規制当局の監視が強まるほど、スタートアップは「制度だけが先に決まっていく」という感覚に追い込まれる。現場に合わないルールが増えても、どこに声を届ければいいのか分からない。意見を言いたくても、入口が見つからない。
ロビー活動は大企業のもの——そんな空気がある。人脈も予算もない会社にとって、政治は「関係ない」のではなく「関わりたくても関われない」領域になりがちだ。
その壁を壊そうと、2人が動き出した。創業から9か月で年間売上見込みは約2,800万円($180,000)。コンサルにとどまらず、政治対応をSaaS化できないか——その挑戦が始まっている。
ロビー活動をSaaSにできるのか
近年、テクノロジー企業は政府から厳しい目を向けられることが増えた。暗号資産への取り締まり、大企業への訴訟、労働組合の動き。ニュースを追うほど、企業が規制当局と向き合う場面が増えているのが分かる。
ワシントンでは、大企業が多額の資金を投じてロビー活動を行う。法律や制度が動く場所に、人と金を張りつけられるからだ。
しかしスタートアップや小さな会社は違う。「この制度は現場に合っていない」「新しい技術がある」と伝えたくても、やり方も人脈も予算も足りない。声を出したいのに、入口が遠い。
その壁を壊そうとしたのが、ジェイソン・フライとメアリー・ジョーンズだ。2人はTerrapin Strategyを立ち上げた。狙いはシンプルで、スタートアップでも政治の場で意見を届けられるようにすることだ。
創業から9か月で年間売上見込みは約2,800万円($180,000)まで伸びた。しかも2人は、ただのコンサルで終わらせる気はない。政治の世界にテクノロジーを持ち込み、いずれはSaaSとして展開しようとしている。
議会の近くで生まれた出会い
ジェイソンは子どものころから、家の中に政治があった。父はレーガン支持、母はモンデール支持。意見が真逆でも同じ屋根の下で暮らす環境の中で、勝ち負けより「どうやって一緒に前に進むか」を考えるようになった。
同時多発テロの後、ジェイソンは軍に入り、イラクへも複数回派遣された。帰国後は政府の仕事に戻り、議会で政策を扱う役職を歴任。議員の立法担当責任者として働いた時期もあり、政治の最前線の空気を肌で知っていた。
一方のメアリーは、10年以上にわたって大学や研究機関、シンクタンクで働いた。研究成果を政策担当者に届け、必要な人と人をつなぎ、組織運営まで担う立場へと成長していった。法律と経済を扱う組織の責任者も務めた。
2人が出会ったのは2016年ごろ。同じシンクタンクの別部署でありながら、同じオフィスを使っていた縁で自然と会話が増えた。話題はいつも似ていた。「政治の世界でテクノロジーは役に立つのか」「普通の人や小さな会社は、どうすれば力を取り戻せるのか」
少数に力が集まりすぎている問題
議会の周りで多くの関係者と接するほど、2人は現実を突きつけられた。大企業や業界団体は高額なロビイストを雇える。だが小さな会社にはそれが難しい。
メアリーが強く感じていたのは、世論が政策に反映されにくいという問題だった。ロビー活動に約1億5,000万円($1,000,000)を使える会社とゼロの会社では、前者が圧倒的に有利になる。政治の世界に入るための壁は高く、有名な事務所を雇い、現地で存在感を持つことが「当たり前」になっている。
ジェイソンは、その結果として政府への信頼が過去最低レベルまで落ちていると見ていた。ロビイスト側も、どうしても高い報酬を払える顧客を優先する。多くの創業者は「自分たちの話を本気で聞いてくれる人」を見つけられないでいる。
メアリーはこう考えた。大企業でなくても、新しいアイデアについて意見を言う権利はある。金や人脈がある人だけが順番を飛ばして前に出られる状況は、変えなければならない。
最初はオフィスでの議論だった。それでも2人は別々の職場に移った後も、この問題を忘れなかった。パンデミックで在宅勤務になり、スタートアップの世界に目が向いたとき、考えが固まった。「小さな会社向けのロビー支援を、本気で形にしよう」
2022年初め、2人は同時に仕事を辞めた。安定を手放す怖さはあった。それでも、誰かの助けになる仕組みを作れる可能性のほうが大きいと判断し、Terrapin Strategyが動き出した。
スタートアップのためのロビー活動
まず必要だったのは「本当に求められているのか」の確認だ。2人はロビー活動や政策アドバイスを手の届きやすい価格でスタートアップに提供し始め、現場で学びながらサービスの形を整えていった。
顧客は紹介で少しずつ増えた。ただ、献金を積み重ねて法案を動かす昔ながらのやり方は、小さな会社には向かないとすぐに分かった。
そこで2人は別の勝ち筋に力を入れた。新しい法律を理解して対応する支援、そして政府側にスタートアップの実情を分かりやすく伝える活動だ。政治を「動かす」より、まず「通じる状態」を作ることを優先した。
ジェイソンがまず重視するのは方向づけだ。会社の目標が政府の現状とズレているなら、近い制度や流れに合わせて考え直す必要がある。スタートアップの技術が新しすぎて、政府側が何をしているのか把握できていないケースも多い。だから、地図を作るところから始める。
方向が決まったら、次は窓口探しだ。どの部署が担当で、誰が制度を運用しているのかを特定し、「この制度に合う企業がいる」と伝える。場合によっては担当側に話を聞く義務があることも示しながら、面談につなげていく。
最初は懐疑的な反応をされることもある。しかし話が通じた瞬間、空気が変わる。相手が椅子にもたれ、ため息をついてから「今やっていることが分かった」と言う——その瞬間を2人は大切にしている。そして、その理解にたどり着くまでの時間を短くしたいと考えている。
ただし、政府との関係は「金を払えばすぐ結果が出る」ものではない。勝つことも負けることもある長いプロセスだ。メアリーは、政府が必ずしも話を聞いてくれないことが顧客の不満になりやすいと言う。だからTerrapin Strategyは、政府を飛び越えて目的を達成するのではなく、今ある規制の中で「どこに当てはまるか」を探し、そこから前に進む方針を取っている。
学びを公開しながら進む
Terrapin Strategyは、スタートアップと議員・行政側をつなぐ仲介役としても動く。関心のある企業を集め、協力したい政治側の関係者と結びつける。どちらか一方の都合だけでなく、双方にとって意味のある形を目指している。
顧客獲得のための情報発信にも力を入れた。記事を積み重ね、定期的に発信する。政治の世界でスタートアップを運営して得た学びは、なるべく隠さず共有する方針だ。
メアリーにとって「完璧ではない」「学びながら進んでいる」と認めて発信することは、気持ちを楽にする行為でもあった。
ただし、政府内の人脈をすべて表に出すことはしない。それは大きな強みであると同時に、新しい会社が信頼を築くのが難しい世界でもある。慎重さが求められた。
GovTechを作る挑戦
現在のTerrapin Strategyは、テクノロジー企業というより支援会社に近い。それでも2人は、仕事をSaaSの形にして広げることを見据えており、利益を再投資してプロダクト開発に充てている。
ジェイソンはこう考える。営業には営業向けのツールがある。マーケティングにも専用のツールがある。なら政府対応にも、専用の道具が必要なはずだ。
試作品として目指しているのは、企業が政策の動きを把握し、政府との関係を一元管理できるプラットフォームだ。
開発中のアプリは2つある。1つ目はOperator。政府対応を支えるサービスで、法的なやり取りも含め、連絡や記録を管理できるCRMのような仕組みを目指している。2つ目はUpstream。データ中心のツールで、将来的には政府資金の情報や、担当者とのやり取りがどれくらい成果につながったかまで追えるようにしたい。
ただ、現実は甘くなかった。必要なソフトやデータベースは想像以上に高額で、問題も複雑だった。同じ手順を繰り返せる形に整理するだけでも時間がかかり、これは誤算だった。
さらに政治の世界は保守的で、新しいテクノロジーを持ち込むだけで疑いの目が向けられやすい。メアリーは、確立されたやり方を尊重しながらも別の形に変えていく必要があると言う。露骨な反対は少なくても、失敗を待っているような空気を感じることがある。
それでも2人は、あえて逆方向に進む覚悟を決めている。プロダクト設計は楽しい。しかし最大の課題は、目指す姿からぶれないことだ。
政治の世界は変わりにくい。だからこそ、変えられたときの意味は大きい。ジェイソンとメアリーはこれが長い勝負だと分かっている。それでも、良い時代はこれから来ると信じて、Terrapin Strategyを前に進めている。
