Googleスプレッドシートは、誰もが使っているのに「本当の力」を知らないまま終わりがちだ。表を作って計算して、それで十分だと思ってしまう。
でも、もしその“知られていない力”を武器にできたらどうなるのか。学び直すべきか迷う気持ちや、今の働き方のままでは伸びない停滞感を抱えながらも、一歩踏み出した人がいる。
小さな動画販売から始めた取り組みは、やがて6桁ドル規模の売上(約1,500万円規模)を生み、月1万ドル(約150万円)の売上に届く月も出てきた。何が転機になり、どうやって会員制ビジネスに育っていったのか。
みんな使っているのに、ほとんど知られていない道具
Googleスプレッドシートは、仕事の現場で当たり前のように使われている。Excelと並ぶ、定番の道具だ。
でも多くの人は、表を作って、足し算や平均を出して終わる。スプレッドシートには数百の関数があり、便利な機能も山ほどあるのに、そこまで使う人は少ない。
その「知られていない力」に目をつけて、学びのサービスを作り、会員制ビジネスに育てたのがAndrew Kampheyだ。サービス名はBetter Sheets。最初からお金を取る仕組みにしたことが、後で大きな差になっていく。
会社で「スプレッドシートの人」になった日
Andrewがスプレッドシートを本気で学び始めたのは2015年。QYOUというスタートアップのテレビネットワークで働いていた時期だ。
社内には、ライセンス管理のフォームがあった。ぐちゃぐちゃで、誰もちゃんと直せない。そこでAndrewは動画を見ながら学び、たった1行のスクリプトで整理して直してしまった。
それ以来、職場での呼び名は「スプレッドシートの人」になった。そこから3年、仕事の中で腕を磨き続けた。
週末だけで作った道具が、思わぬ反応を生んだ
2018年に会社を辞めた後、Andrewは共同創業者と、週末だけで新しい仕組みを作った。
それは「ドメイン評価ツール」。ドメインの価値をドロップダウンで表示する。しかも全部、Googleスプレッドシートだけで作った。
共同創業者は驚いた。「こんな作り方は見たことがない」と言った。Andrewはその時初めて、自分が当たり前だと思っていた技術が、外から見るとかなり珍しいと知った。
怒りが、最初の動画になった
AndrewはInfluence Weeklyというニュースレターも運営していて、2020年に5桁ドル規模で売却(約150万円規模)している。
同じ2020年、ある記事を読んで強い不満を感じた。記事は「最も役に立たないGoogleスプレッドシートの数式」を紹介していた。でもAndrewから見ると、そこに挙げられていた数式はむしろ便利だった。
問題は別にあった。便利さをちゃんと教える講座が、ほとんど見当たらない。
なら自分で作ろう。そう決めて、役に立つのに知られていない作り方を動画にした。まず8本作り、4本は有料、4本は無料にした。価格は約4,500円($30)の買い切り。
土曜に公開して、月曜に売れた
サイトを土曜に公開すると、月曜には最初の購入者が現れた。
購入者のCarlosは、動画を全部見た後、スプレッドシートが「使う前」と「使った後」でどう変わったか、写真をメールで送ってきた。学んだことが現場で効いた。その熱量がAndrewの背中を押した。
ただ、売上は一直線には伸びなかった。最初の購入の後、次の売上まで2週間空いた日もある。ある日は5人がまとめて買い、また止まる。波があった。
しばらくは副業として扱い、別の仕事やプロジェクトを優先していた。
別の事業の失敗と、家族の変化
2021年、Andrewは友人からSaaSを買った。ところが2日後、妻の妊娠が分かった。
生活が変わる。リスクの取り方も変わる。AndrewはそのSaaSを約450万円($30,000)で売却した。
2022年1月にはニュースレタービジネスの会社でフルタイムの仕事に就くが、約5か月で辞める。そしてバリ島へ移住し、Better Sheetsに集中することにした。
大きく宣伝していない間でも、Better Sheetsは2年で6桁ドルの売上(約1,500万円規模)を作っていた。続ければ伸びる手応えがあった。
Andrewにはもう一つ、気づいていたことがある。自分のプロジェクトは、3年以上続いたことがほとんどない。だからこそ、Better Sheetsの「3年目」を見たくなった。今度は途中でやめたくなかった。
AppSumoで一気に広がった
Better Sheetsは、もともと企業向け研修の需要を狙っていた。だが最初の約4,000人の顧客は、企業の担当者というより、ビジネスオーナーやスタートアップ運営者が中心になった。
理由の一つが、AppSumoとの協力だ。AppSumoはソフトウェアの割引販売で知られ、起業家が集まるコミュニティでもある。アクティブユーザーは200万人以上とも言われる。
AndrewはAppSumo向けに特別な内容を用意し、スプレッドシートのテンプレート19個を無料で付けた。結果は早かった。開始から1週間で100件、3か月で1,000件の販売につながった。
さらにAppSumo側がBetter Sheetsを紹介する記事を出し、創業者がオンラインツールのおすすめリストに入れたことも追い風になった。
ただし、外部の割引サイトに頼ると利益が減る。AppSumo経由の売上は30%が手数料として引かれる。そこでAndrewは、TwitterやYouTubeなど、自分の発信でも集客できるように動き始めた。
「無料」は検証にならないと知った
Andrewが料金にこだわるのは、過去の失敗があるからだ。
以前、CreatorGrowthLabというSaaSを作るために約75万円($5,000)を使った。フリーミアムで200人の利用者を集めたが、結局誰もお金を払わなかった。
無料ユーザーが増えるほど、運営の手間と費用は増える。それでも売上はゼロ。1人で抱えるには重すぎた。
この経験でAndrewは学んだ。「料金を取らない限り、価値の証明にならない」。その後、収益化をテーマにした短い電子書籍も作ったが、無料にせず、少額でも有料で売った。
Better Sheetsも最初から有料にした。さらに、先が読みにくい時期ほど「分かりやすい固定価格」が安心につながると考え、月額ではなく買い切りを選んだ。
買い切りなら、購入者は一度払えば追加請求がない。提供側も、毎月更新し続ける義務に追われにくい。副業で育てる段階にも合っていた。
コンテンツが増えるにつれて価格は上げられ、買い切りは最終的に約16,000円($109)になった。加えて月約2,800円($19)の月額プランも用意し、2022年7月と8月はどちらも月1万ドル(約150万円)の売上になった。
動画から、テンプレートと仕組みのビジネスへ
Better Sheetsは最初、動画教材が中心だった。だが2年かけて「スプレッドシートで仕事を進めるための道具箱」へ変わっていった。
今はダウンロードして使えるテンプレートも売っている。投稿アイデアを作るテンプレートや、悪い習慣を記録する「Dark Habits」というスプレッドシートなどだ。
さらにAndrewはOnlysheetsという別の仕組みも作った。テンプレートを作る人が、自分のテンプレートを販売できる場所だ。購入者は料金を払ってアクセスし、そのテンプレートを使える。テンプレート自体が道具として働く、小さなSaaSのようなイメージだ。
Better Sheetsの会員には、副収入を作りたい人や、見込み客を集める強い無料配布物を作りたい人が多い。Onlysheetsは、その需要に合う形として生まれた。
顧客から質問が来たとき、Andrewは個別に解説動画を送ることもある。作った動画はこれまでに約1,000本。ただ会員が見られるのは220本ほどで、今後さらに公開していく余地がある。
1人で回す限界と、次の課題
Better Sheetsが成長するにつれ、Andrewは不安も感じるようになった。ずっと1人で運営し続けるのは難しい。
個人のキャラクターに強く依存したビジネスは、本人が動けなくなった瞬間に止まる。だからAndrewは、小さな会社を仕組み化して回す考え方を学び、「自分がいなくても動く機械のようなビジネス」にしたいと考えている。
この話から学べること
Andrewのやり方は、細かいテーマを深く掘るのが得意な人に向いている。ポイントはシンプルだ。
- テーマをできるだけ具体的に絞り、その分野の専門家になる
- 無料ユーザーが多いことを、成功の証拠だと思いすぎない
- 無料で出すなら、次につながる仕組み(連絡先の取得や有料への案内)を用意する
無料で使われるだけでは、本当に価値があるかは見えにくい。お金を払ってもらえるかどうかが、強い判断材料になる。
Better Sheetsは、その現実から目をそらさなかった。だからこそ、ただの動画教材で終わらず、続くビジネスになった。
