売上が約3億円規模に達する見込みだ。しかも広告に頼らず、情報発信だけで「向こうから相談が来る」状態を作り上げた。モントリオール・アナリティクスは、そんな成長を遂げている会社だ。
しかし、代表のシリル・マルケスの前半生は失敗続きだった。給料の良い仕事を自ら手放し、漫画店を開いては閉め、貯金も底をついた。何度もゼロから出直している。
それでも彼は、数字が好きという気持ちと学び続ける姿勢だけは手放さなかった。遠回りだらけの経験が、どうやって強みに変わっていったのか。順を追って見ていこう。
失敗だらけの前半から、急成長する会社の代表になるまで
シリル・マルケスは、遠回りだらけの起業家だ。5つの言語を話し、いくつもの国で暮らし、複数の会社を渡り歩いてきた。まだ40歳にもなっていない。
2019年、シリルは「会社の数字を整理して見える形にする」仕事を個人で始めた。それが少しずつ大きくなり、モントリオール・アナリティクスという会社になった。成長は速く、2021年には売上が約3億円規模に達する見込みだ。
ただ、ここまでの道のりは順風満帆ではない。飽きては転職をくり返し、香港では給料のいい仕事を自ら手放した。カナダでは漫画店を開いたが利益が出ず、閉めることになった。何度も環境をゼロからやり直し、お金の不安も抱え続けた。
それでもシリルは、「大きなことをやりたい」という気持ちだけは捨てなかった。
好きなことを大事にしながら、どうやって最後に勝ち筋をつかんだのか。その物語を追っていく。
世界を動き回って身についた適応力
シリルはフランス生まれだが、フランスにいたのは6歳までで、その後はインド洋のレユニオン島で育った。レユニオン島はフランス領で、人口は100万人に届かない小さな島だ。
島はアフリカとアジアに近く、家族で旅をする機会も多かった。引っ越しや文化の違いに慣れるのが早くなり、「どこでも生きていける力」が自然と身についた。この力が、のちに何度も助けになる。
2008年に金融と起業を学んで卒業し、香港で金融の仕事に就いたが、1年ほどで退屈になった。仕事は決まりきっていて、社内の駆け引きも多い。大きな会社の歯車の一つになる感覚が肌に合わなかった。
一方で、香港で一つの発見があった。シリルは数字を扱うのが好きで、表計算ソフトで整理するのが得意だった。数字をまとめたり作業の手順を整えたりする役目をよく任された。
2009年にフランスへ戻った後も、その得意分野を活かせる仕事に就き、数字を整える力を少しずつ磨いていった。
転職、買収、そしてカナダでの挑戦
2012年に同じ会社で3年ほど働いた後、シリルは営業の仕事に移ったが、その会社は1年で買収され、状況は一変した。
ここでシリルは思う。「自分でコントロールできない場所で働き続けるのは、もう終わりにしたい」
2013年に当時の恋人(今の妻)と一緒にカナダのモントリオールへ移住した。環境が大きく変わるなら、昔からの夢にも挑戦できると考えた。
夢の一つは漫画店。もう一つは、漫画や映画のイベントを運営する会社だ。やってみると楽しいしやりがいもある。好きな作品の世界に近づけたのも純粋にうれしかった。
しかし、現実は厳しく、利益が出なかった。1年ほどで店も事業もたたむことになり、貯金も大きく減った。
不安だらけの時期を変えた長い休み
2017年、後始末が一段落したころ、シリルは思い切って休むことにした。妻と東南アジアを5か月ほど旅する。
当時のシリルは、お金を使うのが怖くなっていた。次にどうやって稼ぐか、そればかり考えていた。でも旅をして、仕事を半年近く止めても何とかなった。
そこで気づく。「不安になりすぎていた」と。
2017年末にカナダへ戻ると、共同代表2人と新しいサービスを立ち上げた。複数のメッセージアプリにまとめて送れる仕組みを提供するサービスだ。
自分のお金もたくさん投じて、1年ほど本気で取り組んだ。だが広がらない。最後は技術を売る形で幕を閉じた。
理由ははっきりしていた。面白い発想でも「なくても困らないもの」だったのだ。参入のタイミングも遅かった。本当に必要とされる問題を解けていなかった。
2018年、シリルはもう一度会社員に戻り、数字の仕事をする。だがすぐ限界が来た。2019年半ばに退職し、個人で仕事を受ける形に切り替える。
ここから流れが変わる。
仕事が増えすぎて、選択を迫られた。規模を小さくして一人で続けるか、会社にして仲間を増やすか。休みが減るのは覚悟の上で、シリルは会社にする道を選んだ。
いろいろな経験が、強みになった
シリルは長い間、1つの会社に腰を落ち着けるより、1〜3年ごとに場所を変えてきた。普通なら「落ち着きがない」と言われるかもしれない。
だがその結果、数字を扱うツールや仕組みを幅広く知ることになった。
多くの人は同じ会社で同じやり方を深く習得する。一方シリルは、短いサイクルで新しいやり方を覚え続けた。だから「急いで仕組みを整えたい会社」にとって、頼れる存在になった。
会社を大きくし始めたころ、仕事を取るのは比較的スムーズだった。過去の挑戦で知り合った人が多かったからだ。そうしたつながりや、仕事を探す人が集まる場を活用しながら、少しずつ広げていった。
ただ、仕事が増えるほど一人では回らない。次に必要なのはチームだった。
仲間集めの難しさと、最初の大きな賭け
最初は外部の協力者に頼ることも考えた。だがシリルは、必要なときに確実に動ける体制にしたかった。そのため、会社の一員として働く仲間を増やす必要があった。
ところが、まだ小さな一人会社だ。働く側からすれば不安が大きい。面談しても断られることが続いた。
それでも声をかけ続け、最初の採用につながる。
きっかけは、仕事の相談をしてきた優秀な人だった。シリルは逆に言った。「一緒にやらないか」と。
人生で一番思い切った誘いだったとシリルは振り返る。なぜ引き受けてもらえたのか、今でもはっきりわからない。
次の採用は、感染症の流行で働き方が変わったタイミングだった。それ以降は「すでに仲間がいる会社」になり、採用は少しずつやりやすくなっていった。
事務面では妻の支えも大きかった。給料の支払い、保険の手続き、重要な決断の相談役。会社の外から冷静に見てくれる存在が、シリルを支えた。
モントリオール・アナリティクスは何をしているのか
モントリオール・アナリティクスは、会社の数字を集めて整理し、見やすく使える形にする手伝いをする会社だ。
イメージとしては、必要なときに必要な人数で動ける「数字の専門チーム」を外部から提供する。
会社では、短い期間だけ特別な知識が必要になることがある。そのたびに何人も採用するのは大変だ。そこで、まとめて頼めるチームとして機能する。
特徴の一つは、比較的新しいツールや仕組みを中心に扱うことだ。新しいやり方はできる人が少なく、社内だけでは対応しきれない。そこを助ける。
設立から2年ほどで、大手から小さな会社まで注目されるようになった。仕事の依頼は、広告で集めたわけではない。
記事や解説を公開し続けた。登録もメールアドレスも求めない。無料で役立つ情報を出し続けた。すると「これ、うちでもやりたい」「どうすればいい?」と相談が増える。結果として仕事はすべて「向こうから相談が来る形」になった。
今はリモート中心で30人以上のチームになり、売上もさらに伸びている。ただしシリルは、利益を最大化するより会社を強くする投資を優先している。
学びを中心に置く、少し変わった会社づくり
この会社が特に大事にしているのは「学び続けること」だ。
1週間のうち、顧客の仕事だけで予定を埋めない。一定の時間は、会社のための活動や学びにあてる。
新しいことを学ぶ時間を確保し、勉強会や講座、資料づくりに使う。人が成長すれば会社も強くなる。シリルはそう考えている。
読書も強くすすめている。技術書だけでなく、漫画を買うお金も会社が出す。読書には、その人の考え方や人柄が出る。そんな感覚があるからだ。
さらに、新しく入る人を育てる仕組みも作り始めた。数か月かけて教え、学んでいる間も給料を払う形まで考えている。人が足りないなら、自分たちで育てる。
給料を隠さないという選択
もう一つの特徴は、給料をはっきり見える形にしていることだ。役割ごとの基準をそろえ、誰がどのくらいもらっているかもわかるようにする。
交渉がうまい人だけが得をしたり、不公平が生まれたりするのを避けたい。合わないと感じる人もいるが、その場合は会社の文化に合わない人だと判断する。
うまくいったときは、仲間にきちんと還元する。その姿勢も大事にしている。
これからの目標
シリルは、2022年以降もさらに会社を大きくしたいと考えている。得意分野ごとにチームを増やし、翌年末までに80人規模を目指している。
成長のためにお金を使っているが、資金不足を大きく心配してはいない。外部から大きなお金を入れて急に変えるより、今のやり方のまま進みたい気持ちが強い。
急な成長によって余計なプレッシャーが増えることを、仲間が望まないかもしれない。そこも考えている。
同じ道を目指す人への助言
シリルが大事だと話すのは、こんなことだ。
- 仕事を広げる助けになる相手と、いい関係を作る
- 自分で対応できない仕事を、無理に受けない
- 自分にできない仕事しかしない人を、いきなり雇わない
- 最初は得意なことに集中し、好きで使いこなせるツールの近くにいる
特に強く言うのが3つ目だ。「自分でできないことだけをする人」を雇うと、仕事の良し悪しを見分けにくい。中身を理解できなければ、任せた後に確認ができないからだ。
それから、家族の理解も欠かせない。起業すると、どうしても仕事に時間を取られやすい。支えてくれる相手がいるかどうかは大きい。
短い期間でいろいろな仕事をしてきた人は、「どれも中途半端で深みがない」と思いがちだ。だがシリルの歩き方は違う。幅広い経験の積み重ねが、あとで強みになることがある。どんな経験にも学びがあり、それがいつかつながって大きな力になる。
