夜に出かけるのは、楽しいはずだった。
けれど、行く店も雰囲気も毎回同じで、「今夜は当たりか外れか」が分からないまま時間だけが過ぎていく。そんな停滞感が、少しずつ不満に変わっていった。
その小さな違和感から動き出した2人は、5か月で周辺約20店とつながり、利用者3,000人超まで伸ばしていく。寮の一室から始まった挑戦が、街の夜の選び方を変えようとしていた。
外出がつまらなくなった夜、寮の部屋から始まった
友だちと夜に出かけるのは、本当は楽しいはずだった。
でもコンラッド・ブレイクとライアン・ルトコウスキーは、だんだん同じことを感じるようになっていた。行く店はいつも同じ。ドリンクも音楽も雰囲気も、毎回大体変わらない。せっかくの夜なのに、期待したほどワクワクしない。
「今夜どこが当たりなのか、行く前に分かったらいいのに」
そんな気持ちが、Tap Inの出発点になった。場所は大学の寮。大きな会社でも立派なオフィスでもない。日常の中の小さな不満から、2人は動き始めた。
「いまこの店どう?」をみんなで共有する
Tap Inは、街のナイトライフをリアルタイムで共有するアプリだ。
その店にいる人が、今の状況を投稿する。
- ドリンクの割引があるか
- 流れている音楽のジャンルは何か
- どれくらい混んでいるか
- 入店まで何分待つか
利用者が「いまこの店にいる」と参加登録すると、その店の情報が蓄積され、これから向かう人が事前に判断できるようになる。
5か月で、ボルチモア周辺の約20の飲食店とつながり、利用者は3,000人を超えた。売上も伸び、次は別の地域へ広げる計画も動き出した。
思いつきで作らない。まず400人に聞いた
2人はメリーランド州のタウソン大学を出たばかりで、学士号と修士号を取得していた。学生アスリートとしてアメリカンフットボールにも打ち込んできた。
忙しい毎日の合間に外へ出ても、結局いつもの店に落ち着く。失敗したくないから、新しい店を試すのが億劫になる。
感染症の流行で外出が制限されていた時期、2人は「外に出る体験を面白くする方法」を何百通りも考えた。その中でTap Inのアイデアを友人に話すと反応がいい。そこでライアンは、勢いだけで進まないことにした。
「作り手の思い込みじゃなく、使う人が本当に困っていることを確かめよう」
2人は大学生400人にアンケートを取った。
「良い夜だった」を決める5つの条件
アンケートで見えてきたのは、大学生が「今夜は当たりだった」と感じるポイントだった。
- 店の価格帯
- 飲み物の質
- 音楽のジャンル
- 客層や混み具合
- 待ち時間
中でも最大の不満は、ドリンクの値段だった。
さらに、地元のバーやクラブの割引情報を知らない学生が約70%もいた。店は看板やSNSで宣伝しているつもりでも、必要な人に届いていない。知らなければ「高い店」に見えるだけで、足を運ぶ理由がなくなる。
このズレを埋めれば、利用者にも店にもメリットがある。2人はそう考えた。
店にも会いに行き、仲間も増えた
Tap Inは利用者だけのサービスではない。店側が乗ってくれなければ広がらない。
2人は地元のバーへ直接足を運び、経営者に集めたデータとアイデアを見せた。店側も「集客や売上につながるかもしれない」と理解し始めた。
その後、UX/UIデザイナーのエマーソン・マッジが加わった。複数のプラットフォーム開発に携わった経験を持ち、プロダクトの設計と展開を熟知している。Tap Inでは共同創業者として、プロダクト全体をまとめる役割を担うことになった。
アプリがないなら、先にSNSで価値を出す
次の壁は開発費だった。最初から理想のアプリを作るほどの資金はない。
そこで2人は順番を変えた。
「アプリでやりたいことを、まずSNSでやる」
2021年9月、アプリ公開より前にSNSアカウントを作り、地元のバー情報を投稿し続けた。役立つ情報を発信し続けるうちに少しずつ名前が知られるようになり、需要があるかどうかも見えてきた。
コンラッドは一つの基準を設けていた。学期末までにフォロワーが1,000人に届かなければ、需要が弱いと判断する。
だが結果は早かった。学期の途中で1,000人を超えた。手応えは十分だった。
プログラミング経験ゼロでも、300時間で形にした
2人の専攻はスポーツマネジメント、コミュニケーション、金融、マーケティング。コンピューターサイエンスの経験はなかった。
それでも止まらなかった。方法を探せば形にできると信じた。
ノーコードのアプリ作成ツールを学び、画面を設計し、データベースを組み、ブランドに合わせて仕上げる。動画教材も活用しながら、3か月で300時間以上を費やして最初のバージョンを作り上げた。
2022年1月、Tap Inの最初のバージョンを公開。数週間で1,500人が使い始めた。SNSで待機リストを作っていたことも効いた。その後、利用者は3,000人を超え、アプリは何度もアップデートされた。
パーティーアプリは、パーティーで広がった
Tap Inが伸びるきっかけになったのはイベントだった。
地元のバーやクラブと組み、イベントを企画・宣伝・運営までこなす。創業者自身が店の外でアプリを紹介し、その場でダウンロードしてもらう。ターゲットとなる利用者と直接つながれるやり方だった。
イベントで楽しい体験をした人が、その後もアプリを使い続ける流れができた。
もう一つ重要だったのは収益だ。アプリで収益を上げるには、広告を売れるほど利用者を増やすか、月額課金にする方法が一般的だ。しかし当時のTap Inは、そこまでの規模ではなかった。
だから先にイベントで稼ぐ道を選んだ。スピードが必要だった。
店側にもメリットがある。Tap InがDJ、写真撮影、装飾などを用意し、店は場所と営業許可を提供する。役割分担がはっきりしていた。
週末の集客が弱かった店で、アプリ導入と週1回のテーマパーティーを提案したところ、平均来店者数が約50人から800人へ増えた。酒類の売上も1晩あたり約18万円(約$1,200)から約150万円超($10,000超)へ伸びた。
Tap Inも店も参加者も得をする。だから地域の支持も集まった。
続ける力と、助言者の力
ゼロから事業を作るのは、アイデアよりも「続ける力」が試される。
誰かが課題を与えてくれるわけでもない。やめた瞬間に成長は止まる。2人が乗り越えるべき最大の課題は、毎日やるべきことを自分で決めて、自分でやり切ることだった。
最初に学生や店へ話したとき、「どうせアイデアで終わる」と見られることもあった。だが1月にアプリが実際に公開されると、周囲の空気は変わった。やり切った事実が何より説得力を持った。
ただ、ノーコード開発は楽ではない。手軽な反面、動作が不安定になることがある。勝手にログアウトして戻れない利用者が出るなど、自分たちだけでは解決できない問題も起きた。
言い訳はできない。問題が起きるたびに、工夫して前に進むしかない。
そこで2人は助言者のネットワークを築いた。大学の起業担当者、バー巡り事業の経験を持つ起業家、会計の専門家、ビッグデータを研究する教授。必要なときに相談できる関係を広げ、給与管理、利用者対応、イベント運営、データ分析などで大きな穴が開かないようにした。
次は、新しい街へ
2人は1学期間、最小限の機能で動くバージョンを回し続け、事業として成り立つ感触をつかんだ。
そして次の段階へ進む。本格的な専用アプリを作るためにプロの開発チームを雇い、少なくとも5つの新しい地域への展開準備を始めた。
秋にはメリーランド大学周辺へ展開し、週1回のイベントも予定に入った。新学期までの数か月で複数の都市や大学を回り、その土地に合った形でTap Inを根づかせる方法を模索していく。
寮の部屋で生まれた「いつもの夜はもう飽きた」という小さな不満は、街の夜を選びやすくする仕組みへと変わった。次は、その仕組みを別の街の当たり前にしていく番だ。
