開発から10か月で、ギフトとして動いた金額が約1億5,000万円(100万ドル)規模。これほどの成長を遂げたサービスも、最初から順調だったわけではない。
広告費はゼロ。実績もない。知らない相手にDMを送れば詐欺と思われて無視される。取引額が約3万円(200ドル)未満の月もあった。
それでも、ファッションデザイン出身のダシールは独学でコードを書き続け、インフルエンサー向けの「安全にギフトを受け取る仕組み」を形にしていく。何が転機になり、どこから伸び始めたのか。
得意な場所の外に、次の扉がある
「経験のある分野にとどまるほうが失敗しにくい」とよく言われる。転職でも作品づくりでも起業でも、知っていることを続けるのが安全だ、と。
でも、心が強く引っぱられるテーマや大きなチャンスは、慣れた場所の外に転がっていることがある。
WishTenderというウィッシュリスト&ギフト受付サービスを作ったダシール・バーク=ハスは、その典型だ。ファッションデザインを学んだ人間が独学でコードを書き始め、1年もたたないうちにインフルエンサー向けのギフトプラットフォームを形にした。利用者は約3,000人まで増え、ギフトとして動く金額も約1億5,000万円(100万ドル)を超えるペースで伸び続けた。
「練習にちょうどいい題材」を探していた
ダシールは昔から「作って、売る」ことが好きだった。子どものころはアクセサリーを作って近所で売ったり、ちょっとした「薬みたいなもの」を売ったりもした。チケット制の小さな劇を開いたこともある。高校では映画づくりに関わり、大学卒業後はフィットネス事業も始めた。
大学ではファッションデザインを学んだが、仕事として続けると体への負担が大きく、別の道を選ぶことになる。
その過程で、ダシールの興味をつかんだものが二つあった。プログラミングと、明晰夢(夢の中で「これは夢だ」と気づく体験)だ。
長期的なゴールはテック企業の起業家になること。そのためにまず、コードを書く力を身につけようと決めた。
バンの故障と、一冊の本がきっかけだった
当時、ダシールは配偶者のサムとバンで暮らしていた。ある日、そのバンが故障する。近くに本屋があり、そこで初めてのプログラミング本を手に取った。
その瞬間、「続ける」と腹が決まった。100日間のコーディング挑戦を始め、それは365日へと延び、その後もほぼ毎日コードを書き続けた。
友人の悩みが、最初のアイデアになった
学び始めて約6か月。友人が相談を持ちかけてきた。ネット上で活動するその友人はファンから贈り物をもらうことがあったが、住所を知られずに安全にギフトを受け取る方法がなかった。
お願いはこうだ。匿名でギフト代を受け取れるウィッシュリストの仕組みを作れないか。うまくいったら収益は分け合う。
ダシールにとって、それは「初心者でも挑戦できて、学びながら作れて、当たればお金にもなる」絶好の題材だった。
同じ悩みを抱える人は他にもいるはずだ。そう考え、インフルエンサーや公の立場にある人たちにアンケートや電話でヒアリングを重ねると、市場に穴が空いていることが見えてきた。
急いで出すより、作りながら学ぶ道を選んだ
開発はゆっくり進んだ。経験が浅く、作りながら覚えるしかなかったからだ。
スタートアップの世界では「まず最低限の形を早く出せ」とよく言われる。だが、外注しない限りそれは難しい。そもそもダシールの目的には経験を積むことも含まれていた。だから時間をかけて作った。
約1年の開発を経て、2021年7月にWishTenderを公開した。
調査の数字は、現実の売上にならなかった
調査の段階で「使いたい」と言っていた人は一定数いた。公開後、ダシールはその人たちに連絡し、最初の利用者になってもらうつもりだった。
ところが、インタビューした相手の中には活動をやめていた人もいた。登録してくれた人もいたが、聞いていたほどギフトのやり取りは活発ではなかった。
ここで痛い教訓を得る。人はインタビューでは、実際より大きく言いがちだ。つまり、その人たちは「理想の利用者」ではなかった。
サービスが本当に必要とされるには、ギフトのやり取りが多い層を見つける必要がある。その条件に当てはまりやすかったのが、ファンから定期的な支援を受けやすい成人向けコンテンツのクリエイター層だった。
広告費ゼロ。SNSで、信用を作る戦いが始まった
広告に使える資金はなかった。頼れるのは無料のSNSだけだ。ダシールはXで連絡を取り始めた。
しかし実績がない。知らない相手から突然連絡が来る。詐欺と思われて無視されることも多かった。
最初は相手ごとに文章を変え、丁寧に送っていた。そのため1日に送れるのは20通ほど。時間と労力のわりに成果が出ない。やり方を変える必要があった。
そこでサムが手伝い始めた。2人ともマーケティングのプロではないが、試行錯誤しながら形にしていった。
個別対応を減らし、名前だけ変えれば送れる定型文を用意した。すると1日に60通、時には200通ほど送れるようになった。
この方法に切り替えてから、利用者がまとまって増え始めた。
最初の利用者には、手厚く向き合った
ダシールは初期の利用者に特に丁寧に対応した。質問や不安に一つひとつ答え、信頼を積み上げていった。
匿名性が強い世界では詐欺も多く、信じてもらうこと自体が難しい。逆に言えば、顔の見える運営者が個別にサポートしてくれるだけで、それ自体が強みになる。
利用者がSNSで共有しやすい仕組みも整えた。サービス内に「広めやすい導線」を用意し、ギフトを受け取ったときにフォロワーへ伝えやすくした。
サムはコミュニティ担当としてSNSでの発信を担うようになり、Xが認知拡大と利用者獲得の中心となった。投稿は運営側の自慢ではなく利用者目線を意識し、リポストされやすい形を心がけた。
伸びない時期の不安は、普通に襲ってくる
最初の数か月は特に苦しかった。ギフトの処理額は約3万円(200ドル)未満、利益は約1,000円(7ドル)ほど。デザインツールの利用料まで考えると赤字だ。画面を見つめながら、たった1件のギフトが入るのを待つ日もあった。
「本当に必要とされているのか」も分からない。先が見えない。
似た状況の起業家に相談もした。しかし返ってくる助言はどこかズレて聞こえた。ターゲットが違う、サイトを作り直せ、検証が足りない——そういう話が多かったが、ダシールは「問題はそこじゃない」と感じていた。
あとから振り返ると、本当に必要だった助言は一つだった。
今の取り組みを続けること。
時間をかけて育てる段階で、資金もない。大きな広告は打てない。少ない予算で進めるなら、焦らず待つ力が必要だった。
「6か月だけ」と決めたら、流れが変わった
ダシールは期限を設けた。「6か月だけ続ける」。半年たっても手応えがなければやめる。
その期限を意識してから数か月のうちに、想像以上の成長が起きた。
11月には売上が約45万円(3,000ドル)に跳ね上がり、12月には取引額が4倍の約180万円(12,000ドル)になった。年末はウィッシュリストを整える人が増え、ファンも支援しやすい時期だった。
1月には落ちると予想していたが、落ちなかった。翌月には取引額がさらに2倍になり、その後も毎月伸び続けた。翌年4月には、ギフトとして扱った金額が約1,350万円(9万ドル)を超えた。
事業開始から10か月で、ギフト総額は約1億5,000万円(100万ドル)を超えるペースに近づいた。
ただし本人は「まだ大きな利益を得ているわけじゃない」とも言う。取引ごとに手数料を受け取るモデルだけに、成長が長期的に続くのか、より大きな競合が現れたらどうなるのか。問いは残る。
もう一つの夢は、明晰夢を技術にすること
ダシールはWishTenderと並行して、明晰夢の技術にも取り組んでいる。プログラミングを学び始めた理由の一つが、将来この研究開発を進めるためだった。
夢の中の状態を生体センサーでとらえ、夢の中から外の世界へ合図を送る——そんな発想のプロジェクトを続けている。
WishTenderがより安定したら、明晰夢の技術に再び力を入れる予定だ。明晰夢を起こしやすくし、夢の中から外へ伝えられる環境を目指す「夢の研究室」も作っている。
知らない分野へ踏み出すことが、道を開く
慣れた分野にとどまれば安心できる。でも、あえて快適な場所から踏み出したことで、新しい技術を身につけ、必要とされるサービスを作り、利用者を増やした例もある。
「知っていることだけを続けない」——その選択が成功につながることもある。ダシールの歩みは、それをはっきりと示している。
