると、小さな特典がもらえる。

なぜ100日なのか。使い始めて約3か月のころが機能の良さを実感しやすく、満足度も高まりやすいと判断したからだ。

結果として、利用者自身がブランドを広める役割を担うようになった。2019年から事業は伸び始め、成長の約70%が既存利用者からもたらされるようになった。有料広告に大きく頼ることなく、過去3年間は毎年売上が倍増しているという。

「必要な機能」は現場が教えてくれた

プロダクト開発においても、チームは利用者の声を重視した。自分たちの知識だけでは限界がある。現場が本当に必要なものは、現場が一番よく知っている。

試作品のテストに利用者を参加させ、出てきた意見を新機能へとつなげていった。派手なアプローチではないが、医療のように慎重さが求められる世界では、この地道な積み重ねが効いた。

副業で続けるのは、想像以上に難しい

創業初期、メンバーたちはフリーランスの仕事や別事業と並行しながらappointmedを進めていた。パトリックはスタートアップ支援や海外の仕事を続け、最初の4年間はそれが主な収入源だった。

少しずつ本業へ移行していったが、簡単ではなかった。全員が生活できるだけの売上を会社が生み出せるようになるまで待つ必要があったからだ。技術分野で安定した収入があった分、切り替えには時間がかかった。

副業状態では優先順位の問題が必ず生じる。別の仕事が忙しくなると、appointmedに割ける時間が足りなくなる。だからこそチームは、小さな成果をきちんと祝うようにした。体験登録が入ったとき、新規契約が決まったとき——そのたびを節目として認め、モチベーションをつないだ。

資金調達に頼らないと決めた

創業者たちは当初、約6か月間、資金調達を試みた。しかしうまくいかなかった。ヨーロッパでは、出資額が小さいにもかかわらず多くの株式を求められることがある。条件が折り合わなかった。

投資家からは「まず製品を作ってから話そう」と言われたが、創業者側は「製品を作るために資金が必要だ」と感じていた。話がかみ合わなかった。

そこで外部資金に頼らず、自分たちの貯金で進める道を選んだ。インフラ費用、初期の支払い、外部協力者への依頼——必要なところにだけお金を使い、最初のバージョンを形にした。

その結果、事業は100%自分たちの手元に残った。投資家の顔色ではなく、利用者の声を見る会社になった。

小さなチームのまま、強くなる

appointmedはチームをできるだけ小さく保つ方針を取ってきた。SaaSは固定費が比較的低く、社内作業も自動化しやすい。人を増やす前に仕組みで回るようにする——そうやって持続的に成長できる形を目指してきた。

働き方もリモート中心で、感染症の流行より前からその形を選んでいた。各自が集中できる場所で働けるため、コストを抑えながら生産性を上げられる。メンバーの多くはウィーン周辺に住んでいるが、必要に応じて別の場所で働く自由もある。

医療の現場を、少しずつ現代に近づける

5人という小さな体制でも、医療現場にクラウドSaaSの価値を伝え続けてきた。クラウドを使えばデータの安全性への不安を軽減でき、バックアップの心配も機器の管理負担も小さくなる。診療所や治療院を現代的な環境に整えることに、致命的なデメリットはない。

次に見据えているのは、外部の開発者が機能を追加できる世界だ。appointmedを、医師やセラピスト向けの「業務の中心」にしていく。紙と電話と箱の記録から、少しずつ人を解放するために。