信じて任せていた開発チームが、ある日ごっそりいなくなる。契約も信頼も崩れ、作りかけの事業は止まる。
家のローンがあり、妻の妊娠も重なる。怒りや悔しさを抱えたままでも、生活は待ってくれない。いったん縮小し、別の働き方を選ぶしかなかった。
それでも半年後、もう一度作り始めた。今度は個人投資家のためのサービスだ。TikTokで6本の動画を一緒に作るところまで進み、サブスク売上は約750万円($50,000)に届く。年あたりの売上も約1,500万円超($100,000超)を見込めるようになった。
悪い投資家にチームを奪われたあと、個人投資家を助けるサービスを作った元アナリストの話
アムリット・ルパシンハは、スリランカ出身の起業家だ。
かつて自分の会社で共に走ってきた開発チームの多くを、ある投資家に根こそぎ奪われた。契約も信頼も土台から崩れ、作りかけの事業は止まり、続ける道も消えた。
それでも半年後、アムリットはまた作り始める。今度は個人投資家のためのサービス「Wall St. Rank」。プロが見ている市場のシグナルを、一般の人にも使える形で届けるためのツールだ。
やがて投資系インフルエンサーがこのサービスを取り上げ、使った人の成績が向上する事例も生まれた。アムリットが粘り強く協力を求め続けた結果、TikTokで6本の動画を共同制作するまでに至り、サブスク売上は約750万円($50,000)に達した。年間売上も約1,500万円超($100,000超)の見通しが立った。
テニスが、アメリカ行きの切符だった
アムリットにとってテニスは、ただのスポーツではなかった。人生を切り開くための切符だった。
スリランカで育ったアムリットは、涼しい朝に早起きして毎日練習を重ねた。高校を終えるころには国内トップクラスのジュニア選手になっていた。
2006年、ベイツ大学からテニスの奨学金を得てアメリカへ渡り、2009年には大学の大会でシングルス優勝も経験する。ただ、プロ選手を目指していたわけではない。テニスで道を開き、その先の大きなチャンスをつかむつもりだった。
卒業後はニューヨークで働き始め、商業用不動産会社のアナリストになった。数字の読み方、ビジネスの見方、金融の基礎が身につく。一方で、世の中の熱はテック企業とスタートアップに集まっていた。アムリットも、その波に強く引き寄せられていった。
スリランカに戻り、最初のアプリに挑んだ
アムリットは知っていた。スリランカには優秀なソフトウェアエンジニアが多い。
アメリカで培った視点と、スリランカの開発力。その両方に関われる自分なら新しい事業ができるかもしれない。そう考えて2012年に帰国した。
現地の銀行で金融の仕事を続けながら、最初の会社を立ち上げる。作ったのは「Buzzbird」という位置情報SNSで、近くにいる人の投稿だけが表示される仕組みだ。Twitterに「近くの人とつながる」要素を加えたようなイメージだった。
副業として3年間開発を続け、週末に公開すると約2,000人がダウンロードした。メディアにも取り上げられ、手応えを感じた。その勢いで2015年に仕事を辞め、勝負に出る。
しかし現実は甘くなかった。利用者は約5,000人まで増えたものの、アプリが落ちるようになり、原因もすぐに特定できない。無料アプリのため広告収入を見込んでいたが、その計算も崩れた。
収益化の方法を考え続けるうち、別の事実が見えてきた。当時、多くの企業がスマホアプリを作りたがっていた。ならば、それを手伝う側に回ればいい。
受託は伸びた。でも投資家にチームを奪われた
2015年、アムリットは「Populo」を立ち上げた。モバイルアプリのコンサルと人材紹介の事業だ。立ち上げたばかりの開発会社に助言し、スリランカの技術者を紹介する。事業は順調に伸び、年間約4,500万円規模(約$300,000)に達した。
ただ、受託で稼ぐだけでは満足できなかった。自分のプロダクトを作りたいという気持ちが消えなかった。
2019年ごろ、ある違和感に気づく。大学ではメールが読まれにくいのに、学生向けのSlack的なアプリはほとんどない。アムリットは試作品を作り、可能性を探った。
早い段階で投資を求め、取引先の男性に話を持ちかけ、少数株主として参加する合意を得た。
しかしその男性が本当に欲しかったのは、プロダクトではなくアムリットの開発チームだった。
契約更新の場面で署名を先延ばしにされ、ある日、開発者の約60%が引き抜かれた。
アムリットが休暇でメキシコに到着したころ、受信箱には退職の連絡が並んでいた。
相手はより高い給料を払えた。開発者にとっても生活がかかっている。弁護士に相談しても費用は重い。家のローンがあり、妻の妊娠も重なっていた。
アムリットはPopuloを縮小し、オーストラリアの会社でプロダクトマネージャーとして働き始める。悔しさを飲み込みながら、家族を守る選択をした。
コロナ禍の投資ブームで「個人投資家の武器」を作った
転職から1年ほどたった2020年、世界はコロナ禍に入る。外出自粛で投資アプリが普及し、給付金の影響もあって個人投資家が一気に増えた。
アムリットは元アナリストで、投資ファンドの運用にも携わった経験がある。株価の動きを読むとき、プロが何を見るかを知っていた。
一方で、一般の投資家はその情報にアクセスしにくい。ネットには根拠の薄い助言も多く、勢いだけの言葉がお金の判断を左右してしまう。
それなら、プロが重視する「重要なシグナル」を集めて、誰でも使える形にすればいい。
アムリットが特に重視したのは、次の3つだった。
- アナリストによる評価や格付け
- ヘッジファンドやETFなど、大口の機関投資家による買いの記録
- 会社の内部関係者など、一定以上の株を持つ人の買い増し
これらを「スマートマネーのシグナル」と呼び、まず集めやすいアナリスト評価から始め、友人や家族向けに試作品を作った。
投資コミュニティで無料公開すると反応は良く、使う人が増え、自然に広まっていった。
ここでアムリットは決断する。これは趣味ではない。事業として育てる。
発信者と組み、サブスクが一気に伸びた
ある日、フォロワーを持つ投資系インフルエンサーが、有料コミュニティ内でWall St. Rankを紹介した。
アムリットが拡散を依頼すると、その動画だけで15万人規模の見込み客がサイトを訪れた。
そこから紹介制度を整え、複数のインフルエンサーと組んで、有料版を2021年7月に公開した。公開初日から数千ドルのサブスク売上が立ち、TikTokの6本の動画だけで約750万円($50,000)の売上につながった。
Wall St. Rankが目指したのは、「この株を買え」と断言することではない。専門家の評価や市場のシグナルを集め、判断の材料を提供することだ。
根拠の薄い情報が広がりやすい時代だからこそ、信頼できる情報を手の届く形で届けたかった。
次の目標と、二度と奪われないための守り方
アムリットは将来、Wall St. Rankを投資データの入り口にしたいと考えている。金融メディア、投資ファンド、資産家向け組織、証券アプリといった企業へデータ提供する構想もある。
同時に、過去の失敗は忘れない。開発者を奪われた経験を教訓に、同じことが起きないよう体制を見直した。業務を分散させ、信頼できるCTOの管理のもとで進める形にした。
家計のため、今もプロダクトマネージャーとして契約の仕事を続けている。夢だけでは生活は守れない。だから両方をやる。
起業家への助言はシンプルだ。動き続けること。
断られることを恐れず、協力依頼を何度も送り続ける。いつか、人生を変える承諾が返ってくる。断られた経験も、次に成功する頼み方を学ぶ材料になる。
チームを奪われても、すべてを失ったわけではない。もう一度立ち上がり、今度は個人投資家のための武器を作った。アムリットの物語の強さは、そこにある。
