部屋の壁が、なんだかさみしい。そんな小さな違和感から始まった。
探しても「これだ」と思える絵に出会えない。自分の部屋に合っていて、選んだ理由をちゃんと語れる一枚が欲しいのに、見つからない。焦りというほどではないが、どこか停滞した感覚が残り続けた。
その迷いの先で出会ったのが、言葉から絵を生み出すAIだった。やがてサービスは勢いに乗り、売上が前日の17倍に跳ね上がった日もある。月間の継続売上は約1,500万円規模($100,000)に達した。どうやってそこまでたどり着いたのか。
言葉だけで絵が生まれるAIが、なぜ広まったのか
ある時期から、ネットの掲示板に不思議な絵が増え始めた。
ぼんやりしていて、ちょっと不気味。なのに目が離せない。しかも「宇宙服を着た柴犬が寿司屋で働いている」といった、ありえない組み合わせの説明文がついていたりする。
それが人の手で描かれたものではなく、AIが生成した絵だと分かると、さらに話題になった。
やり方は単純で、短い言葉を入力するだけ。AIがその言葉を手がかりに絵を作る。仕上がりが完璧でないことも多い。でも、そのズレが逆に面白くて、みんなが何度も試した。
2021年ごろ、文章から画像を生成する注目のAIが登場し、流れが一気に変わった。似た仕組みのサービスが次々と生まれる中、じわじわと存在感を増していったのがNightCafe Studioだ。
運営していたのはアンガス・ラッセル。派手な登場ではない。むしろ4年近く地道に続けて、ある日突然スポットライトが当たったタイプの起業家だった。
出発点は「部屋の壁がさみしい」
アンガスは最初からアートの専門家だったわけではない。
2018年、シドニーの自宅に客が来た。その客が部屋を見回して言った。
「壁に何もない。絵が必要だ」
そこからアンガスは、壁に飾る絵を探し始めた。ところが何百ページ見ても「これだ」と思えるものが見つからない。
欲しかったのは、もっと個人的で、選んだ理由を語れる絵だった。自分の部屋に合っていて、「なぜこれを選んだのか」を説明できる一枚。
探し続けるうちに、AIが作るアートにたどり着いた。
写真を絵っぽくするAIから始めた
当時よく使われていたAIアートは、写真を別の画風に変換するタイプだった。
写真を入力すると、AIが「油絵風」「ゴッホ風」といったスタイルに作り直す。そんな技術だ。
アンガスはふと思った。
「これを使って、個人向けの飾り絵を作って売る人がいるはずだ」
でも探しても見つからない。なら自分でやってみよう。
シンプルな変換ツールを見つけ、画像をアップするとAIで加工できるサイトを作った。さらに、印刷して届けるためのネットショップも連携させた。
すぐに注文が入り、手応えはあった。
ただ、何を中心に伸ばすべきかはまだ見えていなかった。
みんな遊ぶ。でも買わない
現実は厳しかった。
サイトに来た人は絵を作る。そこまではやる。でも、印刷して購入するところまで進まない。
しかもAIで画像を生成するには高い計算能力が必要で、1枚作られるたびに運営コストがかかる。
つまりこうなる。人が楽しめば楽しむほど、運営側は少しずつ損をする。
人気が爆発していなかったことが、逆に大損を防いでいた。笑えない話だが、当時はそれが現実だった。
アンガスは赤字を抱えながら開発を続けた。途中で「安くてもいいから売ってしまおうか」と迷ったこともあった。それでも踏みとどまった。
無料を制限したら、初めてお金が回り始めた
転機は、サーバーの請求書を見たときに訪れた。
ある利用者が、1週間で1,400枚の画像を生成していた。その一人だけで約数万円規模(数百ドル)のコストが飛ぶ。
さすがに限界だと判断した。
そこでアンガスは、無料で作れる枚数に上限を設けた。いわゆるクレジット制だ。一定枚数までは無料で、それ以上作りたければ追加が必要になる。
すると、その夜にメールが届いた。
「もっと作りたい。追加クレジットは買えないのか」
同じ内容が何通も届いた。
急いで追加クレジットを購入できる仕組みを作ると、すぐに黒字に転じた。
無料をやめたから人が減ったのではない。「価値があるから払う」という人が現れたのだ。ここで初めて、サービスがビジネスとして息をし始めた。
文章から画像を作る波が、NightCafeを押し上げた
2021年、テキストを入力するだけで画像を生成するAIが登場した。
欲しい絵を言葉で説明すると、AIが「こういう見た目だろう」と推測して作り上げる。しかも、驚くほどリアルな絵が出てくることもある。
この技術が広まり、ネット上には無料で使える「テキスト→画像」AIも登場した。
アンガスはその流れを見て、NightCafeにも同様の機能を取り入れた。
すると数か月後、爆発が起きる。
大きな掲示板に、NightCafeで作られた画像が投稿された。投稿文にサービス名は書かれていなかったが、コメント欄で誰かが「このサイトで作った」と書き込んだ。
そこから一気に広がった。
翌朝、アクセスが集中しすぎてサイトがダウン。いわゆる「人気で落ちる」状態だ。
その日の売上は、前日の17倍になった。
なぜ人は何度も作ってしまうのか
アンガスは、テキストから画像を生成する仕組みには中毒性があると考えている。
少しキーボードを打つだけで、それらしい作品が出てくる。「自分が何かを作れた」という感覚がすぐに得られる。それがもう一回を呼ぶ。
使い方もさまざまだ。
- コミュニティの雰囲気が好きで通う人
- 寝る前のリラックスとして楽しむ人
- AIの得意・不得意を試す実験として使う人
- デジタル向けの素材画像を作る人
最初に想定していた「印刷して壁に飾る」用途は、結果的に少数派になった。それでもサービスは別の形で大きく育った。
数字が示す成長
NightCafeは、月間約1,500万円規模($100,000)の継続売上を生むサービスに成長した。
1日に生成される画像は最大12万枚。
アンガス自身も変わった。かつては「部屋に飾る絵が欲しい人」だったのが、今では「ネットで人気のアートサービスを運営する人」になった。
まねされる時代の戦い方
うまくいくと、似たサービスが増える。アンガスによれば、仕組みをかなり模倣した競合も現れた。
そこで小さなチームを組んだ。サイト改善を進める開発者、SNSで集客する担当者。必要なところだけを強化する形だ。
ただしチームは大きくしすぎない。身軽さを保つことが強みだと考えている。
競合にはさまざまなタイプがいる。利用者は多いのに無料で、収益が出ていなさそうなサービス。アルゴリズムは優れているのに、まだ限定公開のサービス。さらに、有名AIの次バージョンが一般公開される可能性もある。
環境は常に動いている。だからこそ、素早く動ける体制が武器になる。
AIの性能より、体験と価格が勝負になる
アンガスは、テキストから画像を生成するAIの性能向上は、今後ペースが落ち着いてくる可能性があると見ている。
大きな技術的飛躍が続く時期は、いずれ落ち着く。
そのあとに効いてくるのは、別の力だ。
誰でも迷わず使えるよう体験を整えること。納得感のある価格設定。続けたくなるコミュニティの作り方。
勝負は「技術だけ」ではなくなる。
成功の理由は、専門家より利用者の声
アンガスが成功の要因として挙げるのは3つ。
運の良さ。赤字でも続けた粘り強さ。そして利用者の声をよく聞いたこと。
実際、機能の多くは利用者の要望から生まれた。「何が人を戻ってこさせるのか」を見極め、それを伸ばし続けた。
興味深いのは、AIを扱うサービスでありながら、社内にAIの専門家を置かずに成長してきた点だ。代わりに重視したのは、使いやすさと居心地のいいコミュニティだった。
最初から何者かである必要はない。利用者が求める体験を丁寧に作り、改善し続ける。それだけで、サービスは大きく育つことがある。
