「このまま、決められたルールの中で働き続けていいのだろうか」——そんな停滞感を抱えながらも、日々の仕事に追われて動けない。サラ・ベルチャーも、安定した職場にいながら心のどこかで迷い続けていた一人でした。
転機は、がんの診断でした。回復できたからこそ、時間の使い方が一変します。限りある時間とエネルギーを「本当に大切なこと」に使う——そう決めたとき、頭の中にあったアイデアが少しずつ現実になっていきます。
やがて彼女が生み出したのは、町全体を巻き込む体験型イベント。初開催で1万7,000人以上が集まり、寄付も約380万円(2万ポンド)に達しました。立ち止まりそうになった瞬間も、揺らいだ瞬間もあった。それでも前に進み続けられた理由は、どこにあったのでしょうか。
病気が教えてくれた「今やる」という決意
起業する理由は人それぞれだ。好きなことを仕事にしたい、自分の判断で動きたい。そんな気持ちをずっと抱えていたのが、イギリスでイベント会社を立ち上げたサラ・ベルチャーだった。
サラの人生を動かしたのは、がんの診断だった。幸い早期発見で治療も成功したが、その経験で時間の使い方がまるで変わった。限りある時間とエネルギーを、本当に大切なことに使う——そう決意した。
地域の人が笑って、ずっと覚えていられる体験をつくりたい。机に縛られて誰かの指示通りに働き続けるのはもう違う。サラの中で、そんな思いがはっきり形になっていった。
やがてその思いは、体験型イベントをつくる会社として動き出す。企画・運営だけでなく、地元企業や関係者と連携し、イベント終了後も町に良い影響が残るようスポンサーの仕組みまで設計した。
こうしてサラは、人の想像力をくすぐるイベントを次々に生み出していく。その代表作が、手作りカートで坂を下るレースイベント「クレイジー・レース」だった。
20年の経験と、自由にできないもどかしさ
起業前、サラは約20年間、自治体でイベントマネージャーとして働いていた。屋外イベントを企画・実行する仕事だ。
ただ、自治体の仕事はルールが多い。上司の方針に従う必要もあり、新しい発想を試したくても思い通りにいかない場面が増えていった。
サラがやりたかったのは、ありきたりなイベントではなく、もっと個性的なものだった。しかしそれは、自治体の目的と合わないことが多かった。
回復のあと、家族で「計画しない旅」に出た
2016年、サラはがんの診断を受けた。回復できたからこそ、逆に強く感じたことがある。人生は、思っているより短いかもしれないということだ。
翌年、サラは家族とともに仕事をいったん休止した。子どもたちも学校を休ませ、半年間アメリカを旅した。細かい予定は立てずに出発したのは、正しさよりも家族で忘れられない時間をつくることを優先したからだ。
帰国後、サラはもう以前の働き方に戻れなくなっていた。「誰かのために机に座り続ける」毎日ではなく、頭の中にある大きなアイデアを現実にしたい。そうして2018年、自分のイベント事業を立ち上げた。
目指したのは大きな利益ではない。人を喜ばせ、地域に還元すること。大きな経験をしたからこそ、ほかの人にも「長く残る思い出」をつくる手伝いがしたかった。
町が熱くなった初開催「クレイジー・レース」
2019年、会社として初めての大型イベントを開催する。場所はイギリスの町シュルーズベリー、イベントの名は「クレイジー・レース」だった。
手作りの個性的なカートが坂を下るダービー形式のレースだ。サラはかつて、兄が似たレースで優勝するのを見て「いつか自分も開催したい」と思い続けていた。
最初は自費でやるつもりだった。ところがSNSで告知した途端、スポンサーになりたい企業から声が集まった。地元では前例のないユニークなイベントとあって、企業側から問い合わせが来る状況になった。
集客の中心はSNSだった。チラシやポスターは環境への負担が大きく、費用対効果も低い。そう考え、主にフェイスブックで情報を広めた。すると町全体が盛り上がり、地元企業の協力も得やすくなっていった。
当日は1万7,000人以上が来場し、家族向けフェスのような雰囲気が生まれた。チャリティにもつながり、地域経済の活性化にも貢献した。寄付先には、サラが治療中に支えられた団体を選び、合計約380万円(2万ポンド)が集まった。
クレイジー・レースは収益を出すイベントでありながら、毎回チャリティパートナーを持つ方針を貫いた。収入源はスポンサー費、チームの参加費、出店料、当日の消費など。来場は無料だが、寄付できる仕組みをいくつも用意した。
- パンフレットの販売
- 参加チームによる募金活動
- ケーキ販売などの企画
こうした取り組みが評価され、クレイジー・レースはイギリスの屋外イベント業界団体から「国内ベスト新規イベント」賞を受賞した。
勢いを止めたコロナと、止まったから見えた弱点
受賞で勢いがついた直後、世界的な感染症の流行が始まった。ロックダウンでイベントは延期・中止が相次ぎ、約2年間、事業はほぼ止まった。
大きな痛手だった。しかし同時に、立ち止まって考える時間もできた。起業当初は費用やリスクを細かく計算しきれないまま走り続けていたが、現実には予想外の出来事が起きる。
「来年もし開催できなかったらどうするか」——その問いを常に頭に置くようになった。5年計画を立て、同じような障害が来ても耐えられる体制を整えていった。
備えの大切さも身にしみた。家族を支えながら事業を続ける中で、流行中は貯金を切り崩す場面もあった。家計が成り立ったのは、夫がフルタイムで働いていたことも大きい。苦しい時期を乗り越えるための「逃げ道」をあらかじめ用意しておく必要があると実感した。
一人で抱えず、チームをつくる
制限が緩和された後、会社は再び注目を集めた。サラは小規模な若者向けフェスの運営、安全管理に関する書類作成、企業向けイベントの実施など、契約ベースの仕事も引き受けた。
ただ、すべてを一人で回すのには限界があった。子どもの送り迎えをし、帰宅時間に家にいる——そんな生活も守りたかった。
そこでフルタイムのマーケティング担当者を採用し、さらにデザインやSNS運用、事務を学びたい若い人材も加え、少しずつチームを整えていった。
2022年はようやく通常に近い形で動ける年になった。特にクレイジー・レースの拡大に力を入れ、イギリス各地の町や都市から開催依頼が届くようになった。この年だけで2回開催し、合計2万5,000人以上が来場した。寄付先のチャリティは開催地ごとに選べる仕組みにし、イベントごとに異なる目的へつながるようにした。
お金より大事なものを守るため、スポンサーを選ぶ
会社にとって最大の課題は資金繰りだった。スポンサーが決まる前に先行して費用を出さなければならない場面が多く、継続的に支援してくれるスポンサーの存在は事業を続ける大きな支えになった。
一方で、スポンサーが増えるほど難しさも生じる。会社の理念や価値観と合う企業と組みたいが、資金に余裕がない時期ほど選びにくくなる。
それでもサラは、ここを妥協したくなかった。会社は持続可能性を重視し、イベントの排出量を実質ゼロに近づけることを目指している。方針が合わない企業もある。今後はスポンサーを事前に精査し、必要なら断る姿勢を強めるつもりだ。
機会を逃さないことより、事業の核となる価値観を守ること——そのほうが長く続くと、サラは考えている。
感染症の影響で、寄付や出店者への支払いまで含めると赤字になった時期もあった。しかし翌年以降の見通しは明るく、すでに次の年の計画も進んでいる。収入が増えても必要なときだけ少人数で補い、会社の規模以上のイベントを抱えない方針も守り続けている。
先延ばしにしない。人生は何が起きるか分からない
壁は次々に現れる。資金、計画、仲間づくり、予想外の出来事。サラはそのたびに、ひとつずつ乗り越えてきた。
それでも目標は変わらない。「ここにしかない時間」をつくること。人の記憶に残る一日を、町の中に生み出すこと。
この物語が伝えるのは、完璧な準備よりも早めに動く勇気だ。人生に何が起こるかは誰にも分からない。だからこそ、やりたいことがあるなら、先延ばしにしない。
