ジムの集客も売上も運営も、すべてを一人で背負う。思うようにいかない日が続くと、何を直せばいいのかさえ見えなくなる。
ニューヨーク近郊の厳しい市場で、ジョン・フランクリンも同じ壁にぶつかってきた。家賃も人件費も重くのしかかり、少し判断を誤れば資金が尽きる。焦りと迷いの中で積み上げた経験が、のちに別の形で生きることになる。
やがて彼は、ジム経営者向けサービス「Kilo」を共同で立ち上げ、1,000以上のジムに使われる存在へと成長させた。年間の継続売上も約4.5億円規模(300万ドル規模)まで伸びていく。何が、その転換点になったのか。
顧客の立場に立てた者が、強いビジネスを作る
儲かるビジネスを作るうえで一番大切なのは、顧客を深く知ることだ。相手が何に困り、何を望み、どんな順番でサービスを使うのか。そこまで見えると、必要な機能も伝える言葉もブレなくなる。
その理解を最も早く得られる方法がある。作り手自身が、かつてその顧客だったことだ。
ジョン・フランクリンは、まさにそのタイプだった。自分でジムを経営し、勝ち方も負け方も身をもって経験した。その経験を武器に、マテオ・ロペス、カレダ・コネルとともにジム経営者向けサービス「Kilo」を立ち上げる。
Kiloは、集客・売上アップ・会員が増えても回る運営をまとめて支えるツールとなった。気づけば1,000以上のジムに導入され、年間の継続売上は約4.5億円規模(300万ドル規模)まで伸びていく。
ニューヨーク近郊のジムで、ジョンは鍛えられた
ジョンは最初から経営者だったわけではない。見習いとしてジムの仕事を覚え、現場で汗をかきながら経験を積んだ。少しずつ店舗を増やし、ニューヨーク近郊で複数のジムを持つところまでたどり着く。
ただ、ニューヨークは甘くない。家賃も人件費も高く、客が来なければすぐに資金が尽きる。だからジョンにとって、マーケティングは飾りではなく、生き残るための武器だった。
同じころ、ジョンはジム経営者の勉強グループに参加していた。そこでは売上の数字、失敗談、運営の改善、広告のやり方、会員を継続させる工夫が包み隠さず共有されていた。
ジョンはそこで、ある違和感にも気づく。ジム業界には、ブランド名を使う権利の費用は取るのに、経営のやり方までは教えない例がある。厳しい市場で勝ち残ったジョンの言葉には重みがあり、グループ内での信頼も増していった。
失敗だらけの経験が、教える仕事に変わった
2018年、勉強グループの運営者クリス・クーパーは、大都市での集客を教えられる人物を探していた。そこで白羽の矢が立ったのがジョンだった。
「成功者」として呼ばれたジョンだが、内側は失敗の山だった。家族や友人を安易に雇った。合わない人を長く雇い続けた。急に規模を広げすぎて質を落とした。業者や大家、弁護士ともめた。怪しい助言者に頼った。顧客への説明が足りず、誤解を生んだ。失敗は数えきれない。
だが、その失敗が役に立った。学びを言葉にして共有し始めると、ジムを回すよりもマーケティングや営業を教える仕事のほうが、うまく回り始めた。
「ウェブ制作会社を買わないか」から、話が動き出す
翌年、クリスがジョンに提案する。「会員に勧めているウェブサイト制作会社を買わないか」
ジョンは最初、乗り気ではなかった。だがクリスは言う。小さなジムには、ちゃんと役に立つ需要がある。話は少しずつ現実味を帯びていった。
ジョンは長年一緒に働いてきたマテオと組むことにした。マテオはジョンのジムで最初のゼネラルマネージャーを務めた人物で、のちにKiloのプロダクト責任者になる。
ジョンは自分のジムを売り、マテオと2人でウェブ制作会社を買収した。
買った会社の顧客を育てて、Kiloが走り出す
買収は2019年末。その後、勉強グループで出会ったカレダが加わる。のちにKiloのCEOになる人物だ。
立ち上げ直後の数か月、3人がやったことは派手ではない。顧客へのヒアリングを重ね、困りごとを整理し、事業を拡大するための仕組みとチーム作りに集中した。
スタート直後に世界が止まり、逆に追い風が吹く
2020年3月、Kiloとして正式に動き出した直後、世界的な感染症の流行が起きた。ジムは営業停止となり、収入が止まる。多くのジムが短期間で、ウェブサイトもビジネスの形も変えなければならなくなった。
競合の動きが遅い中、Kiloは速かった。感染症対策に対応したサイトをすぐに用意し、通常2週間かかる作業を1〜2日で公開できた。立ち上げ直後のKiloにとって、これが大きな追い風となった。
アップセルで伸びた。最初から顧客がいたから
Kiloの成長を支えた戦略の一つがアップセルだった。買収した会社にはすでに顧客がいる。だから新規獲得に奔走するより、まず既存顧客が使いやすい流れを作り、より良いサービスへ段階的に移ってもらう設計に集中できた。
やったことはシンプルだ。
まず、顧客の不満やつまずきポイントをすべて書き出す。次に「つまずかない導入手順」を逆算して作る。そして、どんな顧客には向かないかも明確にする。
Kiloは、細かいカスタマイズをしたい人や、自分をマーケティングの専門家だと思っている人を断ることもあった。編集権限を制限し、サイトが壊れにくく、いつ見ても整った状態を保つためだ。
改善が進むと、既存顧客を見込み客を獲得しやすい上位サービスへ移していった。勉強グループで長く活動し、信頼が積み上がっていたことも後押しになった。
ウェブ制作だけでは終わらせない。最初のテック製品を作る
3人は、ウェブ制作を補うテック製品も開発した。フォーム、メールの自動送信、SMS、営業の進捗を追える仕組み。ジムの集客と営業に必要なものをまとめたマーケティング自動化ツールだ。
土台には既存の仕組みを活用し、ジム向けに調整した。ゼロから作るより費用を抑えられ、改善も速い。現場の困りごとを知るチームらしい判断だった。
買収を繰り返し、同じ勝ち方をコピーする
Kiloは最初の1年で、ジム向けの別のウェブ制作会社を4社買収した。既存顧客へのアップセルが見込めると分かっていたからだ。
最初の買収で得たデータをもとに営業の流れを整え、同じやり方を繰り返す。低コストで顧客を獲得し、そこからソフトウェア製品へ移ってもらう。これが中心戦略になった。
制作会社から、SaaS企業へ少しずつ変わる
2021年初め、創業チームはKiloを本格的なSaaS企業にしたいと考えるようになった。
それまでは制作代行に近いサービスと、いくつかのソフトを組み合わせた形だった。しかし制作代行の会社とSaaS企業では、評価のされ方が大きく違う。ならば、制作代行の会社を買収し、そこからSaaSの売上へ転換していく道がある。
利益を開発に回し、ジム経営に必要な機能をまとめたオールインワンのSaaSを作る方針に定めた。売上が伸びていたため、専任のソフトウェアエンジニアも雇えるようになった。
Kiloを支えた3つの柱
- 市場を知っていた:創業者自身が元ジム経営者で、かつて自分が欲しかったものを作れた
- バラバラな道具を1つにまとめた:ジム向けツールはあっても、複数のサービスをつなぎ合わせる必要があり、手間も費用もかさみやすい。Kiloは1つのログインで必要なものをすべて使える形を目指した
- 仕事量を減らし、利益を増やす設計:小規模なジムは少人数で、マーケティング・営業・運営をすべて自力でこなす必要がある。そこを支える仕組みを用意した
失敗を先に経験したことが、最後に効いた
開発チームが整うと、KiloはジムのニーズにあわせたM能を自社で作れるようになった。Kiloを使う平均的な顧客は、見込み客が約3倍近くに増え、商談予約が増え、成約も大きく伸びたという。
もともとは副業のつもりだった。しかし小規模なコーチングジムにとって、その必要性はどんどん高まっていった。いまでは年間の継続売上が約4.5億円規模(300万ドル規模)に達し、プラットフォーム上で大量の自動化処理を動かし、多くの問い合わせにも対応している。
ニューヨークのような厳しい市場で戦った経験は、そのまま事業運営の土台になった。早い段階で失敗を重ね、顧客の気持ちを深く理解できていたこと。それがKiloの成長を支えた、最大の理由だった。
