「このまま小さな案件を積み上げるだけで、先はあるのか」——そんな停滞と不安を抱えながら、目の前の仕事を一つずつこなし続ける時期がある。
アレックスも最初は、時給10ドル(約1,500円)でウェブサイト制作を請け負うところから始まった。決して楽ではない。それでも自分で稼ぐ道を選び、学びながら前に進んだ。
やがて会社はワードプレスに強みを絞って実績を積み、買収直前には年間売上見込み約350万ドル(約5億2,000万円)、社員35人規模にまで成長する。何が転機となり、どうして「売って終わり」にしない道を選んだのか。
デジタルマーケティング会社が買収されるまでの話
今の会社にとって、ウェブサイトはただの名刺ではない。新しい顧客に見つけてもらう場所であり、商品や考えを伝える場所であり、問い合わせが生まれる入口でもある。
だからこそ、「見た目がきれい」なだけでは足りなくなった。検索で見つけてもらうための工夫、読みやすさ、表示速度、更新のしやすさ——そういった全体を考えて作れる会社の価値が高まっていった。
イギリスに、アレックス・プライスという若い起業家がいる。高校生のころにUXとデジタルマーケティングの会社を立ち上げ、少しずつ規模を拡大していった。そして2021年、その会社は大手のマーケティング・広報会社に買収される。
興味深いのは、アレックスが「売って終わり」にしなかった点だ。買収後も会社に残り、さらなる成長を担う役割を続けた。
その根底にあった考えはシンプルだった。
まず強みを一つに絞って徹底的に磨く。勝てる形ができてから、周辺へ少しずつ広げる。
家の手伝いより、自分で稼ぐ道を選んだ
アレックスは子どものころから、「自分で決めて動きたい」という気持ちが強かった。
家の手伝いでおこづかいをもらうより、自分で稼ぐ方法を探した。そこで目をつけたのがインターネットの仕事だった。
仕事を見つけられるサービスに登録し、ウェブサイト制作を引き受ける。時給は10ドル(約1,500円)。決して高くはない。それでも目的はお金だけではなく、自由に動けることと学び続けられることが大きかった。
高校時代も、大学に入ってからも仕事は続いた。ただ、案件が増えるほど大学との両立が難しくなっていく。
そして21歳。大学1年を終えたタイミングで、アレックスは退学を決断する。会社の運営に集中するためだ。
不安はあった。それでも覚悟を決めて一本に絞ったことで、歯車がかみ合い始めた。
大学をやめたら、大学から仕事が来た
その決断はすぐ結果につながった。
半年ほどで、以前通っていた大学からウェブサイトの相談が舞い込む。さらに2015年、初めての大型リニューアル案件を受注する。相手はイギリスの会員制団体で、金額は2万ポンド規模(約380万円)だった。
時給10ドル(約1,500円)で小さな案件をこなしていたころと比べると、景色が一気に変わった。
アレックスは正社員を2人雇って案件を進めた。後から振り返ると、少し急ぎすぎた部分もあったという。それでも4か月ほど続く高単価の仕事を通じて、「次の段階に行ける」という手応えをつかんだ。
強みをワードプレスに絞って、名前を作った
一人で作業していた状態からチームへと移行する中で、会社は「ワードプレス」に軸を置くようになる。
ワードプレスはもともと文章中心のサイトを作る仕組みとして広まったが、今ではニュースレター、画像ギャラリー、ネットショップまで幅広く活用されている。
そして重要なのは、検索対策との相性がいいことだ。
多くの会社は検索から顧客を集めたいと考える。顧客が調べそうなキーワードに合わせて役立つ記事を作り、検索結果の上位を狙う。たとえば飲食店なら「地域名+ランチ」「地域名+人気店」といった言葉だ。
ただ、記事を書けば勝てるほど甘くはない。同じキーワードで上位を狙う競合は多く、サイトの表示が遅い、使いにくいといった問題があれば評価も落ちる。
だから「速くて、更新しやすく、運用できるサイト」を作れることが強みになる。ワードプレスはその調整がしやすい。会社はそこを武器に、企業向けのワードプレス専門パートナーとして知られるようになった。
特に相性がよかったのは技術系の会社だった。スピード感があり、結果を急ぐ。だから「すぐ動ける制作会社」を求めていた。
初期の顧客は紹介よりも、検索対策や広告経由で増えた。実績が積み上がると、事例が自然と営業してくれるようになる。気づけば、問い合わせが自然と入ってくる流れができていた。
顧客は金融、広告、教育など幅広い業種にわたる。中でも多かったのは、投資を受けて急成長を目指す段階の会社のマーケ担当だった。AIのような難解な分野の会社とも仕事をする機会があり、学びが多いこともアレックスにとっての魅力だった。
一つで勝ってから、周りを広げた
会社は最初から何でも手がけていたわけではない。まずワードプレスで勝てる形を作った。
そのうえで、少しずつ範囲を広げていく。2018年には別ブランドを立ち上げ、検索対策や広告運用も扱うようにした。
ウェブサイトの体験を作る仕事と、検索・広告で成果を出す仕事。両方そろうと、顧客にとって頼みやすくなる。「作って終わり」ではなく、「成果まで一緒に見る」体制になるからだ。
買収直前、年間売上見込みは約350万ドル(約5億2,000万円)。社員は35人まで増えていた。
買収はゴールじゃなく、次の成長の道具
2021年、会社は大手のマーケティング・広報会社に買収される。
アレックスはここで会社を離れなかった。買収を「終わり」ではなく「次の成長の手段」として捉えていたからだ。
感染症の流行期、会社の規模は倍になった。その勢いを保ったまま、より広い世界で戦いたかった。グローバルな活動を目指し、経験豊富なリーダーたちと共に進める環境も必要だった。
買い手候補と会う中で、技術系に強い広報・マーケティング会社と話が合った。文化や考え方の相性がよく、話は早く進んだ。こうして会社は大きなネットワークの一部となる。
35人のチームは、より大きな組織へと合流した。全体では150人規模。アレックスにとって、創業者としての次の章が始まった。
会社を大きくする最大の壁は「人」
アレックスが強調するのは、最初からサービスを広げすぎるな、ということだ。
立ち上げ間もない会社がやりがちな失敗がある。どんな顧客にも「何でもできます」と言ってしまうことだ。
そうすると強みが伝わらない。仕事の質も安定しにくい。結果として、選ばれにくくなる。
だからまず一つを選ぶ。そしてその一つを、高いレベルでやり切る。良い仕事を続けて信頼を積めば、次の仕事につながる。その流れの中で、少しずつ広げていけばいい。
ただ、成長すると別の現実も出てくる。予算の大きい顧客ほど「まとめて全部任せたい」と考える。ウェブサイト制作から検索対策、広告運用まで、最後まで一社で支えてほしいというニーズだ。
だから、ある段階でサービスを広げる意味が生まれる。あるいは買収という手段で体制を強化する。アレックスはそのタイミングを見極めた。
伸びない会社に共通する問題
会社を大きくするうえで最も大切なことは何か。アレックスは「信頼できる人を採用して、任せること」だと言う。
10人規模から先に進めない会社は珍しくない。その原因は、採用と権限の委譲にあることが多い。
創業者が何でも自分で抱え込むと、成長が止まる。自分自身がボトルネックになるからだ。
人を信じて任せる。任された人が力を発揮できる環境を整える。それが規模を拡大するために欠かせない。
人が中心の会社でも、買収される
ソフトウェアの会社は少ない人数でも大きく伸びることがある。一方、代理店型の会社は人件費がかさみやすく、効率が悪く見られることもある。
それでも、優秀な人材が集まり、安定して売上を作れる仕組みができれば、買収の対象になる。
価値を生むのは商品を増やすことだけではない。信頼できる人を増やし、組織として成長すること自体が価値になる場合もある。
アレックスの会社は、それを証明した。強みを一つに絞って勝ち、任せられる人を増やし、必要なタイミングで範囲を広げる。そして買収を「終わり」ではなく「次の成長」へと変えた。