採用しても育たない。育たないから辞める。辞めるからまた採用する——。営業組織がこのループにはまると、現場は疲弊し、売上も安定しない。
そんな構造に、コールセンター出身のムラリは「採る前に育てる」という逆転の発想で挑んだ。少人数のチームで、年間の継続売上約4,500万円規模(30万ドル)へ。ただし、その仕組みが最初から順調だったわけではない。
英語が苦手で大学を中退した過去。コロナ禍での失業。そこからどうやって、企業と人材の間に「育成つき採用」の橋をかけたのか。その軌跡を追う。
コールセンター出身の男が、テック営業の世界を変えようとした
「営業」と聞くと、しつこい訪問販売や電話をかけ続ける仕事を思い浮かべる人もいるだろう。
しかしテック業界では今、営業は専門職になりつつある。プロとして学び、数字で結果を出し、その分だけ給料も上がる仕事だ。
インド出身のムラリ・クマールは、その世界を知っている。コールセンターからキャリアをスタートさせ、スタートアップで営業チームを作り、最終的に自分で会社を立ち上げた。
ムラリがずっと気になっていたのは、インドで営業職が軽く見られていることだった。そのせいで、会社も働く人も損をしている——そう考えた。
そこで生まれたのが、営業人材を育てて企業につなぐ事業「Midgear」だ。少人数のチームで、年間の継続売上約4,500万円規模(30万ドル)まで伸ばしていく。
英語が苦手で大学をやめ、コールセンターで鍛えられた
ムラリは最初から順調だったわけではない。
もともと英語が得意ではなかった。大学の授業が英語中心に変わったとき、ついていけなくなり中退する。
英語を身につけるには現場に飛び込むしかない。そう決めて選んだのがコールセンターだった。
研修は短かったが、すぐにアメリカの顧客対応を任される。逃げ場はなく、毎日の通話がそのままテストだった。
そこでムラリは、英語だけでなく「相手の話を聞いて、短い言葉で伝える力」を叩き込まれた。これが後に、営業の武器になっていく。
スタートアップで営業を学び、チームを育てる側に回った
その後ムラリは、インドのテック系スタートアップをいくつも渡り歩いた。
新規開拓、提案、チーム作りと、営業のさまざまな役割を経験する。何百人規模の営業チームを育てる立場になり、売上の責任者として働いたこともある。
「営業は、ちゃんと学べば強い仕事になる」
その確信が、ムラリの中で育っていった。
コロナで失業し、仲間を助けたことが始まりになった
転機は新型コロナの時期だった。ムラリは職を失う。
別の会社で営業を試したが、社風が合わずに辞めた。そこで、余った時間を仲間のために使うことにした。
以前のチームでも30〜40人が職を失っていた。ムラリは彼らに、フォローの仕方やコールドコールのやり方など、営業の基本を教え始める。
すると、だんだん見えてくるものがあった。
インドのスタートアップは「ちゃんとした営業人材」を見つけにくい。しかも、採用しても育てる仕組みがない。
採用が雑になると、チームが壊れる
会社側は焦って採用する。経験があっても業界が違う人を入れてしまうことも多い。
しかし社内に、営業を教えられる人がいない。育成は後回しになる。
結果が出ない。空気が悪くなる。辞める人が出る。
たとえば20人のチームで数人が辞めると、「自分も辞めようかな」という空気が生まれる。連鎖して退職が増え、会社は採用と育成を最初からやり直すはめになる。
ムラリは思った。採用の前に、育てる仕組みが必要だ、と。
インドでは営業が軽く見られやすい
ムラリによると、インドでは営業職に根強い偏見がある。
「負け組の仕事」「将来がない仕事」と見られやすく、訪問販売のイメージで語られることも多い。医者やエンジニアになれなかった人が仕方なく選ぶ仕事、という空気もある。
しかし現実は逆だった。
テック業界では営業経験者が慢性的に不足している。採用したい会社は多いのに、営業を目指す人は少なく、訓練を受けた人材はさらに少ない。
このズレが、大きなチャンスになっていた。
Midgearの仕組み:いきなり採らず、働きながら育てる
ムラリが作ったのがMidgearだ。
ポイントはシンプルで、「いきなり正社員として採用」ではなく、「まず一定期間、育成つきで現場に入れる」という形にした。
企業は比較的小さなコストで、候補者を実務に入れながら育てられる。ムラリは、採用や育成にかかる手間とコストを最大60%ほど削減できると説明する。
- 企業は「誰を採用すべきか分からない」「採用に時間もお金もかけたくない」と悩む
- Midgearはおよそ40日で候補者を用意し、約6か月の育成と実務をセットで提供する
- 6か月後、企業が正社員として採用し、その採用に対してMidgearが報酬を受け取る
標準的には、10〜20人規模の営業チームを6か月支援して約150万円程度(約1万ドル)。必要に応じて延長も可能だ。
働く側にもメリットがある
営業として働く人にとってもメリットがある。
通常、最初に入った会社のやり方だけが基準になりがちだ。別の業界へ移ろうとしても、経験がその会社の中だけで固まってしまい、動きにくい。
Midgearでは、学習資料、日々のサポート、コーチング、配属までが一通りそろう。さまざまな会社の現場に触れやすく、成長の幅も広がる。
未経験者と経験者で育て方を変える
Midgearの育成は大きく2つに分かれる。
- 未経験者向け:新卒などを30〜40人まとめて集め、約1か月集中で商品や顧客像を学ぶ。その後6か月、コーチングを受けながら現場で成長する
- 経験者向け:基本は本人に任せつつ、企業からの評価をもとに2週間ごとに必要な訓練を追加し、弱点を補う
この仕組みを通じて、これまでに4,500人以上がMidgear経由で正社員の仕事に就いた。
最初の顧客は昔の縁から始まった
最初の一社は、ムラリと関係のあったチャットボット企業Kommunicateだった。
「働きながら育てる営業チーム」を試してほしい——そう提案すると、結果は良好だった。すると創業者が別のスタートアップへムラリを紹介してくれた。
紹介が紹介を呼び、顧客が増えていく。需要が強すぎて、30〜40社の依頼を断ったこともあるという。
お金をかけずに立ち上げ、リモートで広がった
ムラリは文章作成、ウェブ制作、デザインもこなせた。広告費はほとんどかけずに進められた。
知人の開発者がサイト制作を無償で手伝ってくれたこともあり、大きな初期費用なしに形にできた。
現在はインド、ネパール、バングラデシュにまたがるメンバーがリモートで働く。フルタイムのスタッフは約28人、取引先企業は35社ほどまで広がった。
次は大学と組み、営業教育を広げたい
ムラリが見据えているのは、採用だけではない。教育の分野にも広げていく考えだ。
大学と連携し、卒業前の最終学期に営業の基礎を教える計画がある。対象は就職先が見つかりにくい専攻の学生や、英語が得意でない学生など。大都市の有名校よりも、企業の採用が集まりにくい学校ほど関心が高いという。
さらにオンライン講座も構想している。受講料は先払いではなく、就職後に支払える形にして、学びやすくする案もある。
企業側の採用にかかる時間を、将来的には4日、最終的には24時間まで短縮したい。ムラリはそう語っている。
コールセンターから、条件の良い営業へ
ムラリが強く意識しているのは、低賃金になりやすいコールセンターの仕事から、成長と収入が見込める営業へのキャリアパスを作ることだ。
コールセンターは長時間の電話対応が続いても昇給は少なく、将来の選択肢を探している人は多い。
6年間自ら経験したからこそ分かる。コールセンター経験者は、営業でも十分に力を発揮できる。相手の話を聞き、言葉で状況を動かす——その点で共通しているからだ。
次の市場としてフィリピンも視野に入れている。コールセンターが多い一方、体系的な訓練の機会は少ない。キャリア転換の支援が価値を持つ市場だという読みだ。
競合が少ない場所で、さらに先を考える
ムラリは、同じ形の競合がほとんどいないと言う。一方で、競争相手がいた方が緊張感を保てるとも話す。
教育面の強化に加え、複数業界の顧客と関わる強みを活かし、営業向けの連絡先リストを自社で作って提供する構想もある。企業がリスト作成に使うコストを減らし、企業同士でリストを交換できる仕組みも描いている。
学びと仕事のズレを埋める
ムラリは、マーケットプレイス型の事業を作るなら「需要より先に供給を整えるべきだ」と考えている。人材の母集団を作らずに始めると、後から埋めるのは難しい。
営業を目指す人にとって大事なのは、知識だけではない。人との関わり方や伝え方で差がつく。人と向き合う力とコミュニケーション力、その両方が成果につながる。
学校で学ぶ内容と、仕事で求められる力にはズレがある。ムラリは、そのズレを埋める「育成」と「就職」をつなぐ橋を作ろうとしている。
Midgearは、その橋になろうとして生まれた。
