起業すると、世界が急に静かになる。予定は減り、誰にも会わず、夜遅くまでひとりで画面に向かう日が続く。うまくいかないほど、孤独は濃くなる。
チャーリー・ワードも、その感覚を知っていた。だからこそ「起業の道のりを、もっと成功しやすく、もっと楽しく、もっと寂しくないもの」に変えられないかと考えた。経験はほとんどない。それでも、まずは小さな集まりから動き出した。
やがてその一歩は、会費で運営される黒字のコミュニティへ育っていく。年間売上は約900万円規模(約6万ドル)に到達した。何が転機になり、どうやって続く形にしていったのか。
コミュニティ作りでは、経験より熱意が勝つ
テック系スタートアップを始めると、急に世界が静かになる。予定は減り、誰にも会わずに、夜遅くまでパソコンの前で直し続ける。うまくいかない日ほど、ひとりで抱え込む。
チャーリー・ワードも、そんな孤独を知っていた。起業の道のりを「もっと成功しやすく、もっと楽しく、もっと寂しくないもの」にできないか。そう考えて、起業家同士がつながる場を作ることにした。
始まりは大げさなものではない。友人とパブでビールを飲みながら話す、小さな集まりだった。けれど、その時間がチャーリーの支えになった。気づけば同じように孤独を感じている人が集まり、輪が広がっていった。のちに、その場はラーメンクラブと呼ばれるようになる。
チャーリーには、コミュニティ運営の経験がほとんどなかった。それでも動かしたのは経験ではなく熱意だった。どうすれば人が来るのか、どうすれば続くのか。試して、聞いて、直して、また試す。その繰り返しで、少しずつ形にしていった。
5年ほどかけて、集まりの回数も規模も増え、企業スポンサーもついた。イベントを中心にした活動は、やがて事業になっていった。
オンラインのつながりを、現実の場へ
チャーリーは、会社員の世界とスタートアップの世界の両方を歩いてきた。2010年に大学を出た後、フラミンゴ形の浮き輪や子ども向けヨガマットを売るネット通販をやった時期もある。都市部のマーケティング会社で働いたこともあれば、期間限定のフライドチキン店、コワーキングスペースなど、いろいろな挑戦もしてきた。
2017年、ロンドンの起業家が集まるオンラインのチャットに深く関わるようになった。そこでチャーリーは気づく。ロンドンには、自力で起業する人が多い。しかも、オンラインの会話がよく動く。
だったら、画面の中だけで終わらせたくない。実際に会える場所を作ろう。そうして、ロンドンのテック系起業家が毎週パブに集まり、近況やプロジェクトを話すグループが生まれた。
家で一人で働く個人起業家にとって、「外に出て、人と会える」だけで価値がある。集まりは人気になり、スポンサーもつくようになった。
2018年、チャーリーは仕事を辞めた。2020年には別の起業家イベント会社を買収し、複数のイベントをまとめて動かす形に広げた。コミュニティの登録者は900人規模まで増えていった。
ただ、パブで話すだけでは足りなくなっていく。「話す場」だけでなく、「一緒に作業する場」がほしい。そんな声が大きくなった。
「一緒に作業したい」から始まった
2019年、仲間から頼まれるようになった。「月に2回くらい、一緒に作業できる場がほしい」
チャーリーは、まず小さく試すことにした。目標は「メール登録20件」。簡単な案内ページを作り、登録フォームを置く。ニュースレターの読者やSNSのフォロワーに知らせ、次の集まりでは名刺も配った。知り合いにも直接声をかけた。
この段階では、手作業が効く。まだ人脈が十分でないからこそ、直接話すと学びが大きい。「どんな人が強く興味を持つか」「どんな言い方が伝わるか」が分かる。あとで人数を増やすとき、その感覚が宣伝の強さになる。
結果、30人が登録し、テストイベントには20人が来た。流れはシンプルだ。午前に短い進捗共有。昼にランチ。夕方に成果や作業内容の共有。たったそれだけで、「この場は必要だ」という手応えがあった。
イベントのあと、チャーリーは参加者に一人ずつ聞いた。「月1回なら、いくら払える?」18人から返事が来た。料金を払ってでも続けたい人が多い。そこで少額の会費を設定し、少しずつ事業として育てていった。
この月1回の作業会は、ウィークエンドクラブと名付けられた。最初の1か月で売上は約7万円(約500ドル)。小さいが、確かな一歩だった。
外出制限が来ても、場を消さなかった
2020年、外出制限で対面の集まりが開けなくなった。コミュニティが崩れる不安が出た。ここで止まれば、せっかくできたつながりが消える。
チャーリーは切り替えた。オンライン会議とチャットの場を整え、起業家同士が情報やツールを共有できるようにした。孤立しやすい時期だったからこそ、オンラインのつながりが価値になった。会費を払い続けるメンバーも多かった。
もともとオンライン中心にする予定ではなかった。だが、先が見えない中でも急いで決め、動いた。それが結果的にうまく回った。
2021年の夏ごろから社会が動き始めても、しばらくはオンライン中心が続いた。とはいえ、対面で会いたい気持ちは強い。メンバーの要望を聞きながら、集まりの回数や交流の機会を増やしていった。
やることが増えれば、運営は重くなる。そこでパートタイムのメンバーを雇い、手伝ってもらう形も作った。燃え尽きないための仕組み作りだった。
空きオフィスを使って、体験を上げる
ロンドンが再び開き始めたころ、チャーリーは別のチャンスも見つけた。2022年、ロンドンではオフィスの空室が増えていた。空いているビルに連絡し、「イベントを開く代わりに、そのオフィスを紹介する」という提案をした。
これで、都心の質の高い場所を、手ごろな条件で使えるようになった。参加者にとっては体験がよくなる。運営側にとってはコストを抑えやすい。場所の問題を、工夫でひっくり返した。
ラーメンクラブという名前に込めた意味
2022年5月、名前をウィークエンドクラブからラーメンクラブへ変えた。
ここでいう「ラーメン」は、スタートアップ界隈で使われる言葉が元になっている。生活費をまかなえる最低限の安定収入に届いた状態。派手ではないが、倒れない。生き残れる。そんなラインを指す。
名前を変えて紹介の場に出したところ、短期間で参加者は約3割増えた。
運営を続けて約3年。会員は120人規模になり、イベントは週2回。世界中のメンバーがオンライン中心で助け合いながら、それと同じくらい対面のつながりも大事にしている。
起業家にとって、何が価値になるのか
ラーメンクラブが強い理由は、「何のための場か」がはっきりしていることにある。
事業を良くするために相談できる仲間がいる。助言をくれる先輩もいる。そして、やり取りがちゃんと動いている。参加する理由が見えるから、場の軸がぶれにくい。
コミュニティ作りでは、「誰のための場で、何を叶えるのか」を明確にすることが大切になる。特に企業が作るコミュニティは、目的があいまいだったり、担当者が分野を理解していなかったりして、育たないことが多い。何のために集まるのかが分かっているだけで、運営はずっと楽になる。
場所選びや、毎回の決まった流れも重要だ。バーなのかオフィスなのか。目的を叶えやすい空間を選ぶ。さらに、決まった習慣があると続きやすい。たとえば「毎月この日にパブで集まる」と決まっていれば、参加者の頭に残る。コミュニティにとっての機能になる。
最大の危険は、燃え尽きること
コミュニニティ運営で一番こわいのは、主催者が燃え尽きることだ。
自分の時間や体力を見誤り、イベントや準備を抱え込みすぎると、ある日突然続けられなくなる。定期的な対面イベントは、登壇者の調整、会場、飲食、連絡、当日の進行など、想像以上に手間がかかる。
続けたいなら、最初から「続けられる形」に寄せていく必要がある。
これからは、もっと大きな器へ
感染症流行後、オンラインの強さを伸ばしてきた一方で、これからは遠方のメンバーにも対面の機会を増やしたい考えがある。オンラインにはオンラインの役割があり、地方では特に役立つ。それでも、人と直接会うつながりは必要だ、という立場だ。
やり直せるなら、検索で見つけてもらう工夫をもっと早く学びたかった、とも考えている。早く始めていれば、今より先に進めた可能性があるからだ。
そして最後に残った結論はシンプルだ。コミュニティ作りを支えたのは、生まれつきの才能より、学び続ける姿勢と分野への強い興味だった。熱意があれば、経験不足は乗り越えられる。
チャーリーは、ただ集まりを作ったのではない。孤独になりやすい起業の道に、「一緒に進める場所」を置いた。その小さな一歩が、黒字で回るコミュニティへと育っていった。
今のラーメンクラブは、会費で運営される黒字のコミュニティになり、年間の売上は約900万円規模(約6万ドル)まで伸びた。チャットやツールもそろい、資金調達に頼らず自力で事業を育てる起業家がつながれる場所になっている。
