スタートアップの世界では、一夜にして名が知れ渡り急成長する——そんな話ばかりが目に入る。けれど現実は、思うように伸びず、資金も気力も削られていく時間のほうがずっと長い。
大きな夢があっても、いきなり全力で踏み出せるわけではない。失敗の記憶や、先が見えない不安がある。そんな状況で「どうやって折れずに続けるか」を考え抜いた末に、ある起業家が選んだのは、収入を一本に頼らない設計だった。
その方針のもと、Mentat Analyticsは立ち上げから約1年で年間数千万円規模の売上を達成した。派手な一発逆転ではない。小さく試し、修正し、積み上げる。その過程に、事業を強くするヒントが詰まっている。
収入を分けると事業は強くなる
スタートアップが一夜で有名になることは、まずない。急成長を信じて突き進むと、うまくいかなかったときに心も資金も折れやすい。だからこそ現実的なやり方は、まず小さく試して、少しずつ修正しながら育てることになる。大きな目標を持ちつつ、日々の地道な改善を積み重ねる。結局それが、最も強い。
この考え方で会社を育ててきたのが、Mentat Analyticsを創業したアリ・バグショマリだ。アリが重視したのは「収入を一つにしない」という設計だった。売上の柱が複数あれば、どれかが揺らいでも会社は倒れにくい。資金繰りが安定し、リスクが下がり、将来的に会社を売却する際の魅力も高まりやすい。
Mentat Analyticsは立ち上げから約1年で、年間数千万円規模の売上を上げるようになった。仕事はシンプルで、スタートアップがデータツールをきちんと活用できるよう支援することだ。多くの会社は、データの収集・整理・活用の仕組みづくりが苦手で、そこが弱点になりがちだ。Mentatはその穴を埋める。
大きな夢があっても小さく始める
アリは約10年間、テック業界で経験を積んできた。大学卒業後すぐに最初のスタートアップを立ち上げ、音楽フェスや大学キャンパスのように一般的な地図アプリでは対応しきれない場所で使えるスマホ向けナビアプリを開発した。
イベント期間中はダウンロード数が増えることもあった。しかし成長は続かず、やがて事業は幕を閉じた。アリにとって大きな失敗だったが、同時に大きな学びでもあった。その後はデータサイエンティストとして企業に勤める道を選ぶ。
次に電動キックボード会社の初期メンバーとして働いたが、コロナ禍で解雇された。そこからアリは、業務委託やボランティアなどさまざまなプロジェクトに関わりながら力をつけていく。次の起業に向けた準備期間だった。
本当の夢は別にあった。データのオンラインスクールを作ることだ。しかも、データ担当者向けではなく、プロダクトチームなど「本業がデータではない人」に向けた学校を作りたかった。世の中のデータ講座は分析者やエンジニアを目指す人向けが多く、他部署が実務で活用するためのデータ教育は少ない。
アリは現場で何度も目にしてきた。部署が違っても、データの基本を理解するだけで仕事が変わる。作業スピードが上がり、プロダクトの現状を把握でき、顧客をより深く知ることができる。データは一部の専門職だけの武器ではない。
ただ、すぐにスクール作りへ全力を注げるほど、時間も資金も余裕がなかった。そこでアリは順序を変えた。まず企業向けのデータ分析コンサルティングから始める。これが後にMentat Analyticsの土台となる。
スタートアップのデータの仕組み作りを助ける
アリはよく、エンジニアリングの仕組みとデータの仕組みは役割が異なると話す。エンジニアリングの仕組みはプロダクトを作るための道具と環境。データの仕組みは、事業やプロダクトが「今どう動いているか」を把握するための道具と環境だ。
データ担当は会社の目と耳になる存在だ。正しいデータがなければ、ユーザー数や使われ方、どの機能でつまずいているかが見えない。見えないまま意思決定するのは、勘だけで運転するようなものだ。
多くのスタートアップは、創業メンバーにソフトウェアエンジニアがいてプロダクト開発環境は整えられる。しかしデータ基盤を構築できる専門家は、データが売上や成長に直結すると分かってから初めて採用されがちだ。それまでの間、専門外の人間が見よう見まねでデータ基盤を作り、後から運用が回らなくなるケースが生じる。
Mentat Analyticsは、フルタイムのデータ責任者を雇うほどの規模ではない会社にとって、「必要なときにデータ責任者の役割を担う存在」となった。
専門特化の強みと危うさ
最初のコンサル案件は、知人の元同僚の会社を手伝うところから始まった。そこから少額の費用で法人口座を開設し、Mentat Analyticsを正式に立ち上げる。
次にアリが考えたのは顧客の増やし方だった。狙ったのは、データツールを提供するソフトウェア会社との提携だ。多くのソフトウェア会社にはパートナー制度がある。顧客がツールを正しく使えるよう、信頼できる外部パートナーを紹介する仕組みだ。分析ツールは設定がずれると数字もずれる。だから導入支援の需要が生まれる。
アリはプロダクト分析ツールの会社に連絡を取り、認定プログラムを受けた。公式の認定があれば信頼を得やすいと考えたからだ。プログラムで高い評価を得た結果、パートナーとして顧客を紹介されるようになり、安定して依頼が入る流れができた。
紹介が増えるにつれ、アリはそのツールに特化したサービスへと内容を絞っていった。ゼロからの導入、既存設定の立て直し、社内メンバーが自力で運用できるようにする研修——やることを絞った分、品質が上がった。
大きな会社と戦うなら、勝ち方は一つしかない。圧倒的に良い仕事をすることだ。そのために必要なのが専門性だとアリは考えた。特定ツールを深く理解していれば、大手代理店にも負けない品質を出せる。
ただし、専門特化には影の部分もある。特定ツールへの依存が強いと、提携先に悪い変化が起きたとき、Mentat Analyticsの売上も直撃する。ニッチを絞りつつ、危険な依存にならないラインを見極めるのは簡単ではない。
採用も難しくなる。同じレベルでツールを扱える人材がそもそも少ないからだ。新しいメンバーが入れば教育に時間がかかり、成長が鈍る。アリはコミュニティで情報を集め、紹介も活用しながら人材を探し続けた。
現在、Mentat Analyticsにはパートタイムのメンバーが4人おり、それぞれ異なるデータ分析サービスを担当している。創業初期のスタートアップ向けサービスも拡充し、売上の約4分の1を占めるようになった。
よくある依頼は「モダンデータスタック」の構築だ。データウェアハウスを中心に置き、その周りに必要なツールを組み合わせて仕組みを作る。ほかにも、既存のデータチームや仕組みを点検して改善点を洗い出す監査、必要なときだけ分析やデータサイエンスを提供するスポット支援なども手がけている。
別の事業を組み合わせて強くする
アリはMentat Analyticsを運営しながら、ずっと温めていたオンラインスクールも前進させた。Mentatで最初のメンバーを採用できるようになり、時間的な余裕が生まれた。そこで2022年6月、Product Analytics Academyを立ち上げる。プロダクトマネージャーを対象に、実務でよく直面する課題を解決するためのデータスキルを、自分のペースで学べる形にした。
このスクールは同じ会社の中にあるが、アリは独立した事業として扱う。専用のサイト、ブランド、戦略を用意し、Mentatをコンサル部門、スクールを教育部門として明確に分けた。
コンサルは収入を生み出しやすい。ただ、人の時間が必要な仕組み上、一気に10倍に拡大するのは難しい。一方スクールは、最初の収入は小さくても、教材を作ってしまえば受講者が増えても対応しやすく、スケールしやすい。
アリの狙いは、複数の収入の柱を作り、それぞれが支え合う構造にすることだった。Mentatの顧客はスクールの受講者になりやすい。逆にスクールの受講者が増えれば、実務支援を必要とする人とも出会いやすくなり、コンサル案件にもつながる。
さらにアリは3本目の柱として、データエンジニアリングでよくある作業を効率化するツール事業も構想している。データの取り込みや書き出しといった手間のかかる作業を、よりシンプルにする方向だ。
資金調達が合うかどうかを考える
アリは事業計画を立てる際、最初から「資金調達をしない」と決めた。先に制約を設け、その範囲で何ができるかを逆算するやり方だ。
理由の一つは、働き方の自由度を守るためだった。状況に応じて事業に充てる時間を増減でき、規模を柔軟に調整できる会社でいたい。
資金があれば助かる面はある。しかし投資家が入ると、事業の方向性が変わるリスクも生まれる。アリは過去に勤めた会社で、資金調達の負の側面も目にしてきた。創業者が望まない方向へ押されることは十分起こりうる。
投資家は通常、より速い成長を求める。しかし成長だけがすべてではない。アリが守りたいのは、試しながらじっくり数字を伸ばせる余地だった。
Mentat Analyticsは売上の5%を寄付する取り組みも続けている。プロジェクト終了のたびに寄付先の候補を顧客に提示し、選んでもらう。寄付後は証明書も共有する。顧客からの評判が高い取り組みだが、投資家が入れば同じように自由に進めにくくなる可能性がある。
自己資金で運営している以上、3つの事業を同時にフルタイム人材で回す資金はない。だからアリはサービスを分散させ、限られたリソースをまとめて活用する道を選んだ。成長は遅くなるかもしれない。それでも、経営の主導権は手放さない。
この記事のポイント
- 急な成功を狙うより、小さく試して修正しながら育てる方が失敗しにくい
- 収入源を一つに絞らないことで、リスクが減って事業が安定しやすくなる
- 専門特化は強みになるが、特定の相手やツールに依存しすぎると弱点にもなる
- コンサルと教育のように異なる事業を組み合わせると、互いに顧客や学びを循環させられる
- 資金調達は万能ではなく、自分が望む経営スタイルに合うかどうかを先に考える必要がある
