スタートアップは「世界を変える発明」がないと勝てない。そう思って動けなくなる瞬間がある。けれど現実には、すでにどこかでうまくいっている仕組みを、まだ手薄な場所に持ち込むだけで道が開けることもある。
エンディ・クロークも、アイデアを試しては捨てる日々の中で、思うように手応えが出ない不安を抱えていた。そんな停滞の中で見つけたのが、Airtableで「外部APIのデータを取り込みたいのに簡単にできない」という小さな困りごとだった。
その不便を埋めるために作った拡張機能は、やがて開始から約2年で年商13万ドル(約1,900万円)を超えるところまで伸びていく。派手な発明ではない。けれど、勝てる場所を見つける視点が結果を変えた。
スタートアップに「新しすぎる発明」はいらない
スタートアップというと、世界を変える大発明が必要だと思われがちだ。でも現実は違う。すでに別の場所でうまくいっている仕組みを、まだ誰も本気でやっていない場所に持っていくだけで、大きなチャンスになる。
大きな池で強い相手とぶつかるより、小さな池で最初に目立ったほうが勝ちやすい。エンディ・クロークの話は、その考え方をそのまま形にした起業ストーリーだ。
Airtableで困った。「なら自分で作る」
エンディが作ったのは、Airtable上で動くSaaS「Data Fetcher」。Airtableは、表計算ソフトみたいにデータを整理できて、チームでも使いやすいサービスとして人気がある。
あるときエンディは、外部サービスのデータをAPIでAirtableに取り込みたくなった。ところが当時のAirtableには、それを簡単にやる道具が見当たらない。
「ないなら作るしかない」
そう考えて、エンディはAirtableの拡張機能としてData Fetcherを作り始めた。
最初の事業を売って、次の挑戦へ
この時点でエンディは、すでに一度勝っていた。TikTokのインフルエンサーを集めたSaaSディレクトリ「Influence Grid」を作り、2020年はじめに約800万円で売却($55,000)していた。
大学卒業からまだ3年ほど。まとまった資金ができたことで、次の挑戦に集中できるようになった。
エンディは毎週のように新しい事業アイデアを考えては、まず簡単な紹介ページを作って反応を見る。反応が弱ければ捨てる。ダメな案を何十個も捨てながら、「続ける価値のある案」だけを探すやり方だった。
失敗しかけた案が、次の当たりになる
Data Fetcherは、別の案がうまくいかなかったことから生まれた。
エンディは個人投資家向けに、最近上場した会社をまとめたニュースレターを作ろうとしていた。管理にはAirtableを使っていたが、株価などの金融データを取り込むのがとにかく面倒だった。
調べると、同じことで困っている人がAirtableのフォーラムに何人もいた。特に多かったのは、「Zapierにはない外部APIとつなぎたい」という声。つまり、需要がある。
そしてエンディは、Google Sheets向けに「API Connector」というアドオンがあるのを見つけた。やりたいことは、すでに別の場所で実現されていた。
「これをAirtable版にすればいい」
エンディはそう決めた。
勝負の場所は「新しくできるストア」
ただ当時は、個人開発者がAirtableの拡張機能を公開して売るための場所がなかった。ところがフォーラムを見ていると、近いうちにAirtableが拡張機能ストアを開きそうだと分かった。
エンディは「競争が少ない新しい場所」を探していた。実は以前も、Instagramで当たり前になっていた仕組みをTikTok向けに持ち込んで事業を作った経験がある。
今回も同じ発想だった。Google Sheetsでうまくいっている仕組みを、Airtableに持っていく。
やがてAirtableがストアを開き、セキュリティ確認などを通過して、Data Fetcherは2020年11月、初期のアプリの一つとして公開された。
「最初に出す」と見つけてもらえる
Data Fetcherの最初の形は、驚くほどシンプルだった。
- ユーザーが登録する
- API情報を入力する
- ボタンを押して手動でリクエストを動かす
- 上位プランなら、決まった時間に自動実行もできる
これだけで、「必要としている人がいるか」を確かめるには十分だった。
そしてストアが新しかったため、宣伝が楽になった。検索エンジンで上位を取ろうとすると、広告費も競争も重い。だがストア内検索はまだ空いていた。
「API」と検索すると、Data Fetcherが上のほうに出やすい。だから自然に見つけてもらえる。少しずつ有料ユーザーが増え、使いやすさを改善するほど、また増える。
ストアだけに頼らず、外に出る
とはいえ、「最初に出した有利」は永遠じゃない。エンディはすぐにFacebookやRedditのコミュニティにも投稿して、無料ユーザーを集めた。
そこで10〜20人ほどが使い始め、「お金を払ってでも使いたい人がいる」ことが見えてきた。
さらにブログと動画で発信を始めた。特に動画が強かった。再生数が少なくても、困っている人が検索して見に来るからだ。実際、再生数が8回しかない動画から有料ユーザーが生まれたこともあった。
どの発信が効いているかを知るために、登録時のコードを分けて流入元を見える化した。動画から来たのか、ブログから来たのかが分かるようにした。
「無料→有料」は簡単じゃない
伸び始めるまで、楽な道ではなかった。
最初の数か月は売上が安定しにくい。料金は高くないのに、週に1〜2人しか増えない時期もあった。
料金は「月にAPIを実行できる回数」で区切った。無料でも使えるが、有料だと便利になるフリーミアム型にした。だがデータ移動が一度で終わる人も多い。つまり解約も起きやすい。エンディの不安は大きかった。
そんなとき支えになったのが、経験者の起業家とのつながりだった。焦らず、宣伝と改善を続けろ。そう背中を押されて、地道な積み上げをやめなかった。
伸びた理由は「ユーザーのつまずき」を見たから
もう一つ大事だったのは、ユーザーがどこで迷うかを理解することだった。
開発者にとって当たり前の操作でも、初めての人には分かりにくい。そこでエンディはサポート窓口を増やし、予約制の個別サポートも用意した。実際の操作を見ながら、何が邪魔になっているかを見つけて直していった。
その中で痛い事実も分かった。紹介ページが分かりにくく、損をしていた。ほかのツールを試し尽くしたあとに来たユーザーから、「ページが難しそうで避けていた」と言われ、すぐに作り直した。
2年で年商13万ドルを超える
改善と発信を続けた結果、2022年に入ってから売上が伸び始めた。
1月は月5,000ドルほど(約75万円)。それが8月には月10,000ドルほど(約150万円)になった。ほぼ一人で運営している事業としては大きい。
開始から約2年で、年間の定期売上は13万ドル(約1,900万円)を超えた。2022年末までに15万ドル(約2,200万円)を目指していた。
ここでのポイントは、まったく新しい発明をしたわけじゃないことだ。別の場所でうまくいっていた仕組みを、Airtable向けに作り直した。それだけで勝てる場所があった。
生活を壊さない成長を選ぶ
エンディは、Data Fetcherをもっと大きくする道も考えている。ただし、急成長で燃え尽きるのは避けたい。
大金よりも、望む働き方を作ることが目的に近い。プロダクトやデザインには関わり続けたいし、無理に人を増やさず身軽でいたい。
一方で、Airtableの拡張機能として成り立っている以上、Airtable本体が同じ機能を作るリスクもある。もし本体に取り込まれたら、事業は一気に苦しくなる。
だからエンディは、稼いだ利益で別のSaaSも作り、依存を減らすことも考えていた。
観察して、勝てる場所に持ち込む
エンディは長い間、いろいろな個人プロジェクトを作っても収益にならない時期があった。それでも続けたことで、必要な力が積み上がり、最後に結果へつながった。
起業に絶対の正解はない。ただ、役に立つ考え方はある。
- すでにある仕組みを探す
- 困っている人がいる場所を観察する
- 競争が少ない市場に持ち込む
- 出したあとに、サポートと改善で勝つ
うまくいかないとき、製品を大改造する前に「勝ちやすい場所に移す」だけで道が開けることがある。エンディの物語は、それを静かに証明している。
