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失業率に怯えた無名プログラマーが 「チャットボットを捨てて“人間サポート”に全振り」で 継続売上3倍。 大手に勝った禁断の全手口

7 min read2026年3月3日
失業率に怯えた無名プログラマーが 「チャットボットを捨てて“人間サポート”に全振り」で 継続売上3倍。 大手に勝った禁断の全手口

ビジネス概要

事業タイプ

SaaS

フェーズ

売却後

規模感

毎月の継続売上は3倍

概要

企業がSNS運用をデータで回せるようにするSNS管理サービス。

ターゲット

中小企業のマーケティング部門のSNS運用担当者

主な打ち手

大手の模倣をやめ、顧客対応を「人が向き合う」方針に振り切ってサポートや接点作りを強めた。

ストーリーの流れ

Problem

資金力のある大手参入で成長が止まりかけ、正面勝負では勝ち目が薄くなった。

2016年成長停滞の節目
  • 広告も営業も大手が強く、機能も似てくる状況だった。
  • 起業家として続ける意味を迷い始める局面だった。
Insight

大手のやり方をなぞらず、自分たちの価値観を武器にする方針を選んだ。

  • Sendibleが大事にしてきた「客を大切にする」を会社の中心に置き直した。
Insight

SendibleはSNS運用を勘ではなくデータで回すための企業向けツールである。

  • SNS投稿の予約や複数SNSの反応確認、レポート作成と分析を支えるサービスだった。
Action

父の依頼をきっかけに自動メッセージ送信の仕組みを作り、サービス公開へ踏み出した。

  • ロンドンで開発者として働きながら夜や週末を使ってIntelliMailを完成させた。
  • 父の会社だけでなく他社にも必要だと気づいた。
Problem

自宅サーバーで無料ツールとして始めたが、ユーザーが増えても収益が弱かった。

  • 広告で稼ぐ計画はうまくいかず、無料ユーザーばかりが集まった。
  • 料金を払う企業や代理店が増えず、投資家からも事業性を否定された。
Action

会社を辞めて持ち分を買い戻し、Sendibleに全てを賭ける決断をした。

約200万円以上(1万ポンド以上)持ち分買い戻し費用
2010年退職の節目
  • 勤め先から持ち分の要求を受け、交渉しても利益が流れ続ける状況だった。
  • 当時の恋人の後押しで退職を選んだ。
Monetize

無料ツールを捨てて企業向けに作り直し、ホワイトラベル提供も加えて売上を伸ばした。

月約6万円ほど($400ほど)→2010年末には年約1,500万円を超えた(年$100,000を超えた)売上の伸長
  • 企業に直接売るだけでなくB2B企業に自社ブランドとして売れる形で渡した。
  • 景気回復で企業のSNS投資が進んだことも追い風になった。
Team

有給インターン採用を起点にチームができ、マーケ・開発・営業の体制が整っていった。

  • 2011年に最初の有給インターンを雇い、少しずつ人が増えた。
  • 2013年には画面や使い勝手も大きく改善した。
Problem

大手の参入で競争が激化し、営業増員でも顧客流出を止められなかった。

  • 大手は広告費を大量に使い、派手なマーケティングで市場を押さえにきた。
  • 似た機能がすぐに出て、「なぜ選ぶのか」を示す必要が高まった。
Action

機械的対応をやめて人間らしいサポートに振り切り、価値観を行動へ落とし込んだ。

  • サイトの写真を素材画像から実際の社員の写真に変えた。
  • チャットボット任せにせず人のサポートを強めた。
  • 短い画面録画動画で説明し信頼を積み上げた。
  • 大規模展示会より小さな集まりで客と近い距離で話した。
Growth

価値観を軸にした方針転換で毎月の継続売上が3倍になった。

毎月の継続売上は3倍継続売上の成長
  • 大手と同じ土俵ではなく自分たちの土俵を作った結果だった。
Monetize

成長の次の段階として2021年に会社を売却し、現金取引と引き継ぎ条件で合意した。

2021年売却の節目
  • SaaS全体で成長が落ち着く流れもありタイミングだと判断した。
  • 利益率の高さや解約が減っていることが評価され条件は良かった。
  • 6か月の引き継ぎ期間の後に離れられる形になった。
Team

売却準備を社員に知らせず進めたことで罪悪感も抱えつつ、新体制でもチームは働き続けた。

  • 数字やデータを集める必要があり、普段オープンな文化だった分だけ葛藤があった。
  • オンライン会議で発表したとき驚きや涙が出た。
  • 買い手が事業を大切に扱うと信じられ、社員は新しい体制の下でも働いている。
Action

引き継ぎ後はStoryPromptに集中し、立ち上げ期のものづくりへ戻った。

  • Sendibleが大きくなりすぎて自分でコードを触る機会が減っていたことが背景にあった。
Scale

資金調達に頼らず客中心で育てて出口まで進める学びを起業家へ助言している。

  • 大手と戦いながら価値観を守る現場の学びを語っている。
  • 最後に残るのは金や広告ではなく何を大切にするかという価値観だと位置づけた。

資金力のある大手が参入してきた瞬間、これまで積み上げてきたものが一気に崩れそうになる。広告も営業も勝てない。機能も似てくる。そんな状況に立たされると、起業家は「このまま続けて意味があるのか」と迷い始める。

Sendibleを作ったギャビン・ハマーも、2016年に成長が止まりかけた。正面から戦えば勝ち目は薄い。しかも、彼の挑戦は最初から順風満帆ではなかった。儲からない無料ツールの時代を経て、退職して背水の陣で賭けた過去もある。

それでも彼は、大手のやり方をなぞるのではなく、自分たちの「価値観」を武器にする道を選んだ。その結果、毎月の継続売上は3倍に伸び、やがて会社は次の持ち主へ渡っていく。何が転機になったのか。その中身を見ていく。

大きな会社に負けそうなとき、最後に残る武器は「価値観」

資金力のある大手が市場に入ってきて、客がごっそり持っていかれる。そんな場面に出会うと、どんな起業家でも心が折れそうになる。

Sendibleを作ったギャビン・ハマーも、まさにその壁にぶつかった。2016年、会社の成長が止まりかけた。広告も営業も、大手のほうが強い。機能も似てくる。正面から殴り合えば、勝ち目は薄い。

それでもギャビンは、逃げなかった。大手のまねをする代わりに、Sendibleが大事にしてきた価値観を前に出した。「客を大切にする」。その一点を、会社の中心に置き直した。

Sendibleは何をするサービスか

Sendibleは、会社がSNSを運用するための道具だ。

  • SNS投稿の予約
  • 複数SNSの反応をまとめて確認
  • 数字のレポートを作って分析

どの投稿が伸びたのかを見て、次の投稿に生かす。SNSを「勘」ではなく「データ」で回せるようにする。

始まりは、父からの小さな頼みだった

きっかけは2008年。ギャビンの父がこう言った。

「社員の誕生日に、自動でメールを送れる仕組みを作れないか」

ギャビンはロンドンで開発者として働きながら、夜や週末を使って作った。3か月かけて、コマンド操作で自動メッセージを送れる仕組みを完成させた。名前はIntelliMail。

最初は、父が社員の情報をまとめて渡し、ギャビンが手作業で設定して送っていた。でもギャビンは気づく。

「これ、他の会社にも必要なはずだ」

そこでサービスとして公開することにした。

自宅サーバーから始まった。だが、儲からなかった

ギャビンは古いサーバーを安く買い、自宅のルーターにつないでサイトを公開した。名前はSendible。「何でも送れる」という意味を込めた。

最初のSendibleは無料ツールだった。主にメールの予約送信に使われ、SNSが広がるにつれてSMSやSNS投稿の予約も追加していった。

ユーザーは増えた。記事で紹介され、注目も集まった。だが、収益は弱かった。広告で稼ぐ計画はうまくいかない。集まるのは無料ユーザーばかりで、料金を払う企業や代理店が増えなかった。

本当はマーケティングも強化したかった。でもフルタイムの仕事があり、時間が足りない。投資家にも相談したが返ってきたのは冷たい言葉だった。

「それでは事業にならない」

ギャビンは悔しかった。それでも、空き時間で開発を続けた。

「会社を辞めるか、夢を捨てるか」

ギャビンはもともと、大学を卒業したころから不安を抱えていた。2001年当時、南アフリカの失業率は高く、仕事探しは簡単ではなかった。運よくプログラマーとして就職できても、「仕事がなくなる怖さ」は消えなかった。

だからこそ、最初の職場の研修で「10年後どこにいたいか」と聞かれたとき、ギャビンは自分に手紙を書いた。

「10年後、自分の会社を持つ」

その約束が現実に近づいたとき、別の問題が起きる。2009年、勤め先がこう要求してきた。

「Sendibleを続けるなら、持ち分の半分を渡せ」

交渉して10%まで下がったが、それでもつらい。利益の一部が会社に流れ続ける。深夜まで働く意味が分からなくなっていった。

最後は二択だった。

  • 会社を辞めて、持ち分を買い戻し、全部を賭ける
  • 事業をあきらめる

背中を押したのは当時の恋人で、のちの妻になる相手だった。教師の給料でも生活はできること、半年分の貯金があることを伝えた。

ギャビンは2010年に退職し、約200万円以上(1万ポンド以上)を払って持ち分を買い戻した。夢を、他人のものにしないためだった。

無料を捨てて、企業向けに作り直した

退職後、ギャビンはSendibleを根本から作り替えた。無料の予約投稿ツールではなく、企業向けのSNS管理サービスに変えた。

さらに、企業に直接売るだけではなく、別のB2B企業に「ホワイトラベル」で提供した。相手が自社ブランドとして売れる形で渡すやり方だ。

この転換は効いた。月約6万円ほど($400ほど)だった売上が、2010年末には年約1,500万円を超えた(年$100,000を超えた)。景気の回復で企業のSNS投資が進んだことも追い風だった。

2011年には最初の有給インターンを雇い、少しずつチームができた。マーケ担当、開発者、営業責任者も加わる。2013年には画面や使い勝手も大きく改善し、複数SNSに同時投稿できる入力画面などを整えた。

成長は続いた。だが、2016年に空気が変わる。

大手が来た。正面勝負では勝てなかった

資金力のある企業が次々と参入し、競争は一気に激しくなった。ギャビンは最初、追いつこうとした。外向き営業を強化するために営業を6人増やした。

それでも客は大手へ流れた。大手は広告費を大量に使い、派手なマーケティングで市場を押さえにくる。似た機能もすぐに出してくる。

「役に立つサービスを作る」だけでは足りない時代になった。似たものが多い中で、「なぜ選ぶのか」を示さないといけない。

ギャビンはここで方向を変えた。大手のまねはやめた。小さなチームだからできる戦い方に振り切った。

武器は「人間らしさ」だった

Sendibleが尖らせた強みは、客との向き合い方だった。機械的な対応ではなく、人がちゃんと相手をする。支払っている客が「理解されている」と感じられる関係を作る。

そのために、やったことは派手ではない。でも一つ一つが、価値観を形にする行動だった。

  • サイトの写真を、素材画像ではなく実際の社員の写真に変えた
  • チャットボット任せにせず、人のサポートを強めた
  • 短い画面録画動画で説明し、信頼を積み上げた
  • 大規模展示会より、小さな集まりを開き、客と近い距離で話した

この方針転換で、毎月の継続売上は3倍になった。大手と同じ土俵ではなく、自分たちの土俵を作った結果だった。

そして会社は、次の持ち主へ渡った

ギャビンは10年以上かけてSendibleを育て、2021年に会社を売却した。最初から売るつもりだったわけではない。ただ、コロナ禍の後はSaaS全体で成長が落ち着く流れもあり、タイミングだと判断した。

買い手が資源を投入すれば、Sendibleはさらに伸びる。そう考えた。そしてギャビン自身は、会社が大きくなった後の管理より、立ち上げ期のものづくりに戻りたかった。

売却では、利益率の高さや解約が減っていることが評価され、条件は良かった。現金での取引となり、6か月の引き継ぎ期間の後に離れられる形になった。

ただし、売却準備は社員に知らせずに進めた。数字やデータを集める必要があり、普段オープンな文化だった分、ギャビンは罪悪感も抱えた。オンライン会議で発表したとき、驚きや涙が出た。チームが家族のようだったからこそ、衝撃は大きかった。

それでも、買い手が事業を大切に扱うと信じられた。社員たちは新しい体制の下でも働き続けている。

次の挑戦へ。学びは、次の起業家へ

引き継ぎが終わると、ギャビンは新しいサービスStoryPromptに集中し始めた。Sendibleが大きくなりすぎて、自分でコードを触る機会が減っていた。もう一度、自分の手で作る感覚を取り戻したかった。

同時に、資金調達に頼らず事業を育てる創業者への助言もしている。客を中心に考える会社をどう作り、どう伸ばし、どう出口まで進めるか。大手と戦いながら価値観を守る、その現場の学びを語っている。

大きな会社に負けそうなとき、最後に残るのは金でも広告でもない。自分たちが何を大切にするか。その価値観が、会社の進む方向を決める。