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大企業営業を避けてた無名の元CTOが「断るつもりの月15万円見積もり」で年間数億円。IPデータ事業の全手口

7 min read2026年4月10日
大企業営業を避けてた無名の元CTOが「断るつもりの月15万円見積もり」で年間数億円。IPデータ事業の全手口

ビジネス概要

事業タイプ

SaaS

規模感

売上は年間数百万ドル規模(約数億円規模)

概要

IPアドレスに位置情報・回線種別・VPN/プロキシ判定などの文脈データを付加してAPIで提供する。

ターゲット

サイバーセキュリティ・小売・広告関連企業のプロダクト/セキュリティ担当の意思決定者

主な打ち手

外部データ集約から自社で位置情報データを収集・生成する方針に切り替え、大企業の追加要望に有償で応える前提で提案した。

30秒で分かる

1元CTOの個人が、月約15万円を即決され年商数百万ドル規模へ。

IPアドレス情報APIのIPinfo

社員は約20人

サブスク約2,000社、大企業約250社

2背景は「大企業対応は重い」だった。

特別対応が増えると仕組み化が遅れる。

多くのSaaSが避けたくなる領域だ。

3小さな困りごとからAPIを作った。

Facebookの仕事でIP情報が必要だった。

情報源を集めて使いやすいAPIにした。

Stack Overflow投稿で利用が広がった。

4伸びたのは評判と検索の導線だった。

信頼される回答者としてAPIを紹介できた。

検索上位のページも大量に作った。

ただし無関係な問い合わせが増えた。

説明を明確化し、連絡導線を絞った。

5転機は「自前データ」と「大企業の即決」だった。

外部データの品質不満が増えて方針転換した。

自分たちで位置情報データを集め始めた。

断るつもりの月約15万円が即決で通った。

大企業は追加価値に対価を払うと分かった。

6この話の核心は「良いデータは高く売れる」だ。

価値は用途で変わり、価格も変わる。

品質を上げ、使いやすく届けるのが軸になる。

大企業は金で時間を買い、対価を払う。


ストーリーの流れ

Problem

SaaSでは大企業向けの特別対応が仕組み化を遅らせチームを疲弊させる問題がある。

  • 料金プランに収まらない依頼を避けたくなる構造がある。
  • 手間が増えるほど自動化が進まず利益モデルが崩れやすい。
Insight

良いデータには大企業がきちんと対価を払うという気づきが成長の形を変えた。

  • 品質が高いほど必要とする会社が増え、その会社は払うという手応えを得た。
Growth

小さなAPIとして始まったIPinfoは有力なIPデータ提供元として知られるまでに成長した。

社員は約20人組織規模
売上は年間数百万ドル規模(約数億円規模)年間売上規模
  • 創業者は瞑想アプリCalmの元CTOであるベン・ダウリングである。
Insight

投資家に頼らず売上で育てるブートストラップを選び長距離走の会社を志向した。

  • 自力で立ち上げても売却で終わるか疲れて撤退する例を見てきたからだ。
Action

Facebookでの業務ニーズを起点に複数ソースを整理して使いやすいIP情報APIを作った。

  • 開発者がすぐ使える形のAPIがほとんど存在しなかったためである。
Growth

Stack Overflowへの投稿をきっかけに利用者が増えビジネスになる感触を得た。

  • 信頼される回答者として質問に応じて自然にAPIを紹介できた。
Monetize

Calmを辞めた時点でIPinfoの売上が給与を超えたため事業に賭ける決断をした。

  • 通勤中の返信と夜の改善を続けながら問い合わせ増に対応していた。
  • CalmとIPinfoのどちらかに集中しなければ回らない状態になっていた。
Team

最初の1年はほぼ一人で回しつつ外部協力者とパートタイムの仲間を増やしてフルタイム体制へ育てた。

  • 開発とマーケティングとサポートを自分で担い足りない部分だけ頼った。
Growth

評判と検索を柱に認知を広げる一方で非顧客からの連絡増という副作用が起きた。

  • 通信トラブル相談などサービス誤認による問い合わせが増えすぎた。
Action

サービス説明を明確化し問い合わせ導線を絞って本当に必要な顧客だけが連絡できる設計に変えた。

  • 問い合わせボタンを消し簡単には連絡できないようにした。
  • 少し不便でも必要な顧客は離れないことを確認した。
Problem

フルタイムで取り組み始めた最初の1年は期待したほど成長せず伸び悩んだ。

  • 時間は増えたのに成長スピードが変わらず落ち込んだ。
Action

改善を積み重ねたうえで専任の営業担当を雇い自分たちでデータを集め始めた。

  • この2つが次の大きな転機になった。
Insight

IPinfoの提供価値はIPアドレスそのものではなく文脈データを付加して返す点にある。

  • 位置情報や回線種別やVPN・プロキシ判定や通信会社情報などをAPIで返す。
  • VPN普及で位置情報だけでは不十分となり周辺情報を充実させた。
Growth

顧客はサブスクリプション利用者と大企業顧客の両方に広がった。

サブスクリプション利用者が約2,000社利用企業数
大企業顧客が約250社大企業顧客数
  • 用途は表示最適化や攻撃元調査や不正兆候検知など多岐にわたる。
Insight

同じデータでも損失防止のような文脈では支払える金額が大きく変わるため価格設定は難しい。

  • 登録フォームの利便性向上と不正防止では価値がまるで違う。
  • 軸はデータ品質を高く保つことと使いやすい形で届けることの2つだった。
Action

外部データ集約から自社で位置情報データを作る方針へ転換した。

  • 数年経ってデータの質が良くないという声が増えたためである。
  • 自社収集により品質が業界上位に入る水準になったという。
Monetize

断るつもりで出した月約15万円($1,000)の見積もりが即決で通り大企業の支払い余地を理解した。

月約15万円($1,000)大企業向け見積額
  • 大企業は金はあるが時間がなく金で時間を買うと腹落ちした。
  • これを機に大企業向けの可能性を真正面から考えるようになった。
Scale

規制強化でクッキーや端末IDが使いにくくなればIPデータ需要が高まる可能性を見据えた。

  • 個人を強く特定しない一般的なデータへの需要が増えるかもしれないという見立てである。
  • より細かい位置情報や接続種類など文脈データをさらに付加していく考えである。
Insight

ブートストラップではキャッシュフローが最重要で大企業向けは研究開発費を顧客に負担してもらえる形になり得る。

  • 開発負担は増えやすいが利益も大きいというメッセージである。
  • 利益を増やすための変更が結果的にやるべき改善だったというケースも多いとされる。

「大企業向けは面倒だ」。SaaSをやるほど、そう感じる場面は増える。特別対応が増えれば仕組み化は遅れ、チームは疲弊する。だから多くの起業家は、料金プランに収まらない依頼を避けたくなる。

しかしIPアドレスのデータを提供するIPinfoは、逆の手応えをつかんだ。品質の高いデータには、大企業がきちんと対価を払う。そしてその一件が、会社の成長の方向を変えていく。

「断るつもり」で出した月約15万円($1,000)の見積もりが、即決で通った。なぜそんなことが起きたのか。小さなAPIから始まったIPinfoが年間数百万ドル規模(約数億円規模)まで育つ過程とともに振り返る。

良いデータには、大企業が金を払う

SaaSは、できるだけ自動で回る仕組みを作り、少ない手間で利益を伸ばすモデルだ。だから多くの起業家は、料金プランに収まらない特別対応を嫌う。仕組み化が遅れてチームが疲れるからだ。

しかしある起業家は、逆の発見をした。「大企業は、良いデータのためなら高く払う」。その気づきが、会社の成長のかたちを変えた。

主人公はベン・ダウリング。瞑想アプリCalmの元CTOで、IPアドレスの情報を返すサービスIPinfoを立ち上げた人物だ。小さなAPIから始まったIPinfoは、今やIPデータの有力な提供元として知られる。社員は約20人、売上は年間数百万ドル規模(約数億円規模)まで成長した。

投資家のいる世界から、自力で稼ぐ世界へ

ベンは10年以上、開発者やCTOとしてスタートアップで働いてきた。資金調達を受けた会社も多かった。

そんな彼が次に選んだのは、投資家に頼らず自分の売上で育てるやり方、いわゆるブートストラップだった。

それでも長く続く会社を作るのが難しいことは、身に染みて知っていた。自力で立ち上げても、うまくいったら売って終わり。あるいは疲れてやめて、会社員に戻る。そんな例を何度も見てきた。

だからベンは、短距離走ではなく長距離走の会社を作りたいと思った。

Facebookの仕事の裏で、小さく始まった

ベンはFacebookで働きながら、空いた時間に小さな開発を続けていた。その中の一つがIPinfoになった。

職場ではIPアドレスの情報が必要になる場面が多かった。ところが、開発者がすぐ使える形のAPIはほとんど存在しなかった。そこでベンは、複数の情報源を集めて整理し、使いやすいAPIにまとめた。

Stack Overflowに投稿すると反応があり、使う人が増えた。ベンは「これはビジネスになる」と感じた。

2014年にFacebookを離れてCalmのCTOに就いた後も、IPinfoはやめなかった。通勤電車の中で問い合わせに返信し、夜に改善を続けた。

やがて問い合わせが増えすぎ、CalmとIPinfoのどちらかに集中しなければ回らなくなった。

2016年にCalmを辞めた時点で、IPinfoの売上はすでに給与を超えていた。先は読めない。それでもベンはIPinfoに賭けることを決めた。

最初の1年はほぼ一人で回した。開発もマーケティングもサポートも自分でこなし、足りないところだけ外部の協力者に頼った。少しずつパートタイムの仲間を増やし、やがてフルタイムのチームへと育っていった。

広まった理由は、評判と検索だった

IPinfoが知られるようになった大きな理由の一つは、Stack Overflowでの活動だ。ベンはもともと信頼される回答者だったため、IPデータを探す質問が出ると自然に自分のAPIを紹介できた。

もう一つの柱はSEOだった。通信会社やIPに関するページを大量に作り、「自分のIPアドレスは何か」といった検索で上位に表示されるよう取り組んだ。

ただ、このSEOは別の問題も招いた。アクセスは増えたものの、顧客ではない人からの連絡が増えすぎたのだ。IPinfoをインターネット会社と勘違いして通信トラブルを相談する人が現れたり、海外で特定のサービスが遮断されるとなぜかIPinfoに電話が来たりすることもあった。

チームは方針を変えた。サービス内容をページ上でより明確に説明し、問い合わせのハードルを上げた。問い合わせボタンを消し、簡単には連絡できない設計にした。

少し不便になっても、本当に必要な顧客は離れない。そう確認できたからだ。

集客の流れは整った。しかしフルタイムで取り組み始めた最初の1年は、期待したほど伸びなかった。時間は増えたのに、成長のスピードは変わらない。ベンは落ち込んだ。

それでも改善を積み重ねると、やがて伸び始めた。次の大きな転機は2つあった。専任の営業担当を雇ったことと、自分たちでデータを集め始めたことだ。

IPアドレスに「文脈」を足す仕事

IPinfoが売っているのは、IPアドレスそのものではない。IPアドレスに「文脈」を付加するデータだ。

たとえば、そのIPがどこから接続しているか、回線の種類は何か、VPNやプロキシか、どの会社の回線か。そういった付加情報をAPIで返す。

代表的なのは位置情報データだ。IPアドレスを渡すと、シアトルの住宅なのか、サンフランシスコのオフィスなのか、といった場所を推定できる。

ただ、VPNが普及すると位置情報だけでは不十分になる。見かけの場所が変わってしまうからだ。そこでIPinfoは、VPNかどうか、どの通信会社かといった情報も充実させていった。

顧客層は幅広く、サブスクリプション利用者が約2,000社、大企業顧客が約250社。分野はサイバーセキュリティ、小売、広告関連が多い。

活用方法もさまざまだ。ログインユーザーの場所に合わせて表示を変える、攻撃元を調査する、不正アクセスの兆候を検知する、といった用途がある。

ここで重要なのは、同じデータでも価値が変わるという点だ。登録フォームを少し便利にするためのデータと、不正を防いで大きな損失を食い止めるためのデータでは、払える金額がまるで違う。だから価格設定も一筋縄ではいかない。

ベンが軸に置いたのは2つだけだった。データの品質を高く保つこと、そして顧客が使いやすい形で届けること。この考えが、IPinfoの方向転換を生んだ。

断るつもりの値段が、即決で通った

IPinfoは当初、外部のデータを集めてまとめるサービスだった。しかし数年経つと「データの質が良くない」という声が増えた。

そこでベンは、自分たちで位置情報データを作る方向へ舵を切った。今では業界でも上位に入る品質になったという。

自社でデータを集め始めると、大企業からの問い合わせが増えた。ベンは当初、大企業向けの営業を避けたかった。会議が増え、要望も多く、手間がかかるからだ。電話会議を求められても「クレジットカードで通常プランを購入してほしい」と伝えていた。

しかし、ある問い合わせがベンの考えを変える。相手は特別な機能を求めていた。正直対応したくなかったベンは、「これなら断れるだろう」と高めの金額を提示した。月約15万円($1,000)だ。

相手は迷わずOKした。

その瞬間、ベンは理解した。大企業は追加の価値にもっと払える。金はあるが時間がない。だから金で時間を買う。

これを機にIPinfoは、大企業向けの可能性を真正面から考えるようになった。良いデータを作るほど必要とする会社は増え、その会社はきちんと払う。

規制の時代が、追い風になるかもしれない

ベンは今後、IPアドレスに対してさらに多くの文脈データを付加していく考えだ。より細かい位置情報や、接続の種類に関する情報などが候補に挙がっている。

世界ではデータ収集への規制や監視が強まっている。しかしそれが逆に機会になる可能性もある。

たとえばEUの規制により、広告業界が使ってきたクッキーや端末IDが使いにくくなれば、個人を強く特定しない一般的なデータへの需要が高まるかもしれない。IPデータはその有力な選択肢になり得る。

ベンが他の起業家に伝えたいのは、大企業向けの機会を真剣に考えろ、ということだ。開発の負担は増えやすい。だが利益も大きい。良い解決策には金が出る。研究開発の費用を顧客に負担してもらえる形にもなり、新しい製品づくりのリスクが下がる。

投資家に頼らない事業では、キャッシュフローを作ることが何より重要だ。利益を増やすために行った変更が、振り返れば「結局やるべき改善だった」というケースも多い。IPinfoの成長は、その典型として語られている。