永住権もない。計画も完璧じゃない。そんな不安定な状態で、トーベン・リットはデンマークからアメリカへ移る決断をした。
きっかけは、たったひとつの出会い。けれど異国でゼロから営業拠点を立ち上げるのは、簡単な話ではない。迷いながらも小さなチャンスを積み重ねた先に、売上1億ドル超(約150億円規模)へとつながる道が見えてくる。
そして買収後も、彼は止まらない。次の事業「Gainbox」で、また別の勝ち筋を探し始めた。
小さなチャンスもつかむことが、大きな未来につながる
トーベン・リットは、デンマークからアメリカのミネソタ州ミネアポリスへ引っ越した。きっかけは、コペンハーゲンのバーで出会った相手と一緒にいたいという思いだった。
当時は永住権もなく、完璧な計画もなかった。けれど後に、ウェブアクセシビリティの会社「Siteimprove」のアメリカ事業をつくり、動かす中心人物になる。会社はのちに大きな金額で買収され、トーベンも大きな成功を手にする。
買収後は少し休み、次の事業として「Gainbox」を始めた。Gainboxは、会社が売上につながりやすい見込み客を見つけ、どれから優先すべきかを判断できるようにする仕組みだ。
Gainboxはまだ成長途中だが、少人数のチームで大きな売上を上げている。トーベンは事業づくりに加え、3人の子どもの子育てや、1980年代のモーターヨットの修理もしている。
「上司、辞めます」から始まった転機
大学卒業から2年後、トーベンがつくったCRMのスタートアップ「Intraform」は、約600万円(約4万ドル)で買収された。社会に出たばかりの若者にとっては驚くほど大きな金額だった。
この早い成功には、育った環境も関係していた。家族はエンジニアが多く、本人も大学で電気工学とソフトウェア工学を学んでいた。仕事の手間を減らすために仕組み化したり、自動化したりすることが自然に得意だった。
買収した会社は、トーベンをプロジェクトマネージャーとして迎えた。そこで2年間働いた後、ある出会いが人生を動かす。バーで知り合ったアメリカの交換留学生と関係が深まり、トーベンはアメリカへ行くことを考え始めた。
そこでCEOに退職を伝えたところ、意外な提案が返ってくる。CEOの兄が運営するSaaS企業「Siteimprove」がアメリカ展開を狙っており、トーベンに「アメリカの営業拠点を立ち上げてほしい」と頼んだのだ。
永住権もなく、成功の保証もない。それでもトーベンは挑戦を選び、この決断が後の大きな成果につながっていく。
アメリカ営業の立ち上げから、現地トップへ
2005年、トーベンはミネアポリスにSiteimproveの拠点をつくった。当時の本社はコペンハーゲンにあり、社員は9人だけ。アメリカでの存在感はゼロだったが、目標は大きかった。
それから年月がたち、2020年に投資会社が買うころには、売上は約150億円超(1億ドル超)になっていた。トーベンはアメリカ事業の責任者として成長を引っ張り、売上の半分以上をアメリカ側が生み出す状態をつくった。
Siteimproveで身についた最大の武器は「営業のやり方」だった。チームをゼロから組み立て、成長のための仕組みを整えた。
- 料金は月払いではなく、年払いで先に受け取る
- 業界ごとに得意分野を分け、狭い領域で勝つ
- 採用では「周囲を壊す人を入れない」という方針を徹底する
顧客は教育、行政、金融など幅広い業界に広がった。特に重視したのは、営業担当者を「業界の専門家」にすることだった。特定の分野だけを深く理解し、同じ業界の人と毎日話すことで、相手の課題や言葉づかいが分かるようになる。
その結果、顧客が契約を続ける割合は非常に高くなった。
2015年には、外部の大きな資金に頼らずに、年間の定期売上が約38億円(2500万ドル)に到達した。その後、投資を受け、2020年には会社全体が買収される。14年の積み上げが、人生を変える結果になった。
アメリカで売るなら、規模の違いを理解する必要がある
買収後、トーベンは1983年製のモーターヨットを購入し、1年半かけて修理した。エンジニアらしい休み方だった。
しかし、落ち着いた生活だけでは物足りなくなっていく。問題を見つけて直すことが好きで、何も起きない日が続くと逆につらいと感じた。
次に始めたのは、北欧の会社がアメリカ市場へ進出するのを助ける事業だった。共同で動いたのは、昔からの友人で共同創業者でもあるアラン。新しい事業は「Playmakr」と名付けられた。
そこで気づいたのは、多くの北欧企業がアメリカ市場を小さく見積もってしまうことだった。デンマークでは「銀行は5つしかない」という感覚でも、アメリカでは金融機関の数も多く、攻略の方法も変わる。Siteimprove時代には、金融分野への電話だけを担当する12人のチームがいたほどだ。
さらに、規模を理解しても「どうやって狙う相手を探すか」が分からないケースが多かった。業界によっては、顧客候補の見つけ方が複雑すぎて、進め方が見えなくなる。
リストではなく「地図」をつくる発想で生まれたGainbox
この問題に対して、トーベンはGTM(売り方づくり)の作業を自動化する仕組みをつくった。それがGainboxだ。
一般的な営業ツールは「見込み客のリスト」をつくることが多い。一方でGainboxは、次のような判断まで助けることを目指した。
- なぜその見込み客が重要なのか
- どれほどの売上チャンスがあるのか
- 誰から順番に攻めるべきか
トーベンとアランは、ヨーロッパの複数の企業がアメリカでどれくらい市場があるのかを、営業電話をかける前に把握できるよう支援してきた。
2025年には新規のコンサル顧客を増やすことをやめ、既存顧客向けの自動化に集中する方針へ切り替えた。現在はSaaSとコンサルを組み合わせた形で売上をつくっており、将来的にはSaaS中心へ寄せていく考えを持っている。
この進め方の考え方は単純だ。まずは専門知識を売って信頼をつくり、その後に製品を売れる状態にしていく。
年払いは怖いが、事業づくりには強い
トーベンが「連続して自力で成長できた理由」として挙げるのが、月払いより年払いを選んだことだ。
年払いは提案するときにハードルが上がる。けれど、B2Bでは先にまとまった現金が入り、次の採用や開発、営業拡大の計画が立てやすくなる。前年の定期売上を見て、より安全に次の手を決められる。
人脈づくりは大切だが、仕事の邪魔にもなる
起業家コミュニティやネットワーキングには価値がある。助けになる出会いも多い。だが一方で、話すことに時間を使いすぎて、顧客の問題解決が後回しになる人もいる。
大切なのは、エネルギーの使い方を間違えないことだ。まず顧客に価値を届け、製品やサービスを成長させることが優先になる。
大きなチャンスには、生活を変えてでも飛び込む
トーベンが最後に強調するのは、身の回りのチャンスを見逃さず、価値があるなら全力で賭けることだ。
国を移る決断でも、キャリアの変更でも、大きな機会のためなら生活そのものを変える覚悟が必要になる。アメリカで事業を始めることも、大切な相手を追いかけることも、その延長線上にある選択だ。
